ブログ 「ごまめの歯軋り」

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文芸散歩 藤沢令夫著 「プラトンの哲学」 (岩波新書1998)

2015年05月08日 | 書評
西洋哲学の祖プラトンが説くイデア論の意義 第10回 最終回

第6章 「果てしなき闘い」 現代の状況の中で

ソクラテスが告発した「金と評判・名誉のことばかりに汲々とする」といった生き方が大勢を占める状態は、ソクラテス以来ずっと続いてきた。放置すれば人類は救われないこの現実を少しでも良い方向へ向けるために、プラトンは哲人統治の理想とイデア論・魂プシューケー論を提示した。しかし現実はこのプラトン思想に根本的に抵抗する物主義的な思想で動いていた。物主義的な考えは、日常的生活と生物的本能に支えられて、プラトンは容易にこれを覆すことはできなかった。自然哲学古代原子論(タレスら)は現代に至って、アリストテレス的中世的宇宙像を退け、物理学の基本像(物としての構成要素の時間的空間的配置と運動)となった。つまり科学主義の時代が到来した。そのような観点からプラトンのコスモロジーが強い批判の的になった。素粒子論物理学と宇宙天文学が結合する時代に、今更プラトンのコスモロジーが救世主になれるだろうか。時代錯誤も甚だしければ正常な理性を持つ人間とはみなされない。哲学がこれほど無力な存在に没落してなおプラトン哲学に何かを提示する能力があるのであろうか。古代ギリシャではプラトンの世界像は生命と意味・価値を基本に据えて、物的要因に第2次的な役割を与えて、科学的記述をも包容する基本像として完成したかのように見えた。20世紀の科学主義は様々な壁(戦争・原爆・遺伝子操作・医学倫理など)にぶつかり矛盾が露呈している。エネルギー環境問題や情報処理といった基本的な要因を導入した。だからといって、プラトン的世界観で現代の科学主義をコントロール出来得るとは思えない。それなら神様に祈ったほうが手っ取り早い。物質的には充たされたが、精神的には破たんしているというという見方がこの科学主義万能の世界への反省として聞かれる。果たして今後プラトン哲学が現状打破に役立つ救世主の思想となるであろうか。

(完)