どん底(’57)
1957年/日本
ゴーリキーの戯曲を見事に翻案した黒澤明
shinakamさん
男性
総合 85点
ストーリー 85点
キャスト 90点
演出 85点
ビジュアル 80点
音楽 75点
ゴーリキーの戯曲を江戸の裏長屋に置き換え、そこに住む人々を描いた群像劇。黒澤明作品のなかでも地味ながら「羅生門」と並ぶ傑作だ。
大家・元兵衛(中村雁治郎)お杉(山田五十鈴)夫婦の長屋には、世の中から見捨てられた人々の吹き溜まりと化していた。
鋳掛け屋(東野英治郎)夫婦、飴売り・殿様(千秋実)、遊び人・喜三郎(三井弘次)、役者(藤原鎌足)など...。そこへ出入りする泥棒・捨吉(三船敏郎)はお杉と密通しているが、妹・かよ(香川京子)にぞっこん。ある日、お遍路の老人・嘉平(左ト全)が住み込むことで、和やかな空気が漂い始める。
複数カメラを駆使した演出ぶりは、人間の絶望感に潜む生き甲斐やプライド・様々な欲などを上手く捉えていて感心させられる。過去の思い出に縋っている役者・殿様・夜鷹など。明日への希望など持ち合わせていないところへ、お遍路が達観した人生論を説くとそれをヨリドコロとしてしまう哀しさ。老人を嘘つき呼ばわりして否定して、酒や博打で憂さを晴らす遊び人。まさに人生の縮図だ。
片や捨吉は、お杉に翻弄され、かよにも疑われて獄門へ。誰も幸せな人生を送る人が出てこない救いのない展開となるが、何故か貧困のなかに暮らす人々が暗く写らない不思議さがある。
相変わらず随所に台詞が聴き取れない難があるものの、黒澤明はオーケストラの名指揮者宜しく、役者達を存分に活かし切っている。
タイトルのトップに出る三船敏郎・山田五十鈴もそのパーツに過ぎない。むしろ三井弘次・左ト全の2人がキイマンとして印象深い。音楽より男達の奏でる馬鹿囃子が黒澤作品らしく、予想外の幕切れといい、こんな映画は今後も出てこないだろう。