Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『十月歌舞伎公演『一谷嫩軍記』『春興鏡獅子』』 特別席1階花道ブロック前方

2013年10月12日 | 歌舞伎
国立大劇場『十月歌舞伎公演『一谷嫩軍記』『春興鏡獅子』』 特別席1階花道ブロック前方

国立大劇場二回目の観劇でした。初日の手さぐり感がなくなって『一谷嫩軍記』も『鏡獅子』も熱が帯びた舞台になっていて充実していました。どちらの演目も空気が密だった。初日の手さぐり感のある舞台も好きだったりするけど、やっぱりこなれてきて充実した舞台のほうが心ゆすぶられる。

『一谷嫩軍記』「― 陣門・組討・熊谷陣屋 ―」

熊谷直実@幸四郎さん、初日は少々お疲れがみえた幸四郎さんが声も朗々と芝居をなさってこの芝居を引っ張っていて安堵しました。決まり、決まりではさすがの存在感です。しかし、この役は通して演じるのは精神的にも体力的にもほんとに大変そう。

幸四郎さんの熊谷直実は『陣門・組討』の武骨な武将たる父像に落とし込んだ芝居で好きです。『熊谷陣屋』のほうは単体で演じる時は「夫」であり「父」である部分に落とし込みすぎかなと思ってしまうことが多いけど通しで演じると直実の嘆きがわかりやすくなるし観やすい芝居になるなと思いました。初日より線を太く描いて実直さ、愚直さがありました。そしてやはり自分の決断に苦悩する弱き男でした。幸四郎さんの直実の特徴は首を義経にみせるところだと思っています。ほんとにこれで良かったのかとの心の奥底からの悲痛さが前に出る。

小次郎/敦盛@染五郎さん、品のよい幼さの残る憂いある貴公子然としているだけでなく、自分の運命を受け入れ毅然と敦盛を演じている小次郎という二重性を見事に体現してて芸があがったなあって思わせました。父を諭すように首を差し出す。

玉織姫@笑也さん、ちょっと幼くて純粋な姫。でも敦盛をひたすら慕うことで少女ではなく「女」として死んでいく。死ぬ瞬間に大人になる姫でした。

平山@錦吾さん、時代物らしいベリベリっとした佇まいのなかほんのりおかしみもみせてとっても良かった。錦吾さんは時代物役者だなあ。

相模@魁春さんが非常に良い。武家の女としての凛とした気概、その芯が通る相模。そのなかで妻として母としての情味が迸る。子を亡くした嘆きの深いこと。子を手にかけた夫への責めが強い。弱いだけでない子を案じ長い距離を歩むだけの強さがある。この母ゆえあの凛とした小次郎がいる。拵えもいつもより魁春さんご自身の顔に合った目元の化粧だったような気がします。

藤の方@高麗蔵さんもいい。今回の熊谷陣屋は女の弱さだけでなく強さもしっかりと見せてくる。高麗蔵さんの藤の方は本気で直実を殺す気だったし、それだけの殺気を持つ。またただそれだけでなく品位を保ち宮中の女であることに納得できる佇まい。

弥陀六@左團次さんも今回はほんと良いんですよね。宗清としての顔がハッキリしててその想いの複雑な悔しさが伝わってくる。

今回の『一谷嫩軍記』ではキャラクターそれぞれの「想い」がストレートに伝わってくる芝居だったように思います。

『春興鏡獅子』

初日よりかなりパワーアップしてて大興奮!弥生は可愛いわ、色っぽいわ、獅子はまさしく霊獣だわ、凄かった。

弥生/獅子@染五郎さん、まずは弥生は可愛らしく凛として嫋やか。恥じらいの可愛らしさのなかに腰元ではなく女小姓という位取りがみえるのが染五郎さんならではかも。そして振りのひとつひとつに緩急があり情景が鮮やか。染五郎さんの『鏡獅子』は色が多彩と評してくださった方がいるけどほんとにそう思う。今回は踊っていくうちにどんどんと無心になり踊りそのものに憑かれてくるという感じがありました。そこら辺からどこか色気が出てきて、無心だからこそ何かが入る、獅子に憑かれてしまうのだろうって感じさせました。弥生の無心さのなかの色気、その部分は今まで勘三郎さんの弥生でしか感じたことがなかったけど今回は染五郎さんでも感じた。ここまで踊りこめてこれてると思ったら観てる私が興奮。そして獅子は勇壮で品格があった。その聖獣たる清冽な気が入り込んできたかもって感じでした。染五郎さんの獅子、聖獣たる気を感じさせるようになったのは友人たちからの感想を聞くにどうも12日あたりからのような。毎日そこまであるとは限らないのかもしれないですが、とにかく清々しい空気を運んできた獅子でした。初日に比べ断然勢いとキレがあった。毛振りは髪洗い、巴、菖蒲打ちと多彩に。

今の花形たちは『春興鏡獅子』を踊る役者が多い。それぞれの個性の鏡獅子の競演をこれから観ていけるんだと思うとなんだかワクワクしてくる。染ちゃんの鏡獅子は二代目松緑さんと勘三郎さんの魂を基礎におく高麗屋の『鏡獅子』になっていくんだな。

胡蝶@團子ちゃんと金太郎くん、ほんとに可愛いし、体をめいっぱいきちっと使った素直でいい踊り。子供の成長って早いですねえ。そして何よりお互いを意識し合いながら息を合わせて踊ってるのがとっても良い。獅子と戯れている可愛い蝶々。