Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『十月歌舞伎公演『一谷嫩軍記』『春興鏡獅子』』 特別席1階前方センター方

2013年11月09日 | 歌舞伎
国立大劇場『十月歌舞伎公演『一谷嫩軍記』『春興鏡獅子』』 特別席1階前方センター方

千穐楽の観劇です。

『一谷嫩軍記』「― 陣門・組討・熊谷陣屋 ―」

『陣門・組討』~『熊谷陣屋』の上演は思った以上に良い試みだったと思う。幸四郎さんにはこういう上演の仕方のほうが合っているのかも。また今回、演出や演じ方に迷いがなかったのがよかった。

今月の『一谷嫩軍記』は『陣門・組討』という場がとても充実していたのが印象的。この場面の意味合いが鮮明だった。この場を何度か出している幸四郎さんだけど今月が今まででベストなんじゃないかと思う。役者の皆が役にすこんとハマってた。そして絵になっていた。直実@幸四郎さん線の太い情感、小次郎/敦盛@染五郎さんの素直な品のよさと哀切、玉織姫@笑也さんの少女らしい儚さと絶望、平山@錦吾さんの時代物らしさ。バランスのよい緻密な空間であったと思う。

『熊谷陣屋』は『陣門・組討』の場がくっきりを描かれたので『熊谷陣屋』の登場人物たちの個々のドラマ性が出たような気がする。彼らがどう生きてきたのかが見えてくる感じがした。直実がthe主役になるのではなく群像劇の側面もあるのだと。

直実@幸四郎さん、存在感はかなり強いのではあるけど武骨で優しい弱いところのある男という造詣という部分と、絶えず周囲へ気を使った細かい芝居が、直実の周囲に配置された人々の物語と呼応してドラマが浮き出てきた感じ。幸四郎さんの直実はあの後、まったく救われないだろうなって思う。この人は苦しんで苦しんでのたうちまわって死んでいくのだなって思わせる。武骨で優しすぎる直実だった。いつもは感情過多かなと思うことも多いのだけど今回の通しではそれがヘンに浮いてこなかった。美声だし台詞を謳いすぎという部分もあるんだけど『陣門・組討』でたっぷりやったのとは反対に『熊谷陣屋』は分かり易いけどさらりと演じる場面も多くバランスが良かったのかも。

相模@魁春さん、今回の造詣、なんだかすごく好きなのです。幸四郎さんの直実に合っているのかも。魁春さんの相模は武骨で優しい弱いところのあるそういう直実@幸四郎さんを支えていたのだとわかる芯の強い相模であった。芯がしっかりしてていて、夫をきちんと立てて励まして支えてきた、寄りかからない女性。小次郎会いたさに陣屋に来る時も迷いはなかった気がする。だからこそ切ない、そんな相模でした。


『春興鏡獅子』
弥生/獅子@染五郎さん、この人はこの踊りが本当に好きなんだと思った。大事に大事にいとおしそうに踊っていた。真摯にひたすらに踊りに没頭していた。弥生はゆったりと丁寧にひとつひとつの所作をたっぷりと。人前で踊るなんてという恥じらいのなかの可愛らしい品はこの人のものだ。そして踊っていくうちに無我夢中になり上気した艶が出る。見せることを意識しない踊りだった。だからそこに獅子が憑く。染五郎さんの獅子は千穐楽では清冽な異の空気を満たしきれない部分はあったけど、獅子たる品格が宿っており凛としてぶれず、どこか鷹揚な柔らかさがある。そして毛振りの流れの美しいこと。かなりの回数、しかも早い回転の毛振りでしたが身体の軸のぶれなさに「ああ、染五郎さんの踊りだ」と泣けてきた。

まあハッキリ書いてしまえば、この日は染五郎さん、少々疲れてたでしょという部分もありました。弥生に時々男の子の線が出てたし、獅子にも身体のなかに異が入りきれてなかった。正直、悔しかった。あの可愛い弥生ちゃんと異界の若獅子を千穐楽でも見せて欲しかった。中日周辺に何かが降りてきたって思わせただけに。それでも本当に美しいものを観たという気にさせてくれパワーをくれたひと月でした。今後もっと磨いてぜひ染五郎さんの持ち舞踊にしていってほしい。染五郎さんは事故からの復帰後、舞踊でも本当の意味での一歩がしっかり出ましたね。「今まで通りに」の願いではなく「もっと先へ」が見えた。

胡蝶@金太郎ちゃんはふらついて疲れてるなと。それでも決めのところでは綺麗に踏ん張れてたのはホッとしました。(後日、聞くに39度の熱を出していたとか。こんな小さい子でも言い訳できない世界に足を踏み入れているんですねえ。そしてそんな状態の子供が胡蝶でも容赦なく毛振りを続けなかなか止めなかった染五郎さん…厳しい世界です。)

胡蝶@團子ちゃんは元気にしっかり踊っていました。後半日程になるにつれ身体を大きく使えるようになっていました。

好対照な可愛い二人の胡蝶、またこのコンビで観てみたいな。