マイティ・ハート/愛と絆
2007年/アメリカ
A・ジョリーの慟哭と唸り
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 80点
キャスト 85点
演出 80点
ビジュアル 85点
音楽 75点
マリアンヌ・パールの体験(パキスタンでのジャーナリスト誘拐事件)をもとにした原作をブラッド・ピッドがプロデュース、パートナーでもあるアンジョリーナ・ジョリーが主演した話題作。
ウォール・ストリート・ジャーナルの記者ダニエル・パール(ダン・ファターマン)と仏ラジオ局記者のマリアンヌ夫婦は9.11後もパキスタンに残って取材を続ける。人道主義者・ジハル師のインタビューの夜、何者かに誘拐されてしまう。妊娠5ヶ月の身でありながら気丈に振舞うマリアンヌと救助に尽力する友人・同僚・パキスタンテロ対策リーダー(CID)・米領事館外交保安担当・FBI達の30日間。
ハンディ・カメラを駆使、アドリブOKのまるでドキュメントのような映像が、緊迫感を増して行く。映画には珍しく、順を追って撮影することによって出演者の演技が高まって行くのが良く分かる。「グァンタナモ、僕達が見た真実」のマイケル・ウィンターボトル監督の面目躍如。
終盤で画面を圧倒するA・ジョリーの慟哭と唸りが凄い。夫のD・ファターマンは「カポーティ」の脚本家として有名だが、優しいマスクがこの役にぴったり。ほかにデニス・オハラ、ウィル・パットンなど地味ながら抑えた演技がリアル感を醸出している。
ただ政治・宗教が複雑に絡み合う背景を予め理解していないと、単なる誘拐事件とカラチ雑踏の猥雑さだけが目障りな映画となってしまう。
それに主人公の<憎しみ・復讐は解決にならない>というジャーナリストとしての視点が素晴らし過ぎて、家族を失うかもしれない恐怖感は綺麗ごととしてしか写らなかったのは、実際の出来事だけに止むを得なかったのだろう。
「ET」「ジュラシック・パーク」の名門配給会社UIP最後の作品でもあるのも感慨深い。
どん底(’57)
1957年/日本
ゴーリキーの戯曲を見事に翻案した黒澤明
shinakamさん
男性
総合 85点
ストーリー 85点
キャスト 90点
演出 85点
ビジュアル 80点
音楽 75点
ゴーリキーの戯曲を江戸の裏長屋に置き換え、そこに住む人々を描いた群像劇。黒澤明作品のなかでも地味ながら「羅生門」と並ぶ傑作だ。
大家・元兵衛(中村雁治郎)お杉(山田五十鈴)夫婦の長屋には、世の中から見捨てられた人々の吹き溜まりと化していた。
鋳掛け屋(東野英治郎)夫婦、飴売り・殿様(千秋実)、遊び人・喜三郎(三井弘次)、役者(藤原鎌足)など...。そこへ出入りする泥棒・捨吉(三船敏郎)はお杉と密通しているが、妹・かよ(香川京子)にぞっこん。ある日、お遍路の老人・嘉平(左ト全)が住み込むことで、和やかな空気が漂い始める。
複数カメラを駆使した演出ぶりは、人間の絶望感に潜む生き甲斐やプライド・様々な欲などを上手く捉えていて感心させられる。過去の思い出に縋っている役者・殿様・夜鷹など。明日への希望など持ち合わせていないところへ、お遍路が達観した人生論を説くとそれをヨリドコロとしてしまう哀しさ。老人を嘘つき呼ばわりして否定して、酒や博打で憂さを晴らす遊び人。まさに人生の縮図だ。
片や捨吉は、お杉に翻弄され、かよにも疑われて獄門へ。誰も幸せな人生を送る人が出てこない救いのない展開となるが、何故か貧困のなかに暮らす人々が暗く写らない不思議さがある。
相変わらず随所に台詞が聴き取れない難があるものの、黒澤明はオーケストラの名指揮者宜しく、役者達を存分に活かし切っている。
タイトルのトップに出る三船敏郎・山田五十鈴もそのパーツに過ぎない。むしろ三井弘次・左ト全の2人がキイマンとして印象深い。音楽より男達の奏でる馬鹿囃子が黒澤作品らしく、予想外の幕切れといい、こんな映画は今後も出てこないだろう。