読書日記

いろいろな本のレビュー

黒牢城 米澤穂信 角川書店

2022-05-02 14:19:10 | Weblog
 第166回 直木賞受賞作で今村翔吾の『塞王の楯』と同時受賞。著者は推理小説作家で『満願』(新潮文庫)が有名。それを読んでいたので、どういう時代小説になるのか興味が湧いて読んでみた。結論からいうとあまり面白くなかった。何か冗漫な感じで『満願』のような切れがない。まあ『満願』は推理短編集であるから当然と言えば当然なのだが。 話は戦国時代の武将荒木村重が織田信長に反逆して有岡城(尼崎城)に一年間立て籠り、その間羽柴秀吉が村重を翻意するために使者として遣わした黒田官兵衛を地下牢に押し込めて、場内の謀反を図る一味と戦う中で、いろいろアドバイスを受けるというもの。約一年のも及んだ籠城の顛末を記したのが本作品である。

 この流れで推理小説に仕立てるわけだが、ここでは信長の内通工作に応じたものを、確定して処罰するという事件を複数用意して、それぞれの事件について誰が誰を殺したかということなどを描く手法で、その犯人を黒田官兵衛が推論して村重に答えるというもの。基本的に場内における仲間割れの首謀者を見つけ出すという作業になるわけだが、それがいまいちまどろしくて薄っぺらくて、歴史小説にする必要があるのかなという疑問が湧いた。

 荒木村重は約一年間の籠城後、天正7年(1579) 9月密かに有岡城を脱出して尼崎城に逃れた。11月に有岡城は落城し村重の妻子ら30余人が信長に捕らえられた。村重は信長から降伏するよう説得されるが受け入れなかった。怒った信長は京都で妻子36人を斬殺し、家臣およびその妻女600余人を磔刑・火刑という極刑に処した。村重は尼崎城を離れ、花隈城へ逃亡、妻子が悲惨な目に遭いながらも、しぶとく抵抗し続けた。天正8年(1580) 7月に花隈城が落城すると村重はついに毛利氏の下に逃げ込んだという。一説によると尾道に潜んでいたというが、その後の動静は不明。天正10年(1582) 6月の本能寺の変後、村重は境に舞い戻り、千利休から茶を学ぶ。後に村重は茶の宗匠として豊臣秀吉に起用されるという皮肉な運命をたどった。そして51歳で激動の人生を終えた。因みに村重の末子が画家の岩佐又兵衛である。彼は有岡城落城時は2歳であったが奇跡的に生き延びた。黒田官兵衛は天正7年10月19日、本丸を残すのみとなっていた有岡城から栗山利安に救出さた。

 この数奇な運命を生き抜いた荒木村重を主人公にするならば、なぜ信長に謀反を起こしたのか、妻子を捨てて一人逃げたのはなぜか、後世から卑怯者という汚名を着せられるのはわかっていても生に執着した理由等々、小説としての面白い素材が満載だと思うのだが、それを捨てて籠城一年間の場内の描写に限定したその評価を選考委員に聴きたい気がする。その時々の村重の心情を追っていくだけでも面白い小説が書けると思うのだが。私としてはとにかく生き延びること、生きていればこその人生だという激励を村重の生き方から教えられた気がする。


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