Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

パルコ劇場『シェイクスピア・ソナタ』マチネ S席後方センター

2007年09月09日 | 演劇
パルコ劇場『シェイクスピア・ソナタ』S席後方センター

岩松了さん作・演出です。松本幸四郎さんが主催するシアターナインスのプロデュース作品ですから幸四郎さんが前面に押し出されている作品かと思ったら全然違いました。いわゆる群像劇で、アンサンブルでみせる芝居。中核にいるのは勿論、幸四郎さんですがあくまでもアンサンブルの一員としていました。こういう幸四郎さんを観るのは初めてかも。とっても新鮮。

戯曲がすごく独特で面白かったです。私が好きなタイプの芝居。ドラマチックなものではなく、言葉のひとつひとつを楽しむ感じ。いわゆるストレートプレイってほとんど見ない私ですがこの芝居って「テキスト」の試みって感じなのかなって思いました。まずはホンに役者が殉ずるというか。脚本にかなり仕掛けが多いのはわかるんだけど把握しきれない。微妙な情報がさりげなく入ってるんですよね。行き着く先が見えない芝居で、曖昧さを楽しむ大人の芝居でした。どの方向に向かっていくかが、みえない芝居というか。仕掛けがありすぎてわかりずらいんだけど、そこが面白い。

日常と芝居の境界線の曖昧さ。シェイクスピアの四大悲劇のエッセンスや台詞が日常の言葉に組み込まれてしまっているんです。読み解きが難しい。そしてそれだけでなく岩松さんの台詞は詩的でどこか哲学的でもある。厳しい視点と優しい視点がバランスよく共存している。台詞の掛け合いで物語がどんどん膨らんでいくんですよね。実際に姿を見せない何人かの登場人物が活き活きと立ち上がってきて、舞台にいる登場人物たちはそのいない彼らに翻弄され、影響されてもいきます。ラストがちょっと唐突すぎるのがどうなんだろう?と思ったりはしたんですが、それにしても見事なテキストだと思います。

また出演した八人の役者さんたち(松本幸四郎、高橋克実、緒川たまき、松本紀保、長谷川博己、豊原功補、岩松了、伊藤蘭)が皆とてもよかった。それぞれがきっちり芝居ができる人たち。こうなるとアンサンブルが面白いんですよね。

幸四郎さんは座長としての存在感はあるけど、中身は誰かの支えがなければ自分を見失ってしまうんじゃないかと恐れているような弱い男を演じています。そのキャラがまた妙にしっくりしていて印象的。台詞回しは独特な抑揚があり、感情の襞が見えてくるかのよう。この方が話すと、そこにない情景がくっきりと浮かんできます。

高橋克実さん、上手いですねえ。存在感があります。この方本人が持つキャラを最大限活かした人物像ではあるのだけど、間や表情にとても説得力がある。人としての弱さのなかに芯がある男性像にはとても共感できる。

緒川たまきさん、可愛いです。とにかく可愛い。オフィーリア的キャラなんだけど、その儚さ、思い込みの激しさがいい。幸四郎さんと夫婦役でラブシーンも一応あるんだけど、抱きしめあうシーンで「幸四郎さん、それはいかんだろう~~~」とツッコミを入れたく…。だってなんか犯罪的というか…ドキドキしちゃう(笑)

伊藤蘭さん、細い方なんですが輪郭がハッキリした芝居をする方でした。やはり独特の存在感がある。強さのなかの弱さ、弱さのなかの強さ。そういう女性をまっすぐに演じていました。

豊原功補さん、かなり二枚目。TVで観るよりカッコイイですね。そしてきちんと舞台役者としての存在感もありました。ちょっと単純さがあるまっすぐな青年という感じなのですが、単なる二枚目ではない。受動的なキャラが似合っていて、あたふたするところに魅力がありました。

長谷川博己さん、まったく知らない役者さんでしたが、なんとなくしなやかさのある芝居ができる人のように見受けられました。でも今回はそういう役ではありません。直情的で破綻した若者。とても難しい役かと思います。屈折した心情をどこに持っていったらいいかちょっとまだ迷いがある感じがしました。後半、うまくキャラに入り込めたら面白いものになりそうなキャラでもあります。

松本紀保さん、いかにもいそうな女性を演じていました。しっかり自分のポジションに自覚的。ただそのポジションに少し飽きてきて打開していきたい雰囲気をも感じさせました。少し台詞が一本調子なところがもったいないかなあ。

岩松了さんは道化的役割のキャラを楽しげに。何気に空気を動かすことができる人ですね。

そうそう岩松さんが日本のチェーホフと言われているのが納得できました。この芝居を観て、芝居としての「桜の園」がようやく私のなかでイメージが立ち上がった。この人の演出のチェーホフの芝居が観たい。

こう感想を書いていたらまた観たくなってしまいました。後半にいくと、まただいぶ印象が変わりそうな芝居でした。


作:演出:岩松 了
出演:松本幸四郎
   高橋克実 
   松本紀保 
   豊原功補 
   伊藤 蘭
   緒川たまき
   長谷川博己
   岩松 了

<あらすじ>
『ハムレット』、『マクベス』、『リア王』、『オセロー』の4大悲劇を演目に旅廻りを中心とした活動を通し、シェイクスピア俳優として地位を確立しているベテラン俳優の沢村時充(松本幸四郎)。彼の率いる一座の成長の影には8カ月前に亡くなった沢村の先妻の父、菱川宗徳の支援があった。菱川家は、石川県能登市で、造り酒屋をして財をなす資産家で、娘婿である沢村時充のため経済的援助を惜しまなかった。

長年連れ添った妻は、一座にとって重要な役を演じている中心的な女優でもあった。しかし、沢村は、妻が亡くなって一年にもならないのに、一座の二番手女優だった松宮美鈴(緒川たまき)と再婚。松宮が後釜となったのである。

一座は、年に一度の旅廻りの最後には必ず、菱川家の広い庭先に一座のために設置された舞台で,4大悲劇上演することになっており、今年も能登へ向かった。

沢村たちを一見暖かく迎えた菱川家ではあったが、沢村の先妻の妹である夢子(伊藤蘭)や、菱川家の入り婿、友彦(高橋克実)、本当に心から受け入れているはずがない。また先妻との息子である一座の若手男優・沢村美介(長谷川博己)、一座の中堅俳優・二ツ木 進(豊原功補)、山田隆行(岩松 了)、横山 晶(松本紀保)にとっても複雑な心境だった。

こうした状況の中、上演は始まるが、肝心の菱川宗徳が席に現れなかった──。果たして一座は、今年も例年のように無事に公演を上演し、幸せな夏の終わりを迎えられるのか。