晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「寒い国から帰ったスパイ」(65・米) 80点

2016-06-09 16:10:58 | 外国映画 1960~79

 ・「飛び降りろアレック 飛び降りるんだ!」



 イギリス情報部出身で<007>シリーズのイアン・フレミングとは対照的なシリアスなスパイ小説家ジョン・ルイ・カレ。「テイラー・オブ・パナマ」(01)、「ナイロビの蜂」(05)、「裏切りのサーカス」(11)など映画化されているが、本作が初の作品。製作・監督はマーティン・リット。

 リチャード・バートン扮する英国諜報員の主人公アレックス・リーマスが、ベルリンの壁をよじ登って西側に逃亡する瞬間、元諜報員ジョージ・スマイリー(ルパート・デイヴィス)が叫んだシーン。

 リーマスは東西冷戦中のベルリン主任情報員だったが、本国に呼び戻され東独情報部副長官・ムント(ペーター・ヴァン・アイク)の失脚を狙う管理者(シリル・キューザック)から潜入捜査を命じられる。

 身元を消すため図書館員となって、暴力事件や金銭不払い事件を起こした末、刑務所へ収容される。図書館で知り合った恋人ナン(クレア・ブルーム)とも別れ、幾人かの仲介を経て東独入りする。
 
 この辺りの流れは目を凝らしていないと、次から次へと登場する人物が敵か味方かがちょっと解りにくい。

 リーマスはムントの部下でユダヤ人のフィードラー(オスカー・ウェルナー)に接近、ムントが二重スパイであることを暗示する。

 聡明で理想的共産主義者のフィードラーは元ナチ党員で冷酷無比なムントに潜在的な敵意があり、最初は疑っていたリーマスの情報からムントを二重スパイと確信し告発する。

 やがて開かれた査問会ではリーマスが証人として呼び出されるが、思わぬ事態が起こり・・・。

 比較的原作に忠実に描かれたストーリーは、終盤ムントが登場すると冷戦下のスパイたちの運命が国家の思惑で非常な仕打ちを受ける様子をリアルに映して行く。

 R・バートンは当時39歳とは思えぬ老け顔がこの役にぴったりで、オスカー主演男優賞にノミネートされている。結局英国アカデミー賞は受賞したが、本作を含め7回ノミネートされたオスカー獲得はならなかった。前作「クレオパトラ」(64)でリズと結婚し、公私とも疲れ切っていたが、筆者は本作が彼のベストな演技だったと思う。

 共演のC・ブルームは「ライム・ライト」(52)のヒロインから「英国王のスピーチ」(11)でのメアリー王太后役まで息の長い正統派女優。本作でもKEYとなる役柄で、アレックを好きになるシーンが唐突で不自然な気がしたが、ラブストーリーとしても成立していたのは、リズがヤキモチを焼き撮影に反対した程、彼女が魅力的だったから。

 M・リットは脂が乗る時期に赤狩りに遭ったが、ブランクを乗り越え70年代まで活躍した監督。もっと評価して良い人だ。

 陰湿な冷戦下の欧州をモノクロ画面で描いた映像が、個人と国家・組織のどちらが大切なのか?をラストシーンに込めたサスペンスの名作である。