Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『八月納涼歌舞伎 第三部』 3等A席中央

2006年08月19日 | 歌舞伎
歌舞伎座『八月納涼歌舞伎 第三部』 3等A席中央

『南総里見八犬伝』
楽しいっ!周囲の歌舞伎ファンやら劇評の評判がいまひとつだったので期待してなかったんですが、うそおお、これ面白いよ。これなんであんまり評判良くないんだろう??不思議不思議。かなり楽しいじゃないですか!見所満載。あの長大で枝葉満載の入り組んだ物語『南総里見八犬伝』のエッセンスをうまーく取り出して絵巻物として歌舞伎らしい一場一場見所主義でまとめたエンターテイメントとしての歌舞伎の基本の芝居じゃないかしら。楷書中の楷書の歌舞伎だよ、これ。

『南総里見八犬伝』のエッセンスを歌舞伎のセオリィに丁寧に当てはめて演じるとこうなるという見本のようなお芝居。これが評価されない、ということは「歌舞伎」に今求められてるものが「物語」であり「演劇」になってきているということだろう。物語性を重要視せず、ストーリーのうねりより、場ごとの様式を求めた今回の舞台。舞踊を基礎とした動き、様式、固定されたキャラクター、ケレン、舞台美術、等々、歌舞伎というものの基本ラインがほぼ入っている構成でかなりお見事と思ったんですけど。転換の間、多さも気になる構成じゃないと思うし。うーん、まあ新本格ミステリに慣れきってしまった人にアガサ・クリスティやエラリー・クイーンを読ませているようなものなのかしらね…。でも楽しいと思うんだけどなあ。

あっ、ちなみに私『南総里見八犬伝』の原作好きでございます。学生時代にちまちまと辞書をひきつつ読んだものです。なのでああ、ここはこう変えたのか、とかこのシーンをこう見せたか、とかまあそういう見方をしていたのも楽しめた一因かもしれませんね。最初からあの膨大な入り組んだ伝奇モノを3時間で纏められるとは到底思っていなかったので、絵面を綺麗に上手く見せてくれただけで満足だったりしたのかもしれません。八犬伝ヲタとしては猿之助さんの『八犬伝』も観てますけど、三津五郎さんと猿之助さん、方向性が全然違うなあと思いました。確かに「みせる」という部分ではスピーディさ物語性のダイナミズム等、猿之助さんのほうが吸引力はあるとは思うのですが、私は三津五郎さんの方向性も必要だと思うんですよね、とか。

今回は原作をギリギリ最低限に刈り込み、主な剣士を紹介するだけの筋立てです。その分、物語性は薄くなります。物語のうねりを求めると、それは残念ながら失われているといっていいでしょう。また人物像もそれぞれが明快な背景がないために感情移入できないのでキャラクターの吸引力は薄くなってしまっています。しかし拵え等、歌舞伎の典型的キャラクターを勢ぞろいさせている。この芝居は物語を求めるのではなく、絵巻物的な絵面を楽しむものだと思います。そして今回、三津五郎さんは歌舞伎様式を丁寧に紹介する目的としての芝居としての位置づけにあるような気がしました。三津五郎さんの考える「歌舞伎の基本」部分でのエンターテイメントを求めた舞台ではなかろうかと私は思います。その分、はみだしたものがなく、いわゆる綺麗すぎる楷書を観るようなもので個性的な面白みは感じられないでしょう。しかし、基本がないと崩せるものが無くなってしまいます。基本の部分でどこまでエンタテイメントが作れるか、そんな心意気を私は感じました。そして役者たちも、自分のキャラクターの役回りをとても丁寧に演じているように思いました。

また、今回思ったのは三津五郎さんが座頭だけに全体的に舞踊的な見せかたを極力しているなという印象。信乃と浜路の恋模様、円塚山の場のくどきや殺しの場、芳流閣の場の屋根の大立ち回り、どこをとってもことさら舞踊的。その丁寧さが私には心地よかった。

役者に関しては千秋楽にもう一度観るのでその時に書こうと思います。まあ、染五郎ファンとしてはちょっと一言。

染贔屓的には今回の信乃の二枚目の優男ぶりが少々不満な向きも多いようだが、元々、信乃は女性の姿で育てられ、運命に翻弄され流されていくわりと受身なキャラクターなので、そのキャラを歌舞伎に当てはめれば典型的な優男になるのは仕方ないことかと思う。また、実はその個性のないキャラを印象付けるためには「女の姿」で育てられながらも剣の腕は立つという部分を最初に見せるべきなのだけど、今回、どうしても毛野と被ってしまうのでその部分が無いのが少々残念ではある。あと舞台の拵えがお家再興を願う落ちぶれた若殿チックなのも減点ポイントかと。彼一人剣士ぽくないんですよね。立ち回りのとこだけは総髪でしたけど、どうせならすべて総髪の拵えでいっていただきたかった。軽々とした舞踊的な流麗な立ち回りは信乃のイメージに合っていたんではないかと思います。犬飼現八のずっしりした重い立ち回りとの対比もよく考えられているなと感心しました。