ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」(岩波新書 2014年8月)

2015年07月30日 | 書評
政府・日銀が語る異次元金融緩和を柱とするアベノミクスの検証 経済は本当に回復したのか 第2回

序(その2)

 そのアベノミクスの早々とした萎縮に疑問を呈し、検証作業をこなったのが服部茂幸氏の本書である。客観的に評価するのはまだ早いというのではなく、こんなまずい政策は早急にやめるべきというのだ。これは経済学上の立場の違いからくる。本書のあとがきに書いているよう、「筆者はアベノミクスが始まる前からその批判者であった」という。筆者はポスト・ケインジアン派(ジョーン・ロビンソン、ミハウ・カレツキが代表格で、ヨーロッパに多く存在しアメリカでは非主流である)に共感するようである。服部茂幸著 「新自由主義の帰結」(岩波新書 2013年5月 )において、服部氏は新自由主義のもたらす金融危機は実体経済を破壊するという。服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」に入る前に服部氏の論点を整理しておこう。結論はこうである。「新自由主義によって世界経済危機を何度繰り返そうが、新自由主義の愚かさを学者がいくら指摘しようが、世界経済思想は一向に改まらない。FRB前議長グリーンスパン氏や現議長バーナンキ氏は三文経済学者またはその隷従者である実践者かもしれない。誤ったマクロ経済学に取りつかれたFRBが世界経済を崩壊させた。権力の座を獲得しない限り経済学派は無意味である。すると経済学が先か政権が先かというジレンマになる。経済学は人間が生きてゆく方策を意味するのであれば、人々を従わせる権力をもつ政権に経済学派が君臨しなければならない。アカデミックは何の価値もない経済学であるかもしれない。良識の府と自称して、現政権の施策の過ちや不備に警鐘を鳴らすより、経済学者は政治家と同じように政権を狙うしかないといえる。また経済学は果たして科学なのだろうかという疑問が生じる。なぜなら、経済学の学説は線形関係しか言わないからである。複雑な関数関係、定量関係に踏み込むにはあまりに曖昧である。要因一つをいじくると、ほかの要因が変化しその主従関係さえ不明である。まして経済効果を要因で計算することは不可能であり、リスクでさえ計算することはできない。すると経済学は科学というより政治である。したがって経済学は権力を握らない限り、実証不能な説教に過ぎない。」という。

 新自由主義は戦後資本主義を批判して、次の4つの政策を主張する。
①供給サイドの重視:戦後資本主義の総需要管理政策を批判して、供給サイドの改善を主張する。しかし産業政策ではなく、市場の規制を緩和し減税をすることである。
②金融の自由化:戦後資本主義の金融システム規制政策を批判して、金融市場の自由化を主張する。バブルと投機資本による金融危機を招いた。
③富の創出(トリクル・ダウン):戦後資本主義の福祉国家政策を批判して、富の分配よりは富のトリクルダウンを期待した。スーパーリッチへの富の集中となった。
④市場の自由:戦後資本主義の福祉国家による経済活動への介入政策を批判して、市場の自由を主張した。小泉政権の構造改革は民営化路線と格差拡大であった。

 格差拡大と並び、金融危機もまた新自由主義レジームがもたらした2大帰結のひとつである。金融危機は資本主義の宿命というべき古い歴史を持つが、戦後資本主義の時代の半世紀は世界は金融危機を経験しなかった。戦後資本主義の優れた制度が金融危機を封じ込めていた。ところが新自由主義が我が世を謳歌する時代となって金融危機も復活した。1994年のメキシコ通貨危機、1997年東アジア通貨・金融危機と日本の銀行不良債権処理、2007年欧米証券市場のサブプライムローン金融危機がそれである。アメリカでも繰り返し金融危機は生じていた。1984年コンチネンタル・イリノイ銀行の破たん、1987年ブラックマンデー、1990年代初めS・L危機、1998年LTCM危機、2000年ITバブル崩壊、2007年サブプライム金融危機である。リスクを分散させる金融工学の発展が証券市場を安定化させると金融関係者は信じていたが、それは幻想にすぎなかった。基礎となる住宅市場、それに資金をあたえる住宅金融市場、住宅ローンを証券化する市場が加わり、さらに証券に保険を掛けるCDS(クレジットデフォルトスワップ)の4層構造が負債を拡大し世界的な金融崩壊を引き起こした。本来住宅を購入できないような貧困層にもローンを組ませてリスクを分散させる金融工学は素晴らしいというのか、略奪的貸し付けというのか、リスク管理を統計的手法で行ってきた保険業界に比べると、複雑で未経験なリスク管理における金融工学の失敗は歴然としている。その理由のひとつに、確率が低くても起きた場合の損害は莫大な原発事故と同じように、金融危機が起きれば損失は膨大になる。金融危機には保険はかけられないのである。深刻な金融危機が財政赤字をもたらすことはよく知られた事実である。公的資金の投入という歳費増加、ケインズ的景気刺激策(公共工事など)の増加、減税という収入減などが原因で赤字幅が急増するのである。現在の世界的な財政危機は、バブル崩壊と経済停滞の結果なのである。

(つづく)