ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 豊下楢彦・古関彰一著  「集団的自衛権と安全保障」(岩波新書)

2015年07月07日 | 書評
集団的自衛権の憲法解釈変更の閣議決定は日本の安全につながるのか 第9回

第1部 「集団的自衛権」症候群 (豊下楢彦)
第2章 歴史問題と集団的自衛権


戦後ずっと続いてきた日本外交の深刻な問題とは、すべてはサンフランシスコ講和条約に端を発している。第2次大戦後冷戦によって東西や南北に国を裂かれた諸国(韓国、ベトナム、ドイツ)の悲劇に比べると、日本の北方領土、竹島、尖閣の3つの領土紛争を同時抱え込んできた日本の外交問題は、すべてアメリカの戦後処理のまずさから来ている。そしてロシア(ソ連)、韓国、中国という3国を敵に回している状態は正常な国交も不可能にしてきた。しかも竹島や尖閣諸島はとても人が住むような環境にはない。こんな島の領土問題は漁業・経済協議で解決すべき外交問題である。むろん沖縄の占領分断という歴史的事実は別格に深刻な問題であったことは言うまでもない。日本にとって歴史的にも地政学的にも政治的にも一番良好な関係にならなければならないのは韓国である。安倍政権は2014年学習指導要綱を2年も早めて改定し、竹島を「日本固有の領土」「韓国が不法占拠」と明記することを決めっという。「固有の領土」という概念は国際法上にはない日本政府独特の言葉で、これを教えることは難しい。では沖縄がいつ日本固有の領土となったのかはっきり言える人はいないだろう。渡り鳥が羽を休める島であった竹島を日本政府が領土にしたのは1905年で、日清戦争が終わり朝鮮を保護領(外交権を奪った)にした過程にあり、これは今韓国では「歴史問題」(植民地問題)といして扱われている。戦後サンフランシスコ条約では竹島は日本領土とされたが、韓国は李承晩ラインを設定し韓国領にくみ込まれた。マッカーサーは一時竹島を「日本の範囲から除かれる地域」に指定した。そして60年以上も韓国による実効支配が続いている。靖国参拝問題は歴史問題(植民地問題)と切り離せないことが分かっていて韓国や中国を挑発する日本の閣僚の戦略的認識のなさはどこから来るのだろうか。それは安倍首相とその周辺の歴史認識が「押しつけ憲法」からの脱却、吉田ドクトリン(対米従属経済主義)からの脱局である。つまり戦後55体制からの脱却であろうか。「戦後レジームからの脱却」の第2の柱は「東京裁判史観」(自虐的歴史観)からの脱却である。「河野談話」や1995年の「村山談話」の見直しによる「侵略の定義」の棚上げ、靖国参拝がその典型である。民族イデオロギーは情緒的に燎原の火のように移り易い。「ネット右翼」が若者層で広がっているのはその傾向である。太平洋戦争は強盗集団列強の仕業であって、日本だけが強盗であったわけではないとする「大東亜共栄圏」論もしくは「火事場泥棒ナショナリズム」の論理である。A級戦犯を合祀する約国神社参拝がそもそも東京裁判の否定を含意している以上国際問題化せざるを得ない。読売新聞社が提唱した「検証 戦争責任」(中公論新社 2006年)では、実に戦後60年間日本人自身が戦争責任者を裁くことをしなかったことに最大の問題があると指摘し、「加害者と被害者を同じ場所に祀って、同様に追悼、顕彰することは不合理ではないか」と、靖国問題を抉り出した。大東亜戦争肯定論は昔からあったが、近年田母神元幕僚長や作家百田尚樹氏らが新たな戦争肯定論を展開している。また日本が集団的自衛権を行使して米国と対等になれるのだという安倍首相の言い方はセンチメンタリズムの幻想であって、イラク戦争に参加したイギリスや韓国の例を見ても、多くの兵士が死んだだけの使い捨て同盟国扱いに過ぎなかった。ナイやアーミテージ財団のようなジャパンハンドラ-にとって、日本が集団的自衛権を行使できるように執拗に迫ってきたが、それは米国の指揮権下に置くことが目的で、日本の保守政治家たちが反米の方向に行くことは警戒している。だから靖国問題、従軍慰安婦問題では安倍首相を激しく叱責したのであった。安保条約の本質は冷戦に在ったが、また日本の軍国主義者の封じ込めという「ビンの蓋」論である。アメリカは日本の再軍備を望んではいない、それが「押しつけ」日本国憲法の最大の狙いである。

(つづく)