ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 プラトン著 久保勉訳 「ソクラテスの弁明」、「クリトン」(岩波文庫 1927年)

2015年05月29日 | 書評
スパルタに破れた後のアテナイの混乱期、「焚書坑儒」の犠牲者ソクラテスの裁判記録 第11回 最終回
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プラトン著 「クリトン」 (その2)
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11、 ソクラテス:国家の同意を得ずに逃亡すれば、自分達は最も加えてはならないものに禍害を加えることになるのか否かを問うも、クリトンは答えに窮する。ソクラテス:国法・国家を擬人化し、「ソクラテスは法律・国家組織全体の破壊を企図しているのではないか、一度下された法の決定が私人によって無効化・破棄されてもなお国家は存立し、転覆されずに済むのか」と問わせる。他方で弁論家風に「国家こそ自分達に不正を行い正当な判決を下さなかった」と反論も用意。クリトン:後者に賛同。
12、 ソクラテス:国家の言い分として「ソクラテスと我々との合意はその程度のものだったのか、国家の下すいかなる判決にも服すると誓ったのではなかった」と問わせる。更に、「ソクラテスはいかなる苦情があって国家転覆を図るのか、我々の保護下で両親は結ばれ、おまえが生まれ、扶養・教育された中に不満があるのか」「おまえや祖先が我々の産み子・臣下として属することを否認できるのか」「おまえは我々と同等の権利を持っていると信じたり、我々がおまえに加えようとすることをおまえも我々に加え返す(報復する)権利があると思っているのか」「父親や主人(奴隷の場合)に対しても、同等の(報復)権利は無いのに、父母よりも祖先よりも尊ばれ、畏敬され、神聖で、神々・理性的人間たちによって最も尊重されているこの国家・国法・祖国に対しては、それがあるというのか」「人は祖国を敬い、父親に対するよりももっと素直に従い、また、なだめるべき」「祖国が命じるものは、殴打・投獄・戦場送致であれ、黙って忍従すべきであり、逃亡・退却や持ち場の放棄をせず、戦場においても法廷においても他のどこにおいても国家・祖国の命ずる通りに実行しなくてはならない、もしくは、真の法の要求に沿って考えを改めさせなくてはならない」「暴力を用いることは、父母に対しても罪悪だが、ましてや祖国に対してはなおさらではないか」等と語らせる。クリトン:同意する。
13、 ソクラテス:続けて国法に語らせる、「我々は全てのアテナイ人に対し、一人前の市民となり、国家の実状や法律を観察した時に、意に適わないことがあれば、全財産を携えて好きな所に行けることを、宣言している、また実際、植民地や外国に移住・引越ししても、それを誰も妨げも禁止もしない」「したがって、アテナイに留まり続けている者は、我々の命令の一切を履行することを、その行為によって約束した者である」「したがって、我々に服従しない者は、1「生の賦与者たる我々に服従しない」、2「養育者たる我々に服従しない」、3「我々に何か間違った行いがあった時に、説得によってこれを改めさせない」という3つの不正を犯している」「我々は命令をただ提議するのみで、それを履行するか、非を悟らせるか、その二者択一はその者に委ねられているが、不正者はそのどちらも実行しない」
14、 ソクラテス:「ソクラテスが今現在の企てを遂行するならば、こうした非難は最大限該当することになる」「ソクラテスは一度のイストモス行や、ペロポネソス戦争(ポティダイアの戦い、アンフィポリスの戦い、デリオンの戦い)への従軍といった例外を除いては、アテナイの町を出ることもなく、他国やその法律に興味を持たず、ここで子供ももうけ、この国家に満足してきたし、裁判中には、追放刑を提議することもできたが、それよりは死を選ぶと高言した」「それを今さら撤回し、契約・合意を破棄して逃亡を企て、最も無恥で奴隷的な振る舞いをしようとしている」「まずはこれまでの行為によって我々に従って市民生活することに同意したという主張が、正当であるか否か答えてみよ」。クリトン:しぶしぶ同意。ソクラテス:「我々とソクラテスとの契約・合意は、強制されたものでも、欺かれたものでも、短時間で強いられたものでもない、ソクラテスは70年もの間、ラケダイモン(スパルタ)も、クレテも、その他のギリシア人や異邦人の都市をも選ばず、アテナイに留まり、この国・国法を好んできた」「これまでの合意を守らず、逃亡するならば、ソクラテスは自分を物笑いの種にすることになる」
15、 ソクラテス:「ソクラテスがこれまでの合意を蹂躙して逃亡すれば、友人までもが追放刑(祖国喪失)・財産没収の危険に晒されるのはもちろん、ソクラテス自身も、仮にテーバイ、メガラといった良い国法のある近隣都市へ行くならば、その国の者達はソクラテスを国法の破壊者として猜疑の目で見るし、裁判の判決が正しかったと判断するだろう」「そのような秩序ある国々、方正な人々を避け、生きながらえたとして生き甲斐はあるのか」「厚顔、恥知らずにも彼らのところに押しかけて、徳や正義、制度と法律が、人間にとって最高の価値であると語ろうとするのか」「あるいはクリトンの客友達(クセノス)を頼りに、テッサリアのような無秩序と放縦が盛んな地へとおもむき、脱走話や、国法蹂躙、老人の生への執着といった滑稽話でその地の人々を喜ばせ、彼らの機嫌を損ねないように奴隷のように生きるのか」「子供たちの扶養・教育のために生きながらえたいと言うのなら、そんなテッサリアに連れて行って、扶養・教育するつもりなのか」「子供たちをアテナイに残して友人に世話を頼むというのであれば、その友人はソクラテスが生きて目を光らせている内はちゃんと世話をするが、死ねば(冥府に行けば)世話をしなくなるほど信用のできない者たちなのか」
16、 ソクラテス:「だからソクラテスよ、我々の言葉に従い、子供も、生命も、その他のものも、正義以上に重視するな」「冥府に着いた時に、自らを弁明できるように」「ソクラテス自身にも、全ての関係者にも、正義以上の幸いなく、これ以上に、人の義にも、天の義にも適うものはない」「このままこの世を去るなら、(人間から)不正を加えられた者としてこの世を去ることになるが、逆に逃亡し、不正に不正を、禍害に禍害を報い、我々に対する合意・契約も蹂躙し、ソクラテス自身、友人、祖国、我々(国法)といった最も禍害を加えてはならない者に禍害を加えるなら、我々はおまえの存命中を通じておまえに怒りを抱くし、あの世の冥府の国法も、親切におまえを迎えてはくれない」「力の及ぶ限り我々を滅ぼそうとしたことを、彼らは知っているから」「だからクリトンの説得されずに、我々の言葉に従え」
17、 ソクラテス:以上の言葉が耳の中で響き、他の音を聴こえなくする、だからクリトンが抗弁しても空語に帰すると述べる。それでも何か成し得る望みがあるのか尋ねられたクリトンは、もう何も言うことは無いと説得をあきらめる。ソクラテス:「よろしい、それでは我々はこの通りに行動しよう、神がそちらに導いて下さるのだから」。

(完)