Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座さよなら公演『壽初春大歌舞伎 夜の部』 3等B席上手寄り

2010年01月07日 | 歌舞伎
歌舞伎座さよなら公演『壽初春大歌舞伎 夜の部』 3等B席上手寄り

雀右衛門さんのことを考えるとなるべく早い日程も押さえたほうがいいかもと後半日程とは別に7日のチケットも押さえておきました。まさか初日から休演になろうとは…。歌舞伎座に入ってすぐに確かめたのが雀右衛門さんがご出演かどうか。今日もまだ休演と知り、かなりテンション下がる。どよ~ん、どよ~んと暗くなる私。自分が思っている以上に雀右衛門さんを拝見したかったんだ、と思い知る。華やかな歌舞伎座内を見物しても気もそぞろ、というかどよ~ん。あれえ、どうしよう、困ったわって感じでした。

『春の寿』
幕が開き、お公家さんの拵えが似合う梅玉さんと華やかな女官の福助さんのゆるやかな舞踊。ゆるやかな踊りのせいか二人の形の美しさが際立った感じ。曲は琴の音色も入り、雅。福助さんの女官の拵え最初、どこか違和感があったのだけど、袴を穿いてないんですね。ちょっと不思議な感じでした。後半、背景を捌くと大セリで女帝がお供を引き連れてせり上がり。休演の雀右衛門さんの代役の魁春さん。初日は座ったまま上半身のみで踊っていたはずですが今回は立ち上がり前に出て踊っていらっしゃいました。動ける魁春さん仕様の舞踊に変更してきたということでしょう。

ごめんなさい、私は終始テンション上がらず。この舞踊、完全に京屋のために作られてるんですよね。その詩章を聞いているうちにだんだんブルーになる私。後半、魁春さんが座ったままでなく立ち上がって踊り始め、雀右衛門さん用の振りじゃない舞踊だ、と思った瞬間、ますますどよ~ん。後見の京蔵さん、京紫さんが厳しいお顔をしているのを見て泣きそうになってしまい意識がどこか舞台から離れてしまいました。あまりの辛さにこの幕が終わった後、帰ろうかと思ったくらい。私は雀右衛門さんという女形さんがとにかく大好きなんだなあって思い知りました。こんなにショックを受けるとは思ってなかった。

『菅原伝授手習鑑「車引」』
時平@富十郎さん、桜丸@芝翫さん、松王丸@幸四郎さん、梅王丸@吉右衛門さんと凄い配役ですが、この豪華面子で「車引」かあ…って思っていた演目です。最初、やっぱりテンション上がってなかったです。でも錦吾さんの金棒引きの声を聞いて「あ、金棒引き、そういえば錦吾さんだっけ?本当にすごい面子だな」って思ったあたりから舞台に集中していけた。にしても今回の『車引』は平均年齢高いですねえ。歌舞伎史上最高年齢での『車引』でしょう。

それで、これがなんかもう凄かったです。こんな『車引』って今まで見たこと無いかも。何が凄かったって絵面が本当に錦絵のようで濃密な空間がそこの立ち上がっていたこともさりながら『車引』は『菅原伝授手習鑑』の一幕なんだって突きつけてきたとこ。そこが非常に明快だった。そうだよ、これ義太夫ものなんだよと。勿論、今までもそうだと思ってみてきたし、通し狂言としても何度か観ているのでそれは判ってみていた。それでもこの一幕様式美を見せる華やかな演目、というイメージのほうがどうしても大きい。いやいや、違うじゃん、物語のなかの一節なんだよ、ここ。『加茂堤』『賀の祝』『寺子屋』での桜丸、梅王丸、松王丸の三人の人物像が今回の『車引』のなかにぎゅうっと詰まっていていた。もうこれ観ちゃったら、なぜ今の幹部役者大顔合わせで『菅原伝授手習鑑』の通し狂言をさよなら歌舞伎座公演で上演しなかったんだ~~~って、松竹に怒りがっ。

ま、それはともかく本当に見事な一幕だった。役者さんたちの年齢が年齢だけに動きは多少じじむささというかハラハラさせる場面もあるのだけど、そんなの関係ない。錦絵のようだ、と感嘆するほどの濃密で絢爛たる絵面を作り出し、なおかつ三兄弟の運命を暗示させ、またそこに絡む悪の権化、藤原時平が大きな存在感を示す。

桜丸@芝翫さん、80歳を超えての初役とのこと。演じていらっしゃないのがとても意外。そう思わせるほどとても良かった。小柄で顔が大きいので遠くから拝見すると子供のようにとても可愛らしく前髪がとっても似合う。また隈取がこれほど映えた桜丸って最近じゃいませんね。可愛らしくて、なおかつ美しいとさえ思いました。橋之助さんに似てるって思いました。あらまあやっぱり親子(^^)。また台詞廻しや風情がいいんですよね。末っ子のような守ってあげたくなるような優しげな風情。同じ年だけど松王丸と梅王丸に可愛がられたんじゃないかなあって。そう感じさせることで、松王丸、梅王丸の次の段の行動がおのずとみえてくる。ここまで感じさせるってなかなかない。またちょっと心配していた台詞ですがしっかり声が前に出ていました。そのなかに、なおかつ自分が斎世親王と苅屋姫の逢引を手伝った為に大事な主君に難儀をかけたことへの後悔の念がとっても深さや親を思う情味が含まれていました。

梅王丸@吉右衛門さん、梅王丸らしい丸みを帯びた大きさがあり、また短気でやんちゃななかに桜丸を気遣う優しさを見せていく。おいらがなんとかしてやるぜい、な気負いに稚気が溢れ、ひとつひとつの所作が豪快。このお年で、この扮装でよくぞここまで腰を落としてくること、とビックリします。また、なんと言っても台詞が良いんですよね。義太夫もののなかの人物像としてなんとも明快で聞き応えがある。

松王丸@幸四郎さん、でっかい!そして声が響く。台詞の押し出しがいつも以上で迫力。真面目で堅物な、いかにも長兄ぽい松王丸。梅王丸と桜丸を諫めようとする時の押し出しがさすがの存在感。それでいて「ここで騒いでも無理だ」とどこか兄弟への気遣いが底にあるよう雰囲気。また、梅王丸@吉右衛門さんとの喧嘩が兄弟の気安い間柄の正面からの喧嘩に見えるところが、実際の兄弟だけあってほんとにまさに「兄弟喧嘩」になっていて盛り上がる。『賀の祝』での兄弟喧嘩も目に浮かぶ。

時平@富十郎さん、公家悪によくある青隈を取っていない拵え。衣装も普段よりすっきりした色合いだったように思う。なのに、なのになんという迫力。品があって怜悧、そのなかに権力を手中にいれようとする怖さを見せる。ただの悪の象徴としての存在だけでなく、物語のなかの幅のある時平としての存在。また決めた時に形がなんとも綺麗で、大きく見えました。

杉王丸@錦之助さん、この布陣だと杉王丸が錦之助さんになるんですね~。舎人の拵えがよく似合い、声もよく出ていてしっかりと存在をアピール。この芝居に出演したのは錦之助さんにとって財産になるかも。

『京鹿子娘道成寺』
私が拝見した日は勘三郎さんの傍らに踊りの神様が漂ってきてるって思いました。まだ憑くまではいっていないのだけど、呼び寄せるだけの力をもった素晴らしい踊りだった。今月、観る人によっては踊りの神様が憑いた勘三郎さんの花子を拝見できるかも。それだけの精神性と技術が伴った今回の踊りです。2007年に踊られた『春興鏡獅子』の時にやはりこれは凄いと思わせていただいたのですがその時以来、久しぶりにキターーーって感じです。

勘三郎さん、花子の踊りをだいぶ変えてきました。以前は手数が多く、思いっきり技巧見せ付け、なおかつ弾むような娘の恋を描いて踊っていたと思うのだけど、今回は手数を減らしつつ、ひとつひとつの振りをより丁寧に表現していくという事に集中されていたような気がします。また以前の勘三郎さんの花子は恋をすること、しているさまが前面に出ていて可愛らしい華が咲き誇っていましたが、今回は恋する喜びとともに苦しさをも含んだ悲恋を語る娘で、可愛らしさと艶やかさが同居した寂しさを含んだものだった。

それにして勘三郎さんが踊ると唄に詩章が情景としてしっかり見えてきます。三津五郎さんもそうなのだけど、三津五郎さんは映像ようにクックリと、勘三郎さんの場合はふんわりした水彩画の色合いがあるように思います。特に今回は、花子の思い出の悲恋を語るといった部分での夢のような揺らぎがあって、それがなんともいえないオーラとなって立ち上がっていたような感じ。それだけに少しづつ恋慕のなかに恨みが交錯していくさまが劇的。恋の手習いのあたりからそれが始まる。花子と清姫の蛇の顔が交互に出てきている。鐘への恨みをこめた見込みが恐ろしくひどく哀しい。羯鼓や振鼓の場も前なら無心に弾むように大きく打ち、鳴らしていたのだけど今回はふんわり柔らかく踊り、なおかつ鐘への執心を所々見せていく。ああ、舞踊家としてまた一段上がったなって思いました。

鐘入りではトーンと跳びあがり鐘のなかに消えていく。その後、押し戻しがつくのだけど個人的に鐘に上っての睨みで終わらせて欲しかった。今回の勘三郎さんの舞踊には押し戻しが必要ない。それだけ完成形だ、余韻が欲しかった。

團十郎さんの大館左馬五郎の押戻しは華やかではあった。でも蛇足に感じてしまった…。

『与話情浮名横櫛』「見染め」「源氏店」
さよなら公演でこの演目を若手、中堅で上演するとは思わなかったので配役を見た時に実は驚いた。歌舞伎座の空間を埋められるかな?と少々心配していたのだけど杞憂でした。座組みがまとまっていて、またそれぞれの役者が良い出来で観客の反応もよく、なかなか面白い芝居になっていて一安心。ラストはうまくハッピーエンドでしたが、こんなにきちんとハッピーエンドでしたっけ?もう少し「続く」って雰囲気でいつも終わっていたような?今回、気持ちのいい追い出しになっていて、そこも良かったです。

与三郎@染五郎さん、御園座2008年に演じた時に与三郎は似合う役だなとは思っていましたがやはりこの役にハマる。姿形、風情ともに与三郎にはピッタリ。また御園座で演じた時よりかなりしっくりとこの役に馴染んできたなと思いました。また以前より存在感もでていた。確か梅玉さんにお稽古をつけていただいて、「恥ずかしがらずにもっと自分が二枚目だという押し出しを出して」とダメ出しされたはず。その部分で二枚目風情を御園座の時よりしっかり出してきましたし、そのなかで染五郎さん独特の愛嬌や寂しげな切なさを加味してきたかなあと。染五郎さんは梅玉さんのぼんぼんの甘えた感じ与三郎の雰囲気を写していきていると思うのですがそのなかに仁左衛門さんのすっとした柔らかい雰囲気も感じさせてきます。たぶん意識はしていないのでしょうが、身体の、特に背筋のラインは仁左衛門に似ているんですよね。

「見染め」では大店の若旦那の品のある甘い色気、優しい風情、どこか世間知らずな弱さなどがそのまま現れたかのような可愛らしい風情ある与三郎です。心ならずも放蕩しているという部分、御園座の時はその心持が薄かったように思いますが今回はきちんとありました。すらりとした姿がなんとも美しく、華やか。お富を見惚れる場は相手が福助さんだけあって若者が年上の女にぽっとなってしまってる感じ。その与三郎のうっとりした顔がなんとも綺麗で見ている私が与三郎にうっとり(笑)

「源氏店」での切られ与三では大店のぼんぼんだったという品が抜けていないなかでのやさぐれた少し崩れた色気を見せる。傷跡の残る姿がなんとも美しい。ほっかむりした外で石を蹴りながら待つ風情は寂しげで可愛らしさが残る。それにしても姿形が本当に美しい。立ち姿、座り姿のひとつひとつが絵のよう。渋い色合いの粋な着物が似合い、その着物からはだけた白い肌がのぞくとドキッとします。特に筋肉が張った太ももが色ぽい。まだいきがっていても育ちのよさが抜けてない部分での不安定さに孤独感のある愁いがあって、それがちょっと独特。台詞廻しも初日に比べ(TVで拝見)だいぶ前に出るようになってきちんと聴かせてきていました。もう少し鋭さがあってもいいなあと思いますが十分な出来。今後、与三郎は染五郎さんの持ち役になると思います。

お富@福助さん、色気がありますねえ。思っていたよりだいぶ押さえた芝居で福助さんにしてはさらりと全体の風情でみせてきます。小粋な、の部分は少なめですが婀娜なお富さん。深川芸者あがりの芯の強さのなか女としての弱さをそこはかとなく感じさせます。個人的好みからするともう少し愁いを見せてほしい部分もあるのですが、福助さんならではの情の濃さがあって素敵です。

蝙蝠安@彌十郎さん、大柄な方ですが身体をうまく使い、ちょっとクセのあるこっすからい小悪党風情を作ってきました。このところの彌十郎さんはクセのある役に味が出てくるようになりましたねえ。

和泉屋多左衛門@歌六さん、筋の通ったいい男です。歌六さんはほんと上手いなあ。芝居を締めてくれます。

鳶頭金五郎@錦之助さん、カッコイイじゃないですか~。しゃきしゃきっとしてて、真っ直ぐな江戸っ子。客席を巻き込む愛嬌がもっと出るとなお良しかな。染五郎さんと錦之助さんの並びは眼福(笑)

番頭藤八@錦吾さん、やりすぎないところのお茶目さがいい。きちんとしたところの番頭さんだってきちんとわかるから、お富が信用して家にあげるのもわかるし。すけべ心がやらしくないのでお茶目な雰囲気になる。