ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 プラトン著 久保勉訳 「ソクラテスの弁明」、「クリトン」(岩波文庫 1927年)

2015年05月28日 | 書評
スパルタに破れた後のアテナイの混乱期、「焚書坑儒」の犠牲者ソクラテスの裁判記録 第10回
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プラトン著 「クリトン」(その1)
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 「クリトン」は文庫本にして30頁ほどの短編で劇でいえば1幕のことであるが、訳者によって17節に分かたれる。、『ソクラテスの弁明』で描かれた民衆裁判所における死刑判決から約30日後、死刑執行を待つ身であるソクラテスが繋がれたアテナイの牢獄にて。夜明けに「死刑執行停止の解除」を意味するデロス島からの聖船の帰還を控えた深夜。ソクラテスの旧友クリトンが、懇意にしている牢番を通じて牢獄へ侵入、ソクラテスに逃亡の説得をしに来るところから話は始まる。最終的にクリトンの説得が失敗に終わる場面までが描かれる短い劇であるが、クリトンとソクラテスの対話(ダイアローグ)である。とはいえクリトンはソクラテスの主張に合意するのみで、ほとんどソクラテスのモノローグと言っても過言ではない。
1、 クリトン:ソクラテスに聖船の帰還が迫っていることを告げる。
2、 ソクラテス:夢のお告げで聖船の到着が今日ではなく明日だと予言。
3、 クリトン:ソクラテスへ逃亡を切り出す。自分が親友を失わないため、また、大衆からの「金を惜しんで親友を救うのを怠った」という誹り・風聞を避けるため。しかし、ソクラテス:意に介さず。
4、 クリトン:ソクラテスは逃亡に伴う費用や、逃亡後の自分達に対する処罰を懸念しているのかもしれないが、それらの処理費用はいくらでもないし、シミヤスやケベスら外国の友人達もその用意がある、また、テッサリア等、歓迎してくれる先はいくらでもあると、説得。
5、 クリトン:ソクラテスは敵が思う通りに自らその身を滅ぼそうとしている、また息子達を見棄てて孤児の境遇に落とそうとしている、一連の事の成り行きは自分達を卑劣・臆病の評判へと貶め、皆に不幸・不名誉をもたらそうとしていると説得、逃亡催促。
6、 ソクラテス:クリトンの熱心さは尊重するが、それが正しい道理に叶っているか考えなければならない、自分は熟考の結果最善と思われる考え以外には従わないと、問答開始。クリトン・まず大衆の意見ではなく、一部の智者の意見が尊重されるべきという点で、合意。
7、 ソクラテス:運動を本職とする者は、あらゆる人の賞賛・非難・意見ではなく、医者や体育教師ら専門家の意見を尊重すべきで、逆に、その彼が素人・大衆の意見を重視すれば、禍を被るということ、また、その禍は身体に及ぶという点でも、この例が、正と不正、美と醜、善と悪といった主題においても同様に当てはまるという点でも、クリトン:合意。
8、 ソクラテス:専門家の意見を聞かず、不養生によって損なわれた不健康な身体をしていては生き甲斐が無い、不正によって害された魂をしていてはもっと生き甲斐が無い。クリトン:合意。これによってクリトンの「大衆の意見に耳を傾ける」という姿勢は退けられた。ソクラテス:一番大切なことは単に生きるのではなく善く生きること、また、善く生きることは美しく生きる、正しく生きることでもある。クリトン:合意。
9、 ソクラテス:逃亡するか否かは、現在の問答における正・不正のみを根拠とすること、他の事情は顧みない。クリトン:合意。ソクラテス:最善の異論・反対説があれば述べてほしいとクリトンに頼みつつ、議論を進行。
10、 ソクラテス:.不正は事情・条件に依存せず、いかなる条件下においても故意に行なってはならない、それは常に悪・恥辱である。クリトン:合意。ソクラテス:不正に報いるのに不正を以てすべきでない、誰かに禍害を加えること、それに対して禍害を以て報いることは悪であり、不正と同じである、何人に対しても、不正に報復したり、禍害を加えたりしてはならない、他人に対して正当な権利として承認を与えたことは、自らも尊重すべきだ。クリトン:合意。

(つづく)