Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

DVD『NHKスペシャル 人間国宝ふたり 吉田玉男・竹本住大夫』

2008年09月21日 | 文楽
DVD『NHKスペシャル 人間国宝ふたり 吉田玉男・竹本住大夫』

ドキュメント「NHKスペシャル 人間国宝ふたり ~文楽・終わりなき芸の道~」と、大阪・国立文楽劇場で収録された公演「文楽 心中天網島 北新地河庄の段」の2部構成。


「NHKスペシャル 人間国宝ふたり ~文楽・終わりなき芸の道~」

なんだか、もうただただ圧倒させられるばかり。終わりなき芸の道と副題が付けられているけどまさしくそういう世界にいる人たちの凄みというか厳しい世界のほんの一端をみせてもらったという感じです。文楽は完全なる実力主義の世界。そのなかで芸を極めることを目指す人々にただもう感嘆するばかり。そして観ているうちになんだか涙がこぼれてしまう。すでに亡くなった方々が何人かいて、その姿を拝見するからという感傷ではなく(私には残念ながらその資格がない)、まだこういう世界が生きているんだという重さやそういうなかにいて極めようとする人々の真摯な姿をみて、なんだか生きていくということの凄さというか、そんなものに感じ入った。

淡々と飄々としていながら芯の部分でかなり熱いものを持っているを感じさせる玉男さん(当時82歳、2006年に没)。「年齢を得て枯れることで生まれる芸がある」という。舞台に立ち続けたいという情熱をさらりと言ってのけるところの凄み。映像でみてでさえ、玉男さんが遣う人形にはオーラがある。遣う玉男さんには表情はない、玉男さんの感情すべてが人形に乗り移っているかのようだ。まずどこを切り取って隙のない姿の美しさがあり、そこに繊細で緻密な表情がある、それが一体となって人形に情感、風情が現れて大きなオーラとなって纏う。玉男さんの人形、もっと見たかったなあ。

反対に住大夫さんは感情豊かで熱い人。情熱をどんどん人にぶつけていく、怖いくらいに。弟子への稽古の激しさはすごい。大夫になって21年の中堅大夫に罵詈雑言ですよ。でも、素人が見ていても明らかにレベルが違うのでもうしょうがないという感じ。その中堅大夫もピンで聞いたら上手いとしか思えない語り。でもまだまだその上があるんだ、ということがわかる。その上を目指すための稽古。そして、その厳しい稽古を付ける住大夫さんのすごいところは今の地位を得ても先輩太夫に稽古を付けてもらうってところですよ。自身の研鑽あってこそのあの稽古なんだとわかります。これじゃ後輩も食らい付いていくしか道はないでしょうねえ。

そしてその住大夫さんに稽古をつける四世竹本越路大夫さん(人間国宝)がこれまた凄いんですよ。住大夫さんにがんがんダメ出しを出すんだけどもうこれがもう、声といい語りといい現役を退いた後ですらここまで語れるのか、という…。文楽の一時代を築いたといわれる大夫さんというのが納得。しかもこの大夫さんにして「修行するにはもう一生涯欲しい」というこの世界、どんだけ深いんだと思う。

こういう世界で成り立っている文楽という伝統芸能を絶やしてほしくない、とも痛烈に思った。時代に沿っていくことも必要、と玉男さんは言う。変化していく、ことが宿命なら受け入れなければいけないこともあるのだろう。ただ、そこに信念がないといけないと思う。漫然としていてはただ滅びるだけだ。歌舞伎の世界もそれは同じだろうね。


「文楽 心中天網島 北新地河庄の段」

舞台映像なので生の臨場感には到底及ばないと思うものの、凄かった。ビックリした。私、歌舞伎でこの演目を観ている。歌舞伎もほぼ本行と同じ演出。なんだけどまったく受ける印象が違う。ここまで違うなんて思ってもみなかった。同じ芝居なのに受ける印象が180度違うんだけど…。こんなに切ない話だったの…。紙屋治兵衛のキャラがとにかく違う。もう、なんだろバカな男だけどすんごい切ない。なんで?なんで?うそおお。玉男さんが操る治兵衛って実は想像つかなかった。でもこれならわかる。そうか、そうかあ。こういう造詣なんだ。

そして孫右衛門の内心の苦渋も、もっと深い。人と人との絆の深さがそこのある。最盛期の文吾さんがどれだけのものだったのかもようやくわかった。私は最晩年の力が落ちてしまったしまったものしか見て無いから…。

住大夫さんの語りもほんと情感があって切なさに胸が抉られそう。こういう話だったの、というか私この舞台の心中天網島のほうが好きだ。これ観れてよかった、ほんと良かった。