商社マン-東京→ニューヨーク→東京→Liverpool→東京→Ann Arbor→Austin日記

07年8月から5年間NY、帰国して2年半東京、その後何故か英国Liverpoolに。。引き続き思った事書いて行きます。

All Is War by Fun-Da-Mental について

2007-03-28 00:27:17 | Weblog
年をとってくる残念ながら昔のように音楽に夢中になるということはないと前にも書いた。最近自宅でCable TVに加入したこともありMusic Videoを色々と楽しめるのだが、昔小林克也の「ベストヒットUSA」を食い入るように見つめたようには熱心にならない。。
そんな中、ある番組で「今週のベストプッシュ」みたいな感じで紹介されていたのが、Fun-Da-Mentalのシングル'Cook Book DIY'だ。かなり政治色が強く激しいLyricsに打ちのめされ、早速アルバムを買ってしまった。

このグループ、今まで全く知らなかったが、在英アジア人(パキスタンとか南インド)が92年頃に結成したHip Hop~トランス系のグループだ。Asian Dub Foundationが有名だが、似た様なバックグラウンドでさらに政治色を強くした感じとでも言えばよいだろうか。アジアのPublic Enemyとの異名を持つ。

アルバム全体に強烈な反体制メッセージがこめられており、その辺が気になる人はちょっと敬遠してしまうかもしれないが、サウンドもちょっとインド系のフレイバーが効いたダブ・トランス系でなかなか心地よい。

シングル曲の’Cook Book DIY'は爆弾のレシピをひたすらラップした後、最後には米国の破壊兵器の製造を皮肉るというなかなかWitの効いた歌詞でやられてしまいました。

この話を会社の音楽好きの先輩にして、「実はPublic Enemyってちゃんと聴いたことないんですよー」と言うと、「それはマジでやばいから貸してやる」と言われた。うーん、かなり楽しみだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

3年前のパリでの出来事

2007-03-12 23:36:11 | Weblog
今日、会社からの帰り途中駅で偶然うちの会社の子会社の元社長に出会った。
この会社は元々その元社長が設立した乳製品関連の会社なのだが、業績が悪化したこともありうちの会社の支援を受けることになり子会社化された。

子会社化されたのは3年くらい前でその当時すでにその人は70手前くらい。体が大きく、そのつい2-3年前までは勢いもよくて業界でも有名で、僕なんか話しかけるのも恐縮してしまっていた。

そんなその人も子会社化された頃からだんだん元気がなくなってきたような気がしていたが、なんとか会社を立て直そうとその人なりに頑張っていたと思う。

そんな頃だったと思うが、その元社長がパリの食品展示会に行くというのでお供をしたことがある。会社設立してからもう数十年、その間ずっと乳製品一筋でやってきたから、当然海外のメーカーの人たちもみんなその元社長を知っており、敬意を示している様が伝わってきた。

そんな出張中のある日夕食の後、「バーでもいくか」という話になり、そこでその人の身の上話を聞くことになった。聞くとその人のお父さんは大学の教授だか弁護士だかで、お兄さんは判事、エリート一家だったらしい。その中でその元社長は「できの悪い息子」ということになっていた。
そんな彼だったが、お父さんの紹介で乳製品の会社に勤め始め、そのうちに独立し、欧米化する日本の食生活の潮流にも乗って、自分の会社の業績も順調に伸びていった。そして、最も業績が良いときは数千万円の年収があったらしい。そしてその頃自分の兄の年収を抜いたとき「やった!」と思ったそうだ。

そういう話を目に涙を浮かべながら話し、「もうすぐ俺は引退しようと思っているが、俺が30年間人生かけてやってきた会社をこのままにはできん!とにかく絶対黒字化する」と絞り出すような声で自分に言い聞かせるように言っていた(その会社はそのころ2-3年連続赤字だった)。

残念ながらその会社はその後も利益を出せず、うちの会社がさらに支援することでなんとか持ちなおし今に至っている。その元社長も顧問となり殆ど引退している状態である。

今日、プライベートで関西からの帰りだという元社長は心なしかちょっと小さくなっているように感じたが、笑顔は以前より素敵だった。傍らには奥様らしき方がいて、いつもお世話になってます、とこれも笑顔でおっしゃった。

あの時搾り出した決意を実現できなかったことで、その人の人生で何かが失われたのだろうか、他の何かを得たのだろうか、それとも全く変わらなかったのだろうか。帰りの電車の中で懐かしさとともにそんな思い捕らわれてしまった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ロング・グッバイ (村上春樹訳)

2007-03-12 00:06:10 | Weblog
なんと、こんな訳も出たんですね。。これから楽しみに読みます。
今あとがきを読んでいるが、村上春樹の訳した小説を読む楽しみの3分の一はこのあとがきを読むことだ。
原作の作者・内容の世界観を簡潔に且つ深淵に説明してくれていて大変面白い。今回は早速あとがきから読んでいる。

しかし、チャンドラーとは。。。渋いところついてくるなあ。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「Time」の記事'My Search For The Perfect Apple'について

2007-03-11 01:11:36 | Weblog
最近なんかあまり本を読む気がしないこともあり、購読しているTimeを前よりちゃんと読んでいる。
やはり(当然だが)日本のメディアではあまり触れられない内容が充実しているあたりが結構面白い。先週号だが、頭書の特集記事がなかなか面白かった。

主題は「Local Food」と「Organic Food」のどちらを優先すべきか、というものだが、この二つが比較する対象になるんだ、という点が非常に新鮮だった。Local Foodを指示する考え方の背景には、「一個の果物を遠く海外から運ぶためにどれほどの燃料が使われているのか」という地球環境に配慮した思想があると知って、食料輸入大国にいながら、そのような考え方をしたことはなかったなあ、と驚いた。食品業界にいるので、食に関する記事・報道はかなり意識しているが、あまり日本でそういう議論は聞いたことない気がする。「安心・安全」の議論はよく聞きますが。

日本では、LocalとOrganicという概念は殆ど明確に分けられることなく、殆どごっちゃになって使用されている気がする。その理由はなんでだろう。おそらく今日本の食に対する意識は、「安心・安全!」という観念的・感覚的な議論に流れる傾向があって、「じゃあ、Organicってなに?Localって?その違は?その違いを理解したうえで一人一人はどう判断すれば良いの?そしてその判断の基準は何?」といったような、論理的な思考が入る余地があまりなくなっているせいではないだろうか。

今回の記事の著者は自分なりに結論を出すために、色々な本を読み、シェフにあい、カフェに通い、農場を訪れる。その行動結果彼なりの思考とその思考に裏づけされた感覚により'I prefer local to organic'と言い切っている。理屈っぽいと言えばそれまでだが、「なんとなく」安心だから、安全だからという情緒に流されるよりも個人的にはシンプルで好きだ。

最近不二家の一件があったが、菓子の販売を再開するというニュースを聞いた人の町の声の中に、「安全だってわかったら買います」という意見が多くあったが、それは何を持って判断するんだろう。想像するに再開の後、何となく問題が忘れ去られ、何となく「ああ、カントリーマアム食べようかな、あれ、不二家だっけ?まあいいや、もうだいぶたったし大丈夫だろう」といって買うようになるんだろう。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

部長になっても。。。

2007-03-07 22:34:27 | Weblog
うちの部長はけっこう恰幅もあり、えらそうに見える。
実際客の前でも堂々としており、少なくとも卑屈な感じに見えることはない。

でも今日、部長の内線がなって、ちょうど外した瞬間だったので他の部署のほかの人がでた。その人が、「部長、副社長からお電話です」というと、出口のところに向かっていた部長が超ダッシュで電話口に走っていき、いつもは出さないような猫なで声で、「はいーー」と話し始めた。

これを見てさすがにすげーな、と思い妻に「今日こんなことがあったよ」と話すと、にやにやしながら、
「あなたもそうなるのよー」と言われた。まあ確かにその通りなんだろうなあ。。このままだと。部長になっても。。。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出張から戻った

2007-03-04 00:08:53 | Weblog
本日出張より戻った。
今回は内蒙古がメイン。当然初めてだったのだがホフホトの街は特に特色のなくル痛の田舎の中心都市のたたずまい。何の特徴もない中途半端な高さのビルが立ち並ぶ街だった。
日本もそうだけど、新しいものをどんどん作っていくことによって地域の特徴が失われてきている様が見て取れた。

ただ面白いのは、街の標識とか、店の名前とか全て中国語とモンゴル語で記載されていることだ。ケンタッキーやマクドナルドといったファーストフードでさえそのようになっている。内蒙古は自治区だから何か決まりがあるのだろうか。見ている限り普通の人たちは中国語を話しているようなので、必ずしも二重表示が必要という訳ではなさそうなので。

さっき街の見た目は特色がそれほどないと書いたが、食事にはやはり伝統が大きく残っているようで、とにかく羊だらけだった。ほぼ丸二日間の滞在だったが、昼夜全てで羊肉!当初「匂いがきついかなあ」と心配していたが殆ど臭みがない。同行した中国の駐在員も「中国の羊は日本より臭くないんだよ」と言っていた。なんでだろう?

滞在初日の夜は、モンゴル式のレストランで宴会。飲み物はモンゴル式のミルクティー(ほのかな塩味がある)と飲むヨーグルトと白酒、という妙な組み合わせ。白酒とヨーグルトの組み合わせはこちらでは普通らしい。確かにやってみるとドロっとしたヨーグルトが胃を守ってくれるのか、それともそういう気になるからなのか、とにかく白酒をたくさん飲まされた割にはきつくなかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする