Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『七月大歌舞伎 夜の部』 1等1階前方センター

2010年07月10日 | 歌舞伎
新橋演舞場『七月大歌舞伎 夜の部』1等1階前方センター

『歌舞伎十八番の内 暫』
演舞場ってそういえば歌舞伎座より狭いんだったなとつくづく思った。人がみっちり詰まってる感じ。またそれを感じさせる舞台だった。

権五郎@團十郎さん、でっかい、そして可愛い。あのおおらかな雰囲気がいかにも権五郎。この役は今のとこ團十郎さんのものだ。権五郎の拵えがあれほど似合う人はいない。荒事の主役はもうすでにいわゆるキャラクター化しているけど、團十郎さんは権五郎キャラクターそのものの姿をしている、と思わせる。体のキレは病気前に比べれば随分落ちてるとは思うけど、それ以上にその嵌りぷりの説得力のほうが強い。

鹿島入道震斎@三津五郎さんがとにかく「上手い」。間といい雰囲気といい、動きといい、これぞ、と思わせてしまう。三津五郎さんは自身のキャラを消しそして芝居のなかのキャラを纏う。その緻密さに舌を巻く。

清原武衡@段四郎さん、ちょっと抜けのある古怪さがあってピッタリ。押し出しのある台詞が巧い。

照葉@福助さん、茶目っ気のある色気がいい感じ。

ベテラン勢が丁寧にしっかりと舞台を固めているなかで若手も頑張っていました。全体的に肩の力がうまい具合に抜けた楽しい『暫』だったと思う。

『傾城反魂香「吃又」』
なんだか凄かった。ここ最近、幹部連中の何人かが丸本物をリアル志向で演じてきているけど、これもそう。なんというか、歌舞伎、丸本物のいわゆる型から抜けて物語のリアルが立ち上がってきている感じ。それぞれの人物像の心持がすごくリアルというか。特に吉右衛門さんと芝雀さんの緊迫感のある熱演のなかに、又平とおとく夫婦のありようが「ああ、いたんだこういう一組の夫婦が」って思わせてきた。

又平@吉右衛門さん、いつも以上に化粧がほぼ素に近い。それだけに表情が非常にリアルに迫ってくる。吉右衛門さんが演じるとその役柄が役柄以上に大きくなることがある。しかし、今回の又平は等身大の一個の人間として立ち現れていたと思う。子供のように単純で感情の激しい一本気な絵師。身邪気さ卑屈とが同居している両面のある様々な感情を身に持つ又平だった。どもりという障害も又平の個性であり、またそれが彼の性格に大きく影響している。どもりゆえにうまくいかない人生、そこに社会に対する恨みだけではなく、障害を自身の言い訳にしてしまうもどかしさをどこかで感じているかのようだ。その哀しさを纏っているからこそ、自身の道を見つけ、道が拓けた喜びがストレートに伝わってくる。吉右衛門さんは又平という人物の心にピッタりと寄り添って演じたのではないだろうか。ことさら強調するわけではなく今まで以上にシンプルな芝居だったにも関わらず、又平の愚直なまでの想いがそこの強く体現されていた。

おとく@芝雀さんがそのシンプルに強く表現してきた又平@吉右衛門に寄り添っての説得力のあるおとくでとっても良かった。又平と一蓮托生の覚悟がある奥さんだった。又平の一番の理解者であり、時に大きく包み込み、また、相手の気持ちに寄り添い一緒に泣く。なんというか又平の良いところも悪いところもひっくるめて全部を愛してるんだなって感じだった。前回、おとくを演じた時はお父様写しの優しいおとくだったけど、そこからもうひとつ芝雀さんの色をつけて来たように思う。これがあるから芝雀さん、見逃せないんですよねえ。特に「きっとこういう女だったに違いない」と思わせる、すさまじく説得のある人物造詣をしてくる。汗だくの熱演でしたけど、その汗が「おとく」の汗であり涙だった。芝雀さんは台詞廻しがこのところ本当に良くなってきていると思う。

土佐将監@歌六さんも非常によかった。この方が演じるとその人物像の輪郭がはっきり浮いてくる。

北の方@吉之丞さん、控えめながら佇まいに情があって素晴らしい。

修理之助@種太郎くんも明快で良かった。修理之助の又平に対する戸惑いや申し訳なさをしっかり表現し、きちんと吉右衛門さんの又平に弟弟子として対峙できてた。

雅楽之助@歌昇さんのキレのある戦語りも勢いがあり見ごたえありました。

全体的にアンサンブルが非常にいい芝居だった。お百姓さんたちの細かい芝居も良かった。にしても吉右衛門さんと芝雀さんの熱演がほんとなんか胸に迫ってきた一幕でした。。

『馬盗人』
とにかく楽しかった。全体的にすっとぼけた可愛らしさのある舞踊劇でした。

馬がとにかくプリティ。すべてを掻っ攫っていってしまった感がある。あのほど表情豊かな馬はなかなか無いでしょう。クネっと科をつくるとちゃんと色ぽいのがまた可愛い。大和、八大さんに拍手!!

悪太@三津五郎さん、ひょうきんで小汚い拵えだから、なおさらわかる舞踊の巧さ。髭面なのに可愛い女性がみえてくるんだもん。すごいなあ。

百姓六兵衛@歌昇さん、真面目ななかにすっとぼけた味わいでピッタリ。

すね三@巳之助くん、若干ダンスぽくみえる場面もあったけど、よく動いていました。楽しそうに踊っているのが良いです。