Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座さよなら公演『壽初春大歌舞伎 夜の部』2回目 1等A席花道寄り

2010年01月22日 | 歌舞伎
歌舞伎座さよなら公演『壽初春大歌舞伎 夜の部』2回目 1等A席花道寄り

雀右衛門さんは本日も休演。19日にご出演されたということで淡い期待はしていたのだけど残念。ただ私なりに拝見できないだろうという覚悟もあったので今回はきちんと気持ちの切り替えができました。4演目ともきちんと楽しめましたし、また夜の部の充実度に大満足でした。

『春の寿』
春らしい雅な舞台です。業平と小野小町に見立てた梅玉さん、福助さんのすっきりとしたしなやかな舞が華やか。曲も耳なじみして気持ちがよいです。

背景を捌き、女帝の魁春さんがお供を引き連れてセリ上がってきます。品のある優しげな女帝です。雀右衛門さんの代役はとてもとても大変だと思います、本当にご苦労様です。お供の若手役者さんたちが一生懸命にカッチリと踊っていてとっても良かったです。これからの役者さんたちですね。

後見の京蔵さん、京紫さんと従者役の友右衛門さんのお顔を拝見してしまうとちょっと切なくはなりましたけど、十分楽しめました。

『菅原伝授手習鑑「車引」』
個人的に今月一番の見ものでした。ここまで濃い空間をもった『車引』は初めてです。本当に素晴らしいものを観たという気がします。年齢を得た役者だからこその重量感のなかに各役者の個性が生き、なおかつアンサンブルが良い。本当に良いものを見せていただいたと深く感銘を受けました。まさしく錦絵のような美しい舞台であり、そしてなにより『菅原伝授手習鑑』という物語の一節が凝縮した舞台であった。もちろん、やはり各役者とも高年齢ということもあり動きのキレは若手には劣ります。それでも各キャラクターの人物像の篤みのよる説得力のほうが勝る舞台でした。ほんとに強烈な舞台だった。

桜丸@芝翫さん、優しげでどこか『賀の祝』での儚さを感じさせます。かといって弱いわけではなく芯はしっかりしています。場合よっては強さも欲しいと思う部分はあるけど十分。またなんといっても情味の深さを感じさせる台詞廻しがいいです。7日に拝見した時より少々お疲れがあったのが少し声が弱かったですが、気持ちはきちんと伝わってきました。また今回、梅王丸とのタイミングがずれたのが残念だったけど笠から顔が見えた瞬間に隈取を取った姿の古風さにどよめきがおこる。しかし、やはり橋之助さんが隈取を取ったお顔にソックリ。普段、似てると思うことはないのに。

梅王丸@吉右衛門さん、力強い豪快さのなかにやんちゃさが残る梅王丸で本当にいいです。姿のよさもさることながら、やはり吉右衛門さんの本領は台詞廻し。高低、強弱を自在に使い、梅王丸の人柄を端的に伝えてきます。血気に逸る姿の豪快さのなかに主君のため家族のための情をしっかり内包している。

松王丸@幸四郎さん、何より姿と声が良いです。非常に存在感のある梅王丸と桜丸に対する兄貴分として十分な大きさと気迫。白の衣装が非常にお似合いで押し出しの強さのなかにどこか愁いをみせてきます。松王丸なりの矜持というものを身体に全体の雰囲気のなかに纏う。やっぱり梅王丸@吉右衛門さんとの兄弟喧嘩での間がよくて、思わずニッコリしてしまいます。お互いのお顔と声の調子が似ているから尚更、らしくみえますね(笑)。

時平@富十郎さん、やはり迫力。品があるだけになおのこと怖く鋭い。富十郎さんのお声の素晴らしさに惚れ惚れします。また、足の不自由さを感じさせない形のよさが見事。富十郎さんのおかげで青隈を取らない時平の拵えも型として残っていくことでしょう。

杉王丸@錦之助さん、今月はお声がよく出ています。形もきちっと決めてきて存在感をアピールしたと思います。

金棒引き@錦吾さん、今までは敵役側のいやらしさだけがなんとなく強調された金棒引きが多かったように思いますが、錦吾さんさんは、金棒引きという職務の部分もしっかりと表現されてきました。役者の持ち味で、でしょうか。印象に残ります。

『京鹿子娘道成寺』
7日に拝見した時に勘三郎さんの傍らに踊りの神様が漂ってきてるって思いました。今回もそうでした。どうやら踊りの神様が憑いた日もあったようですが、22日はまだ少しばかり踊りに客観性があったかな。それでもかなり素敵な踊りでした。

勘三郎さんの今回の花子は娘の可愛らしさだけでなくしっとりとした情感をたっぷり持ち合わせています。前回はちょっと悲恋の心持ちが強い寂しげな雰囲気のほうが強かったのですが今回はそのなかも勘三郎さんらしい恋にウキウキしている娘としての華やかもありました。

それにしても、今回の勘三郎さんの花子の情景描写の豊かさには惚れ惚れ。コロコロと変化する情景を的確に捉え、しかも余裕をもって次へと流れていく。そのために踊りがふんわりと柔らかになり柔らかな曲線を描いていく。女性の丸みを帯びた可愛らしさというものがそこに現われ、花子という女性像がそこに重なっていく。勘三郎さんの花子の恋の恨みはとても哀しげ。その恨みと哀しみが交互に表現していく恋の手習いの以降が絶品でした。出来ればやはり美しい拵えのまま鐘に上っての睨みで終わる形で見たかったのだけど、ひどく哀しすぎる幕になってしまったような気もして、今回は押し戻しが付くことでの華やかのなかでの幕もお正月には良かったのかなと思ったりもしました。

團十郎さんの大館左馬五郎の押戻しは本当に華やかです。7日に拝見した時より今回のほうが大きく力強く感じました。

花四天のとうづくしも楽しかったです。

所化で小山三さんがご出演。中日あたり休演されていたようですが復帰。お元気に勤めていらっしゃいました。

所化では高麗蔵さんがやはりお上手です。若手のなかでは種太郎くんがお父様譲りのキレのよさを見せてきました。

『与話情浮名横櫛「見染め」「源氏店」』
前の二演目『車引』『京鹿子娘道成寺』で華やかでたっぷりとした演目が続いてのこの演目ですから、観客を惹きつけていくのは大変だろうな、と思いましたが、なかなかにきちんと見せてきていました。風情でみせていくこの芝居で場を緩ませることなく観客をこの芝居に乗せていったのには本当に感心しました。若手・中堅中心ながらよく共演する役者たちで座組みを組んだのが良かったのでしょう。役者個々の個性もきちんと活かしつつまとまりの良い芝居でした。

与三郎@染五郎さんはやはり良いですね。姿の良さ、風情が良いという部分以上に与三郎という人物像に説得がありました。7日に拝見した時よりだいぶこなれていて、型が型に見えてしまっていた部分がとても自然。なので与三郎の心持ちの部分もとても自然で与三郎の人となりがきちんと現われていました。「見染め」の部分での柔らか味のある若旦那風情には品があり、そのなかに艶やかさもあります。お佇まいに優しさや可愛らしさがあり周囲の皆が心配しおせっかいするだけの魅力がありました。そのなかに与三郎の義理の親や弟への情もきちんと垣間見せてきたのが非常に良い部分だと思います。

客席に下りた与三郎@染五郎さんは鳶頭金五郎@錦之助さんに「江戸にはいつお戻りで?」と問われ「今、歌舞伎座ではさよなら公演をしているからそれを観に江戸には戻るつもりだよ。何度も通わないとね」とさよなら公演を宣伝しておりました(笑)

「源氏店」での切られ与三はやさぐれていても品が崩れきれてない色気が素敵です。また染五郎さん独特の孤独感のある愁いが与三郎の寂しさを際立たせているように思います。なのでお富を忘れられず、いまだに彼女を想っているという風情に説得力があり、またそこに男の可愛らしさがみえます。お富への情がたっぷりあるので、拗ねてみせるのが本当に可愛らしい。小悪党に落ちぶれても憎めない可愛らしい切られ与三です。当たり役になることでしょう。今のところ年上のお富さんとばかりですが同世代や年下のお富さんとの与三郎も早めに観てみたいですね。

お富@福助さん、かなり色気があります。7日に拝見した時よりかなり婀娜っぽい。男を惹き付けるという部分では十分これもありかと思いますが個人的好みから言うともう少しすっきりとした芯のある風情でいてほしかったかなあ。なんとなく見初めの部分で与三郎に惚れこんだって感じがあまり見えなくなってた。純な心の部分で与三郎にぽっとなってしまったという雰囲気になってない。与三郎が気になる存在で、というのはきちんとわかるんだけど、でも一目惚れって感じじゃないかなあ。「源氏店」のほうはその色気にくどさがないので良かったと思う。表情も押さえぐっと受けにまわることでやるせない風情があってとても綺麗でした。ただその反面、与三郎を失って生きてきた愁いとか、与三郎への情がもうひとつ表に出てきてない気も。後半日程なのでそこら辺もう少し出てきてるかなと期待してたんですが。う~ん、私が与三郎目線で観すぎたかも。

蝙蝠安@彌十郎さん、やはりちょっとクセのこっすからさが面白い蝙蝠安です。大柄なので押し出しも強いんですけど、所詮小心者的な部分とバランスよく。もう少し情けない風情があるともっと楽しくなりそう。

和泉屋多左衛門@歌六さんはほんとに良い男です。骨ぽい色気がありますよね。歌六さんはいつか蝙蝠安を演じてみたいとか。どのような雰囲気になるのか、拝見してみたいです。

鳶頭金五郎@錦之助さん、江戸っ子って雰囲気で素敵です。7日に拝見した時より人あしらいの部分に世慣れた感じが出ており、メリハリがあってとても良くなっていました。