Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『さよなら公演 六月大歌舞伎 昼の部』 1等1階センター

2009年06月13日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演 六月大歌舞伎 昼の部』 1等1階センター

『正札附根元草摺』
幕開けの舞踊。とても気持ちよく拝見。曽我五郎@松緑くん、踊りがだいぶ上達したような気がする。指先、足先まで神経が行き届いていていました。決まり決まりがすっきりと綺麗でした。最近、松緑くん一皮剥けつつあるかも。存在感も出てきたし。化粧もとても良く、似合っていた。それにしてもこの化粧ができてなぜ荒事以外の化粧があんなにヘタなのだ?

舞鶴@魁春さん、この拵えの魁春さんが好きです。独特のクセのある古風さが印象的で。歌右衛門さんの面影がふと見えました。動きは全然違うんですけど骨格やお顔が似ているのでしょう。今の魁春さんはこういうどこか強さのある役が似合います。それにしても改めてこの方の女形の肩の作り方、腰の落とし方、膝の落とし方が見事だなと思いました。背が高い方でしかもあの舞鶴の拵えなのに松緑くんの頭から上に体を上げてこないんですよ。またこの体勢で松緑くんに負けないくらいしっかり足を鳴らしている。お膝、大丈夫なんだろうか?と心配になってしまいます。

『双蝶々曲輪日記』
幸四郎さん、吉右衛門さんが揃うと歌舞伎座の舞台が小さくみえる。この二人の存在感はやっぱりすごいですね。『双蝶々曲輪日記』の『角力場』はここだけ観ても筋がハッキリしないので物語としても面白みはありませんが、長五郎役者と長吉役者の対比を楽しむ役者対決な部分を楽しむところかなと思います。今回は幸四郎さんの鋭さと吉右衛門さんのまるみの対比が活きた舞台だったと思います。それと兄弟ならではの息の合い方が場を密にしていました。いつか『引窓』まで通しで掛けて欲しいですねえ。出来ればこの座組みで。

濡髪長五郎@幸四郎さん、隈取が似合い、錦絵のよう。声を低く取りゆったりと関取の大きさを出す。贔屓の与五郎に対しては優しく、頼りないぼんな部分をも引き受けている感じ。本当に山崎屋に対して恩を感じているのだなと感じさせる。しかし長吉に対してはどうしても関取としてのプライドが邪魔して下出に出てるつもりで融通がきかない感じ。その二面性が面白い。

放駒長吉@吉右衛門さん、長吉にしては押し出しはありすぎる部分もあったが、ちゃんと若造だったのがまずは見事。声をかなり高くし、低音の濡髪長五郎との対比で、柄の大きさ以上に若さを押し出す。どこか笑いを誘う青臭さ、世間知がまだない単純さがよく出ていた。また若者らしい義憤もよく表現し、観客が長吉に肩入れしたくなるキャラを体現されていた。

与五郎@染五郎さん、久しぶりのつっころばしですね。いかにも濡髪が大の贔屓という風情と人がよくて皆に愛される可愛いぼんぼん風情が似合います。力なくヨロヨロしてしまう姿でうまく笑いも誘っていました。ここ難しいんですよね。ただ、どこかつっころばしになりそうで、微妙にまだ江戸のぼんぼん風情だったかな。柔らか味は十分出ているけどスッキリしたところがまだ見えちゃう。でもとっても可愛い与五郎さんでした。

吾妻@芝雀さんが綺麗でした。このところ雀右衛門さんの雰囲気に似てきたような気がします。ほんのり桃色オーラを漂わせ、以前より華がみえるようになってきたような。お付きの仲居連中が贅沢です。吉之丞さんと歌江さん、この二人はそこに居るだけで濃厚な存在感。貴重な女形さん二人です。後ろにちょこちょこ付いてくる宗之助さんも可愛かったです。ご無事に舞台に復帰おめでとうございます。

また、平岡郷左衛門@由次郎さん、三原有右衛門@桂三さん、茶亭金平@錦吾さんと脇も揃って良い舞台を作っていました。

『蝶の道行』
歌舞伎座で演じられる時のどこかチープさが漂う派手な舞台装置と衣装はどうにかならないのか?と今回も思う…。色遣いがきつすぎるんですよねえ。背景か衣装か、どちらかをシンプルにするだけでだいぶ印象が違うと思う。舞踊自体は面白いと思うんですが…。

梅玉さん、福助さんの助国&小槇はアダルティ。ロミジュリの若いカップルならではのファンタジックな切なさは見えなかったけど、その代わり、もっと現実味のある色気があって、なかなか面白かったです。踊るカップルによってだいぶ印象が変わる舞踊でしょうね。

『女殺油地獄』
仁左衛門さんの一世一代。型にはまりすぎるギリギリのとこでやれたな、という感じがしました。個人的には、ここで一世一代を決断してたぶん良かったんじゃないかと。体力さえ許せばたぶん、まだまだ演じることはできるとは思うのですが、正直なところ、これ以上行くと短絡的な青臭い与兵衛というキャラから外れると思いますし、何より仁左衛門さんを芯にして脇をできる人がいない。今の仁左衛門さんが与兵衛をするには芸格が高すぎるんですよね。若い揺らぎがさすがに身体に無くなっている。芯がしっかりしすぎてるんです。貫禄がありすぎるというか年齢を得た人間の大きさが見えちゃうというか。 だからこその一世一代なのかもしれません。これ以上行くとどこか破綻する、その直前。一世一代の渾身の見事な与兵衛でした、それはもう間違いが無い。しかし与兵衛としての一番しっくり来た時分の仁左衛門さんの与兵衛を観ているからこそ書きます。

仁左衛門さんを芯にして脇をできる人がいない、という部分で今回の芝居で、すでにギリギリだった。正直なところを言えば弱かった。なので芝居全体として仁左衛門さん与兵衛に対して説得力が薄くなってしまった部分がいくつかあったような気がする。座組みとしては達者な役者さんばかりだったんですけど、それでも仁左衛門さんの大きさに対抗するには弱かった。与兵衛は小さい人間です。それが舞台にあまり現れてこないのは、どこか違うんじゃないかなと思ってしまう私です。

ただ、今回明確に人物の輪郭を描いてくる役者さんが揃ったために『女殺油地獄』という芝居の内容が非常にわかりやすく提示されていたとは思います。

今回の仁左衛門さんの与兵衛は本行(文楽)に近づけたのか、性根の悪い与兵衛そのものだった。個人的に今年2月に国立小劇場で観た文楽の『女殺油地獄』に近い印象を受けた(私の感想)。あまり情を感じさせない自己中心的な冷たい与兵衛でした。

「徳庵堤の段」
与兵衛@仁左衛門さん、かなり若いとは思ったけど意外と腰の軽い放蕩もの見えず。友人たちにけしかけられて、見栄っ張りな部分でわいわいやっているというタイプに見えなくて率先して悪さをしでかすリーダー格にみえる。叔父、山本森右衛門に対しても、どこか開き直りが見えて、「殺されるかも、怖い、どうしよう」って感じに正直みえなかった。それにお吉さんに本当に不倫仕掛けそうにもみえちゃうし。お吉@孝太郎さんがあほぼんを世話してる、って雰囲気にならない。まあ、ここばかりは芸だけでは見せられない、こいつあほやな、な他愛もない場なので、それこそ「若さ」が前面にでないと説得力が出ないのでしょう。ここはしょうがないかな。

お吉@孝太郎さんはこの役を何度も手がけているし、人のよいおせっかいなおかみさんというだけでなく子を産んだ人妻の色気がそこはとなく感じられて良かった。娘お光@千之助くんが実の親子だけあってお父さんソックリで、それが二重写しになってさりげない情愛が伝わってきたのも良かった。お光@千之助くん、健気な雰囲気があってとても可愛らしかった。

「河内屋内の段」
ここからようやく仁左衛門さんの完成された与兵衛が見えてきた感じ。与兵衛の性根の悪さをひとつひとつの言動、態度で少しづつじわりと見せていく。父、妹に対しかなり強気。自分の言うことは聞いてくれるもんだ、とかなり上から目線で相手を思いやるすべを忘れてしまったような態度。暴力がいつかエスカレートするかもしれない不安感をここですでに感じさせた。母に対してはさすがに子供の顔を見せる。強気に出られると弱い、そのふてくされ具合がリアル。非常に丁寧に与兵衛という人物を活写していきます。私は前回歌舞伎座で演じた仁左衛門さん与兵衛の、終始親の顔を伺う甘ったれのどうしようもないやつ、な可愛げな部分がもっと前に出ていたときのほうが好きなのだけど。今回は親の顔を伺う、といった部分をサラリと流して演じていた。性根の悪さのほうを強調したのかな?と思った。与兵衛の短絡的な先、先の行動、そこから至る状況が手に取るようにわかる。細かい部分を積み重ね、人物を描写していくのは仁左衛門さん独特の芸であり上手さです。

徳兵衛@歌六さん、芸達者な方で外すことがない役者さんですがさすがに今回の徳兵衛は少々苦戦中かな?この方は何気に芯の部分に格がある方なので、使用人だった義父という悲哀を出すのは難しいのかもしれません。河内屋をしっかり守ってきた気概や、血が繋がらない息子への気配りはしっかり出してきたとは思うのですが。もうひとつ、先代にソックリの息子に対する気兼ねからの甘さや情が欲しいかなあ。

おさわ@秀太郎さんはいかにも大阪商人のおかみさん風情、母の強さ、弱さがきちんとあって、思いがけず良い出来。こういう母像を秀太郎さんが出来るかな?と心配していたので。でもなりふりかわない、情けないほどの母の顔は少しばかり薄かったかな。この方の色気が少しばかり「母の顔」を邪魔をし、悲哀が若干前に出てこない。でも十分に良いおさわでした。

妹おかち@梅枝くん、上手いですね。家族思いの健気なおかちです。兄に意見できる芯の強さをしっかり表現。良かったと思います。

「豊島屋油店の段」
親がどうしても与兵衛を見捨てられない情の部分から一気に与兵衛の自己中心的な殺しへと場の空気が動いていく様が見事だった。

ここは徳兵衛とおさわ夫婦の親の情けなさ悲哀をもう少し際立たせてほしかったが、その代わり、お吉の立場が際立ち、殺しの残酷さがストレートに出て、その緊張感が見事だった。とにかく与兵衛@仁左衛門さんとお吉@孝太郎さんの殺しの場がリアルさと様式美のバランスが絶妙。

この場ではお吉@孝太郎さんが非常に良かった。徳兵衛とおさわ夫婦への同情心、与兵衛へ諭す優しさ、そして不審に思う様から不安におびえはじめる、その変化を説得力をもって演じていた。欲を言えば佇まいにもう少し色気があるほうがいいかなとは思うし、仁左衛門さんに対して上に見せようとする無理感がどことなくあったのだけど、それは仁左衛門さんが大きすぎたゆえなので、かなりの出来。

そして与兵衛@仁左衛門さん、この場では情の部分の揺れが少ない。豊島屋に入る時から殺してでも金を奪おうという気満々に見え、親心への改悛の心持がひどく表面的。そして「お金が足らぬ」の切羽詰り方もどこか、ここに入ったからにはなんとかなるさという性根の悪さゆえの楽観を漂わせていた。なんとも自分の都合のいい方向でしか物を考えないそんな与兵衛。それだけに「殺人」の得体の知れぬ怖さが伝わってきた。また殺しの様式美の美しさと共に殺す側の滑稽で醜いという部分もみえた。殺人というものが美しいものだけではない、そのリアルさがあった。後味が悪い、そこを見せてきた。ヒタヒタと迫る鬼気迫る表情、そしてなりふりかまず金を狙う様、それを絶妙の間で表現していた。これはもう「芸」がなせるワザかと思う。


余談:今回、私は仁左衛門さんの与兵衛に若さ、幼さゆえの無防備な無邪気のある悪、金が足らぬの切羽詰った弱さを感じませんでした。ひたすら底の部分が冷たい与兵衛に見えました。しかし、3階で見た友人は、人間的な甘さのある幼い与兵衛を感じたそうです。観た人の感想を色々読んだり聞いたりしたところ、幼さを感じず怖い部分を感じた人と幼い甘さを感じた人と両極端のようです。たぶん、今回、両方が混在している与兵衛なのかもしれません。仁左衛門さんは芸の部分でその幼さを演じていて、その芸は上からのほうがよくみえるのだと思います。しかし思うに近くの席でみると役者の芸だけじゃなく 役者本人のそのものがどうしても透けてみえてしまうのではないかと。 なので以前の演じ方そのままだと、大人の感覚がある 与兵衛にみえてしまう部分があるのかなとも思いました。