Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立小劇場『五月文楽公演 第一部』1等席

2005年05月22日 | 文楽
『近江源氏先陣館』「和田兵衛上使の段」「盛綱陣屋の段」
三月の歌舞伎と較べながらの鑑賞となった。歌舞伎はどちらかというと、役の心理を大事に情を訴えるものとなっているが文楽は物語の全体の筋で見せていく。

文楽のほうは「和田兵衛上使の段」がついたので盛綱の家族の物語でもあることがよくわかる。母と妻がなぜ陣屋にいるのか…孫、息子のためにと、押しかけちゃう強い女たちであることが示される。かなり意外な展開であった。この段では微妙と早瀬は「武家の女」としての規範のなかで動く女たちである。歌舞伎と違って小四郎がかなり重要な役割を担っていることもわかる。小四郎と小三郎は表裏一体のような存在だ。どちらにも有り得た運命。

小四郎が小三郎を捉え陣屋に戻ってきたシーンでの早瀬はただただ息子の手柄うれしさに誇らしげでいる。かなり気の強そうな女性として描かれている。歌舞伎では魁春さんが優しげな雰囲気を作っていたので、だいぶ印象が違う。

ここの場で武家の女の顔から祖母の顔に変化していくのが祖母、微妙。非常に押さえた感情を見せる遣い手の文雀さん。とても表情が繊細でじんわりと想いが伝わってくる。「盛綱陣屋の段」で小三郎に切腹を迫るときの表情がいい。情に流されていない風情なのに心が揺れ動いてる様がよくわかる。小三郎はいかにも少年らしい風情、母会いたさに命乞いをするシーンが哀れで、後半父のため切腹するシーンの健気さが活きる。

小三郎の母篝火は子を案じ、ひたすら子供を案じる優しい母だった。福助さんの激しい母とは随分と違う。三月歌舞伎ではかなり「情」を見せた場だったんだなーと思った。文楽は首実検の部分があっさりしている。盛綱はかなり心情を押さえた表情。非常に複雑なものをすべてハラに飲み込んでいる感じに見えた。この部分があっさりしているだけに、家族の情の哀しさという部分より戦いという大きな流れに飲み込まれていく悲哀のほうが強くでていました。

太夫さんはお二人とも強い調子の方で迫力がありました。物語主体でおしていくというのはこの語りの調子から感じられたものもあったように思います。

『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」「道行相合かご」
歌舞伎では『恋飛脚大和往来』として演じられるのだが歌舞伎と文楽ではかなり人物像の組み立てが違う。「封印切の段」の前段があるので、筋の流れと登場人物の性格付けがよくわかる。文楽での忠兵衛は世間知らずの馬鹿ぼんぼんだった…。歌舞伎では多少男気があるんだけど、文楽では思考がかなり幼く性格的にも非常に弱く流されるまま身の破滅を招くタイプ。ありゃ~こんなにダメ男なのか。でも、玉男さんが操る忠兵衛はそんな性格付けですら、非常に可愛げで色気がある。母性本能くすぐり系でしかも品があるのでいやらしくない。こら~、そんなことしてる場合か、とツッコミ入れつつも憎めない。そして目が離せない。脇に控えて動かないときですらついつい目が忠兵衛にいく。人形であって人形じゃない。なんなんだろう、このオーラは。まさしく忠兵衛としてそこにいる。封印切りをしてしまうその瞬間の激情が全身から出て、心の葛藤がまさしく見えた。

このだめ忠兵衛に対し梅川は歌舞伎よりかなりしっかりして利口な女。どちらかというと姉さん恋人な雰囲気。底辺を生きて来たたくましさと知恵と分別がある。そんな女だから、きちんと忠兵衛に意見を言う。だけど忠兵衛の気持ちにほだされ、恋に生きるほうを選ぶ梅川はとても哀しい存在。でも自ら運命を決める強さがあるので、行く末が見えようとも後悔はしないようにも見えた、蓑助さんが操る梅川はやはりすごい存在感と色気。障子に身をもたれ遠くを見つめているかのような場は、半身しか見せず動きもない。それなのにそこから漂う物憂げな色気はなんなのーー!。

忠兵衛に封印切りをさせてしまう八右衛門は歌舞伎とまるで違う性格付けだった。歌舞伎ではライバルでちょっといやみなやつなんだけど文楽では友人想いの非常にいい男。友人の身を心から案じ、画策しようとしてそれが裏目に出てしまう。というか、八右衛門の気持ちがなぜわからーん<忠兵衛。そしてまた忠兵衛が大それたことをしでかしたとわかってて気持ちを受け取ってあげる八右衛門。なんていいやつなんだ。

最初は歌舞伎と較べようとしていたけど途中からそんなのは頭から抜けてしまい、筋が判っているのにはらはらどきどきしながら観てしまった。恐るべし人間国宝の芸。

「道行相合かご」では玉男さんから勘十郎さんへ変わった。同じ人形なのにどこか違う。どこが違うのかわからないけど、「あっ、芸が若いな」と素人の私でもわかる。

この道行きの段で終わらせるのは非常に寂しい気持ちになってしまう。「封印切り」で終わらせても良かったかな?とは思ったけど雪道を忠兵衛と梅川がお互いを思う合いながら歩く姿は美しく切なかった。