ブログ 「ごまめの歯軋り」

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山本光雄著 「アリストテレスー自然学、政治学」 (岩波新書 1977年)

2015年05月17日 | 書評
万学の祖アリストテレスの神羅万象の知識学 第7回

第2部 政治学 (その2)
国制:
 アリストテレスにとって、人間の幸福とは徳、とりわけ最高の徳としての知恵に即した現実活動であった。限られた優れた人、恵まれた環境と習慣・教育をすべての人が享受できるには、強制力を備えて彼らの生活を規制する法がなくてはならない。このような法律を定め、それを実施することができるのは、人間共同体の最高のものとしての国である。「ニコマコス倫理学」の最期に「法律」を設け、政治学に橋渡しをしている。倫理学は人間学として人間の幸福を実施する仕方も考えなければならない。アリストテレスの国に対する考え方は今日の考えとはかなり違る。ソフィストやロックの人間契約説ではなく、生まれつき能力が各段の差がある人間本性に基づいて国が成立するという。奴隷関係や主従関係は当然という、それが自然であるという認識である。ポリスは人間生活の必要性からうまれたとしても、国の存在の目的は単に生存することではなく善く生活することである。この目的は国の本質であり、このような国を理想国という。従って最善の国制(憲法、政体)を持った国とはどんな国であろうかという考察は「政治学」では未完で終わった。理想国アリストクラシーでは国民は有徳な者でなくてはならない。国制も法律も制定されなければならないし、国民は有徳となるように養育され教育する必要がある。またアリストテレスの理想国の政府側の構成や任務など重要な問題に考察は行われていない。おそらくプラトンに「法律」におけるものに近かったと想定される。彼が理想とした君主制は、万人に傑出した一人の完璧な徳を備えた人物の出現は理論的にありえないことから、理想国として挙げられていない。国は国民権(市民権)に与る国民が有徳であることが前提である。それは生まれつき(素質)、慣習(しつけ)、理による教育に拠らなければならない。子供の養育に関して詳細な法律が定められる。結婚適齢(男子37歳、女子18歳)などアリストテレスは7歳以上21歳までの教育について立法した。その詳細は省く。「政治学」では国制の種類と批判が述べられる。国を構成する人々は異なり、生活や歴史風土も異なりので多くの国制が生まれてくるのは当然であるとして、「国制とは国の諸々の役と権力を秩序付けるものである。国の志向の権力を有する者は国民団であるが、これにより国制も異なる。民主制では人民大衆であるが、寡頭制では一部の人間である」という。アリストテレスの国民の定義とは「国民とは裁判官と国民会員に与る権利を持つ者」である。プラトンに倣って、国民共通の利益を目指す正しい国制として①君主制、②貴族政、③多数の理想国制、支配者の利益だけを目指す間違った国制として④僭主制、⑤寡頭制、⑥民主制だという。今日の考えとはずいぶん異なった国制の理解である。その利害得失を論じて、よりましな政体として、正しい国制のなかで③多数の理想国制と、間違った国制の中で⑥民主制を取り出して考察している。③多数の理想国制とは一つの徳(たとえば戦争に適した人々)に秀でた人々が国民権を持つ国制である。一定以上の財産のある多数の人が参加できる国制で、最大多数の幸福を判断基準とすると最善の形であるとアリストテレスは推奨する。実際は中間層が希薄である場合が多く、国制はスパルタとアテネのように寡頭制と民主制との適度な混合になる中間的な国制である。アリストテレスの民衆とは貧乏で愚民のニューアンスが強い。ポリス的人間とは一定の財産を持ち公的な役に無償で応じることができる人間である。お金目当てで腐敗する者は政治に参画してはならないというようだ。すると今の政治はまさに貨幣経済至上主義をとっているので、金で動いているから腐敗する必然性を持つことになる。つまり志が低いということである。アリストテレスのいう民主制はさまざまな形をとるが、貧者も冨者も平等、財産の多寡で役が決まる、一定の家で長男が正当性を引き継ぐ、出生を問わない、民会の議決された政令が定めるといった政体がある。民主制の特徴は自由を根拠にして国民権を定めるのである。民主制は人の値打ち(能力)ではなく、人の数に応じて等しいものを持つことである。(数がすべてという普通選挙法による) 民主制における行政関係部門、裁判関係部門、審議関係部門と言った三権の機構の大まかな特徴を挙げている。アリストテレスによると民主制は間違った国制であるがその内では一番ましな国制で、③多数の理想国制に次ぐ国制であるという。民主制の擁護論としては、一人一人として見れば大した人間でなくとも、寄り集まれば少数の優れた人間よりも優れているという論である。(三人寄れば文殊の知恵) 役人や裁判官罷免の権利を与えるのは、少数の専門家や権威者による判断よりも、それに与る大衆の判断の方が大事だという見解を取る。アリストテレスは「政治学」で国制はどんな原因で変化するかを考察している。民主制の変質につて考えると、民衆の権利が等しいという間違った考えが、あらゆる国制変化の原因であるという。内なる民衆の平等な権利を主張する一方で、他者にたいしては不平等な取り扱いを当然とする。それが内乱の原因である。さらにアリストテレスは過去の民衆指導者が将軍であった場合民主制から僭主制へ移行しやすく、極端な民主制の場合、野心家の民衆煽動によって最悪な政体に変わるという。18世紀トクヴィルの「アメリカンデモクラシー」で言われた民主制が専制政体に取って代られる心配がそれである。アリストテスは158国の歴史の資料を集めて、政体の変化や滅亡の原因を探究したが、民主制の保全策として、①国制の存続を望む人を多数派とする、②中庸を尊重する、③国制保全の教育を国民に施すことを挙げている。

(つづく)