ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 豊下楢彦・古関彰一著  「集団的自衛権と安全保障」(岩波新書)

2015年07月08日 | 書評
集団的自衛権の憲法解釈変更の閣議決定は日本の安全につながるのか 第10回

第1部 「集団的自衛権」症候群 (豊下楢彦)
第3章 「ミサイル攻撃」論の虚実


 安倍首相の集団的自衛権に関する議論は現実性を欠いているが、その典型が「米国に向かうかもしれない弾道ミサイルを我国が撃ち落とす能力があって撃ち落とさないという選択肢はあり得ない」であり、まさに笑止千万なケース想定である。北朝鮮が理性を欠いてハワイやグアムをまたは米国本土をミサイル攻撃するなんて想定は正気の沙汰ではない。こうした問題の設定の具体性はあるのだろうか。まず政治的にありえないことは自明として、つぎに技術的にできることなのだろうか。イージス艦搭載の迎撃ミサイルSM3の迎撃可能高度はせいぜい100-160Km程度であり、北朝鮮のノドンミサイルの航行高度は300Kmである。巨額な迎撃サイルシステムを敷いても迎撃不可能なのである。このような想定傾向を豊下楢彦氏は「軍事オタク」と呼ぶ。ゲームセンターで戦争ゲームをやっている感覚である。政治的動機の分析が決定的に欠如している。ソ連や中国という旧共産圏の全面的バックアップを受けていた朝鮮戦争の時代(冷戦時代)の幻影によるものであろう。理性を欠いた北朝鮮の行動にはいまやロシアも中国も支持しない。6か国協議というシステムの枠内で処理されるだろう。逆にもし架空の話として日本が北のミサイルを迎撃しようとすると、日朝は戦争状態となり北朝鮮は日本の原子炉をミサイル攻撃する可能性も出てくる。そのほうが何百倍も大きなリスクである。すると日本海側にPAC3の楯の壁を張り巡らさなければならない。まさにハリネズミの様相である。おおよそ非現実的な想定である。北のミサイルの脅威を煽りながら原発を再稼働させようとする安倍首相の行為はまさに支離滅裂の極みである。2014年5月末に纏められた日朝合意文書において、北朝鮮は拉致被害者の調査を行う約束し、その上に立って日本は制裁の一部を解除する時代の流れに在りながら、北朝鮮のミサイルの脅威を煽ることは不可解である。理性ある国家のやることではない。かって1972年米ソ間でABM条約が結ばれ、ミサイル防衛は先制攻撃の誘因を高めるのでABM条約が結ばれた歴史を確認する必要がある。あくまで理性的な対応であった。が、ブッシュ大統領は2001年にABM条約からの脱退を通達した。そして「テロ支援国家」や「ならず者国家」とかいう煽動的な敵視政策にかわり、予防戦争論が台頭した。核抑止も核の傘も信用できないミサイル防衛体制が始まった。アメリカとしてはミサイル防衛システムの開発にかかった膨大な費用の回収(980億ドル)を図り、日本をお得意さんにするため盛んに北のミサイルの脅威を煽ってきたのである。理性ある国家のやることではない。そのアメリカが2007年に北朝鮮を「テロ支援国家」リストから外している。支離滅裂な政策である。これに振り回される安倍首相も気の毒なといいたいが、自国の安全しか考えていないことが米国の戦略なのである。

(つづく)