Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』(2等1階花道外前方)

2008年11月08日 | 歌舞伎
国立大劇場『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』(2等1階花道外前方)

江戸川乱歩『人間豹』を歌舞伎化したという乱歩歌舞伎を観てまいりました。江戸川乱歩先生のツッコミどころ満載な『人間豹』のおばか探偵小説のイメージ壊さない「おばか歌舞伎?」でした~。この「おばか」は「愛すべき」という意味でございます、念のため。

良い意味でも悪い意味でもツッコミどころ満載。脚本、演出とも練り切れてない、こなれていない部分は多々。それでも徹底して娯楽ものに仕立てようという気持ちが伝わってきてとても楽しく観ることができました。こういうお芝居をまじめにしっかり演じてくださるからこそ、愛すべき作品になるのですよね。役者の皆さんの一生懸命ぶりも観てて気持ちよかったです。芝居がこなれてくる後半、どんどん盛り上がってきそうな雰囲気でした。

乱歩を歌舞伎化という部分は原作はほんとに骨格をいただいただけ、ですがきちんと乱歩らしさもありました。そして原作を読んだ誰しもがどうするの?と思ったに違いない歌舞伎化困難では?なシーンがしっかり使われていたり(笑)、乱歩へのオマージュ的台詞や他の乱歩作品からの転化という部分もあり、乱歩ファンにはニンマリと思うところもわりとあるんじゃないかと思われます。

そしてそれが、あまりにきちんと歌舞伎なのに驚きました。この題材ですからもしかしたら「歌舞伎ぽくない」と思うと思っていたのですが違和感無かったです。演出は従来の歌舞伎らしかぬことを多様してるんですが「これは歌舞伎」としか言えない。なんだかそういう部分で嬉しくなったりもしました。

余談:染五郎さん、これからこういう観客に愛される「おばか歌舞伎」というジャンルを作っていったらいいよ、と思いました。復活狂言『染模様恩愛御所』や『うぐいす塚』もちょっとそういうとこあったし、染五郎さんの資質のなかにそういうものがあるのでしょう。歌舞伎としてしっかり骨格がありつつ楽しく突っ込めるというとこがミソでございます。

さて作品ですか最初に書いたように突っ込みどころ満載です。練られてない感はまだまだたっぷりです。もっとここはこうしたら?というツッコミが入りつつの観劇ですが、そのツッコミが楽しい芝居でもあります。だからもっと、なんとかと思いつつ楽しめてしまうという不思議な感覚の歌舞伎でした。

まず脚本ですが乱歩『人間豹』をよくぞここまできちんと江戸に移し変えてくれました、という感心が先に立ちました。また原作の明智小五郎と怪人のキャラそのままで勝負し、また原作のツッコミどころ(着ぐるみ対決など)を漏らさずに入れてきたのも凄いと思いました。そのうえで、父親を母親に変え、蛇娘という存在を書き込んできたのも見事だなと。乱歩の世界観を岩豪友樹子さんなりに解釈してきた人物像たちではないかったでしょうか。女性ならではの視点が入り込んで良かったなと思います。ただし、昭和から幕末へ移し変え、は割と成功したと思うのですが、その幕末という時代を意識しすぎたのか、説明台詞が多すぎます。なんでもかんでも台詞で説明させようとしてしまい、説明過剰。特に一幕目は役者の風情で十分見せられるところまで説明しては芝居の流れが停滞します。そのせいか乱歩作品といえば「エログロ」でしょうの部分をたっぷり見せてこれないという部分が…もったいないです。また、クライマックスでも得体のしれない部分での「怖さ」が何であったかも説明してしまっている。かといって恩田のその心情を最初のほうで表現していないので唐突感が否めず。そしてそこに整合性を求めているわけでもないところが少々中途半端。

そして演出。まず場面転換の仕方はかなり上手です。転換の間の取りかたが上手いし。舞台機構を存分に使って観客に飽きさせない。幸四郎さんは照明の使い方が独特ですが今回も幸四郎さんらしい照明でした。タイトルにある宵闇をうまく表現していましたし、人間の闇の部分とシンクロさせるような使い方。それと音楽の使い方は本当に良かったですね。まず邦楽に拘ったところで「歌舞伎」として成功している。神谷というキャラを表現するのに新内節を、恩田というキャラには太鼓をという使い分け。特に新内節を使用したのは神谷の場でしっとりとした色気ある空気感を醸し出す効果があり見事だと思います。また人間国宝の新内仲三郎さんに協力していただいたのも大きな成果でしょう。一流の音の説得力が大きい。全体的な演出はかなり良いと思うんです。

しかし細かいところであれこれ気になる部分も。まずこれは脚本のせいもあるのでしょうけど、恩田の姿を一気に見せすぎです。恩田の出の場面が驚きもないし怖くないんですよ。じわじわと見せていってほしかったです。お甲ちゃんを殺す場面はハッキリ姿を見せないほうがよかったかも。黒い影、で十分。あの場面は血糊ももっとドバッと個人的に欲しいです。

それと恩田の「人間豹姿」ではない「人間に扮した姿」をきちんと見せるべきだろうと思う。髪をまとめ、鉤爪は着物の袂で隠せばいい。顔は隈取半分くらいにして醜い感じにしたらどうだろう。そしてまずはお甲との最初の遭遇を見せたほうがよかった。それと話し的に見世物小屋は一番最初に見せたほうが効果的なので見世物小屋の外で神谷とはぐれたお甲ちゃんを見初めて、って感じの部分があるといいんじゃないかな。似た女たちを襲うという行動様式が際立つと思う。恩田がなぜ似た女を襲うのか、という部分が今回まったく際立たず、友人曰く「恩田が神谷が欲しくて相手の女を殺してるというように見える」そうで(笑)まあそれもありですし、結構この説はツボに入ったんですが、たぶん違う…。

あと恩田が超人なのはわかるのですがラスト大凧のままで良かったのでは?大凧から落ちて大凧の下の部分に鉤爪を引っ掛けてでもいいじゃんとか。

舞台美術のほうですが、ウズメ舞の場はもう少し大きく作って欲しかった。下手から見るとお蘭さんの殺しの場がよく見えない。なので大きな蝶がどういう感じで出てきたのか判らないので、あれも舞の舞台美術のひとつにしかみえなくて不気味さがわからず。そういえばウズメ舞は春猿さんと染五郎さんファンサービスな場でもありますが、もう少し色っぽい踊りでも良かったんじゃないかと。

さて、役者評を少しばかり。

染五郎さん、神谷と恩田の二役です。割とノリノリで演じていたような雰囲気。恩田乱学は 原作の気持ち悪い粘着系なキャラではなく、化粧・衣装ともにいかにも国崩し的な悪役な格好。黒尽くめでカッコイイ系。でも今のとこ凄みが少々足りないかな~。もっと得体の知れない雰囲気が欲しい。特に一幕目あたりはぴょんぴょん飛んだりするのが黒豹というより黒猫ぽかったりして時々着ぐるみ系のラブリ~な雰囲気になるのはどーしたものか。二幕目あたりからは恩田の憎悪の部分がクローズアップされるにしたがい大きさが出てくるし、鋭さも出てくる。宙乗りの恩田@染五郎さんは問答無用でカッコイイ。恩田が出てくる度に鳴る和太鼓のドンドコドンドコの「恩田のテーマ?」はかなりいい感じで好きです。でも原作を読んでいる私からすると一幕目は『生きている小平次』で演じたジトーッした不気味な粘着系のキャラで演じて欲しかったかなぁ。

神谷芳之助@染五郎さんのほうはかなり良かったです。武士にも関わらず、道楽に身を持ち崩した、頼りない~アホぼんぼん。こういう柔らかい役はかなり上手くなってきましたねえ。二枚目の優男風情がしっかりありました。また愛しい女を二人も殺され、気狂いになってしまったあとの切ない雰囲気もとても良し。お文さんがついかいがいしくお世話したくなるのもよくわかる。どことなく可愛げで女がほっておかないオーラが(笑)。どーにもこーにも柔らかさが足りなかった3年前の『封印切』忠兵衛の頃から比べると段違い。 また染忠さんが見たいなあと思う私でした。

春猿さんは商家の娘お甲、女役者お蘭、明智女房お文の三役です。きちんと声の調子を変え三役を演じわけておりました。新作歌舞伎に慣れているのが大きいのでしょう、すんなりと乱歩歌舞伎のなかにハマっておりました。まずとても良かったのが意外にも女房お文。さっぱりとした気性で気丈ではあるけど根が優しいお文さんでした。衣装も似合ってて、姿もすっきりといい女ぶり。お甲はとっても可愛いんですがもう少し芳之助ラブな雰囲気と殺される時に色気が欲しいです。ちょっとさっぱりしすぎかなあ。女役者お蘭はとても綺麗でした。でも欲を言えばやはりここでも色気が欲しいなあ。カリスマ性のある色気、というのは出すのが難しいのでしょうが…。意外とちょっと硬め。神谷芳之助@染五郎さんの色気に対抗してほしいです。そうすると乱歩作品の「エロ」の部分が際立つと思うんです。

幸四郎さん、明智小五郎です。とっても楽しそうに演じておりました。ヒーローとしての明智小五郎として存在感たっぷりでした。さすがに出てくるだけで場を締めます。「明智小五郎だ」の一言で乱歩作品のなかの人物がここにいるよと納得させちゃいますから。この名乗りでクスクス笑いが出ますが「おお、明智小五郎キターー」の歓迎の意味の良い笑いのように感じました。ただ、幸四郎さんは存在感ありすぎかもしれません(笑)隠密同心というよりは大目付な雰囲気が…。もう少し飄々とした部分を作ったほうが明智らしい雰囲気が出るんじゃないかなあと思います。あと菊職人として家に戻ってきたとこは職人さんの格好、風情で出てきて欲しかったです。あれじゃ、菊職人に化けて隠密同心してるってという部分が明確に伝わらないかなと。

えーここで、同心、明智氏にひとつツッコミをば…なぜに犯人が「豹」だとわかりましたか?鉤爪を持つ動物は数多いるかと思われ。で、なぜ部下もそれで納得しますか、しかも「人間豹」って、よく連想できましたねっ。

鐵之助さんの百御前。筋書きでおっしゃっているように『奥州安達原』の岩手のような凄まじいキャラです。ニンじゃないかも?と思いましたら、非常に不気味な雰囲気が出ていてとても良かったです。このままもっと得体のしれないどこか境界線を外れているようなキャラを作りこんでいっていただきたいです。それほど出てはこないですが作品のおいて重要なキーを握る人物。

高麗蔵さんは小林新八と蛇娘お玉の二役。立役と女形ですのでまったく違う役柄です。高麗蔵さんを知らない観客が観たら同一人物だとわからないかもしれないですね。小林新八はいかにもマジメな同心というキャラで錦吾さんの目明かし恒吉といいコンビ。蛇娘お玉のほうはキツメな風貌のなかに寂しげな雰囲気があり哀れで切ない女性として存在しててとても良かったです。お玉は原作『人間豹』には登場しませんが乱歩的なキャラだなあと思いました。

錦吾さんの目明かし恒吉、食いしん坊のすごーく楽しいキャラで似合ってました。こういう軽めの役もお上手です。かといって存在が軽いわけじゃないのがいいです。しっかり江戸時代の目明かし然とした佇まい。

錦政くんのお文の甥・林太郎は小林少年の変わりでしょうか。色々と大活躍です。


『江戸宵闇妖鉤爪 - 明智小五郎と人間豹-』
第一幕
第一場   不忍池、弁天島の茶屋の前
第二場   江戸橋広小路の支度小屋
第三場   ウズメ舞の場
第四場   隅田河畔の茶屋
第五場   浅茅ケ原

第二幕 
第一場   団子坂、明智小五郎の家
第二場   笠森稲荷
第三場   団子坂近くの一本道
第四場   洞穴、恩田の隠れ家
第五場   浅草奥山の見世物小屋
エピローグ 同    見世物小屋裏手