アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

あふれる「排除アート」と無自覚の加害性

2022年10月21日 | 差別・人権
   

 渋谷区のバス停ベンチで休んでいた大林三佐子さんが殺害された事件(2020年11月16日、写真左は現場)をモチーフにした映画「夜明けまでバス停で」(監督・高橋判明、脚本・梶原阿貴、主演・板谷由夏)が8日から公開されています。

 五十嵐太郎・東北大大学院教授(建築史・理論)は、現場のベンチが手すりで仕切られて横になることができない仕様になっていたことに注目しました。

 五十嵐氏の調査では、こうしたベンチは近辺にあふれていました。ベンチだけでなく突起物をデザインした「アート」は珍しくありません。それらはホームレスが横になれないようにした「排除アート」です。

「何も考えなければ、歩行者の目を楽しませるアートに見えるかもしれない。…しかし、その意図に気づくと、都市は悪意に満ちている。私見によれば、1990年代後半から、オウム真理教による地下鉄サリン事件を契機に、日本では他者への不寛容とセキュリティ意識が増大し、監視カメラが普及するのと平行しながら、こうした排除系アートやベンチが出現した。ハイテク監視とローテクで物理的な装置である」(五十嵐太郎著『誰のための排除アート? 不寛容と自己責任論』岩波ブックレット2022年6月)

 五十嵐氏の本を読んで、自分が住むアパートの近辺を自転車で10分余ゆっくり走ってみました。すると、近所の中央公園に、バス停に、仕切りベンチをはじめ「排除アート」が随所にあることが分かりました(写真中、右)。

 五十嵐氏は、「排除アート」と「通常の市民」の関係についてこう指摘します。

「おそらく、通常の生活をしている人は、仕切りがついたことを深く考えなければ、その意図は意識されないだろう。言葉で「~禁止」と、はっきり書いていないからだ。しかし、排除される側にとって、そのメッセージは明快である。つまり、排除ベンチは、言語を介在しない、かたちのデザインによるコミュニケーションを行う。
 禁止だと命令はしないが、なんとなく無意識のうちに行動を制限する。これは環境型の権力なのだ」(同)

 アーティストの工藤春香氏は、「排除アート」と旧優生保護法による人権侵害の共通性に注目します。

<(工藤氏は)障害者らに不妊手術を強いた旧優生保護法には、「誰が『市民』で、誰がそうでないのかを線引きする」排除アートが重なると指摘。「誰しも無自覚のままに排除に加担するかもしれない怖さ」も感じている。
 「誰かが決めたルールを何となく受け入れ、倫理として内面化していないか。それにはじかれた人が何を思うのか。意識的に考え、疑問を持ち、地道に声を上げ続けるしかないと思います」>(4日付沖縄タイムス=共同)

 きわめて根源的な問題提起です。国家権力は「~禁止」と露骨な表現(命令)を避けて、結果として「国家」にとって都合の悪い人間(グループ)を排除する。「通常の市民」は「無自覚のまま排除に加担する」。

 ホームレスだけの問題でないことは言うまでもありません。障害者、在日朝鮮人、沖縄(琉球)、アイヌなど、日本社会で差別されている人々はすべてそうした「無自覚の排除」の犠牲者ではないでしょうか。

 そしてその「排除」は、やがて「国家」に従順でない人々に向けられ、戦時体制で頂点に達します。「通常の市民」は“非国民”の「排除」に無自覚のまま加担する…。

 そんな、排除・差別の社会をつくる国家権力の策動が、ますます強まっていると感じざるをえません。

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朝鮮学校へのヘイトクライム、政府・国会・メディアの責任重大

2022年10月20日 | ヘイトスピーチ・ヘイトクライム
   

 朝鮮学校教職員と支援団体は18日、朝鮮学校生徒への日本人によるヘイトクライム(憎悪犯罪)が多発している現状に対し、これを許さないというメッセージを国として明確にすべきだと法務省人権擁護局に申し入れました(写真中=朝日新聞デジタルより)。

 全国朝鮮学校校長会によると、4日の朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)のミサイル発射後、8日までに、「確認できただけで、抗議電話なども含めて全国6つの朝鮮学校で計11件の被害があった」(19日付琉球新報)といいます。

「4日の夕、東京朝鮮中高級学校生徒が電車内で、50代ぐらいの男性から足を踏みつけられ「日本にミサイルを飛ばすような国が高校無償化とか言ってんじゃねーよ」と威嚇された」(同)

 きわめて悪質で、絶対に許すことはできません。
 これは十分予想された事態です。なぜなら、在日朝鮮人に対するヘイトクライムは、一部の日本人の差別意識の問題ではなく、「国家」によって意図的に作り出されているものだからです。
 この場合の「国家」には3つの意味があります。

 第1に、政府です。

「拉致事件」や「核・ミサイル」を口実に、何の関係もない朝鮮学校生徒の人権を蹂躙する高校無償化排除を決めたのは安倍晋三政権です。直接手を下したのは今あらためて悪名をとどろかせている下村博文文科相(当時)です(2012年12月28日の記者会見)。

 朝鮮学校の存在理由とその意義は、日本の植民地支配の歴史を抜きには考えられません。しかし、安倍政権は戦時性奴隷(日本軍「慰安婦」)、強制動員(「徴用工」)問題、さらには、長崎・端島(軍艦島)、佐渡金山の文化遺産登録などをめぐって、一貫して日本の植民地支配の歴史を改ざんし、責任にほうかむりしてきました。菅義偉前政権、岸田文雄現政権もそれを完全に踏襲しています。 

 第2に、国会です。

 4日の朝鮮のミサイル発射に対し、衆議院(5日)、参議院(6日)はいずれも全会一致(高良鉄美参院議員は棄権)で「北朝鮮に抗議する決議」を挙げました(写真右)。この「決議」はきわめて問題の多いもので、それを「全会一致」で挙げた意味は重大です(8日のブログ参照)。

 第3に、メディアです。

 NHKはじめ日本のメディアは、朝鮮の「ミサイル発射」のたびに、例外なく、「北朝鮮の挑発」とコメントします。しかし、朝鮮のミサイル発射は米韓合同軍事演習に対抗して行われています。4日の場合は日本も加わった日米韓合同軍事演習(9月30日)が引き金です。
 挑発とは問題の原因を作り出した側の行為です。この場合、挑発しているのはアメリカであり韓国であり日本です。
 この関係を逆転させて「北朝鮮の挑発」と繰り返すのは、明らかな偏向報道です。

 以上のように、政府、国会(全政党)、メディアが総がかりで朝鮮に対して差別と偏見による不当な攻撃を加えているのです。市民のヘイトクライムがなくなるわけがありません。

 18日の申し入れに同席した外国人人権法連絡会の師岡康子事務局長は、「日本社会としてどうするのかが問われている。何もしなければ差別を放置しているのと一緒だ」と指摘しました(19日付琉球新報)。

 最も問われているのは政府であり、国会(全政党)であり、メディアです。そして、その不当・不正を許している「国民」です。

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マイナカード義務化が大軍拡と同時進行する危険

2022年10月19日 | 日本の政治・社会・経済と民主主義
   

 河野太郎デジタル相が2024年秋に現在の健康保険証を廃止してマイナンバーカードに代えると表明(13日)したことは、「マイナカードは強制しない」としてきたこれまでの政府方針を一方的に破棄し、事実上マイナカードを義務化するもので、絶対に容認することはできません。

 カードの義務化はたんにカードを持つか持たないかの問題ではなく、マイナンバー制度を強制的に徹底させることを意味します。マイナンバー制度が憲法の基本原則に反する重大な問題をもっていることを改めて確認する必要があります。

 第1に、マイナンバー制度は、地方自治体が持つ情報を国に集約するもので、地方自治を蹂躙します。

「国民の個人情報の多くは、地方自治体に集積・管理されています。…自公政権のデジタル戦略がめざす「国・地方自治体の情報システムの共同化・集約」は、憲法の地方自治の原則を踏みにじり、自治体独自の施策が抑えられ、住民自治を後退させかねません」(友寄英隆・労働者教育協会理事著『「デジタル社会」とは何か』学習の友社2022年)

 岸田政権は、マイナカードの普及率が低い自治体には「デジタル田園都市国家構想交付金」を公布しないことを検討していることが明らかになりましたが、これはマイナンバー制度が地方自治を蹂躙することを象徴的に示したものです。

 第2に、マイナンバー制度は、市民の情報を国家が徹底的に掌握するもので、国民監視社会を強めます。

「個人情報が集積・流通する過程は、デジタル技術の不可視性のために、ブラックボックス化します。予算の計上や執行などの指揮命令権を持つデジタル庁に個人情報が集中すると、知らない間に国民の民主的な権利を踏みにじり、自由を抑制する「国民総監視社会」になる可能性があります」(友寄英隆氏、前掲書)

 ジャーナリストの斎藤貴男氏は、マイナンバーが監視カメラやGPS情報と結びつけられ、監視社会が進むことの危険を指摘します。
「政府に神の目や耳を与えるようなもの。対等であるべき国家と国民の関係を一方的なものに変えてしまう」(3月16日付中国新聞=共同)

 憲法原則に反するマイナンバー制度が、特定秘密保護法(2013年)、戦争法(安保法制、2015年)、共謀罪(2017年)、土地規制法(国民監視法、2021年)という、安倍晋三政権から始まった一連の国民統制・弾圧法制(現代版治安維持法)の流れの中で企図され徹底されようとしていることを重視する必要があります。

 そしてそれは、同じく安倍政権が大きく踏み出した大軍拡・日米軍事同盟強化と一体であることを見逃すことはできません。

 自民党政権は、軍事・法律・行政の各分野で市民監視・統制を強め、戦争国家への道を猛進しようとしています。マイナンバー制度・マイナカード義務化はその一環です。

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ウクライナ情勢・真相究明が必要な5つの事件

2022年10月18日 | 国家と戦争
   

 戦況の一進一退が繰り返し流されている日本(西側陣営)のウクライナ報道で、真相が究明されないままになっている問題が少なくとも5件あります。停戦・和平の動きをつくるためにも、ウヤムヤにすることはできません。

①クリミア橋の爆破は「ウクライナ政府の関与」ではないのか

 8日に起こったクリミア橋の爆発(写真左)。「複数のウクライナ・メディアは、ウクライナの治安機関が工作を仕掛け、爆発させたと伝えている」(8日付朝日新聞デジタル)、米紙ニューヨーク・タイムズもウクライナ政府高官の話として「ウクライナ情報機関が橋を走っていたトラックに積まれた爆弾を使って計画」と報じました(9日のNHKニュース)。

 しかし、ウクライナ政府はいまだに正式に認めていません。今後の情勢に大きな影響を及ぼす事件であり、真相の確定が必要です。

②天然ガスパイプラインの破壊は「アメリカのテロ」か?

 ロシアと欧州をつなぐ天然ガスの海底パイプライン「ノルドストリーム」が欧州北部のバルト海でガス漏れを起こした問題(写真中)。
ロシアはアメリカによる「国際テロ」だと批判。バイデン大統領は9月30日、「意図的な破壊工作だ」と逆にロシアを非難し、NATO諸国もそれに同調しています。
 30日、ロシアの要請で国連安保理の緊急会合が開かれましたが、その後の調査状況は伝えられていません。

③ウクライナの穀物はどこに輸出されているのか?

 食糧難に苦しむ途上国への穀物輸出の再開が、国連とトルコの仲介で合意されました(再開第1弾は8月1日)。しかし、プーチン氏は再三、途上国へは3~5%くらいしか送られておらず、大半は欧州へ横流しされていると批判。仲介したトルコもロシアの指摘を認めました。しかし、ゼレンスキー大統領は事実無根だとしています。

 この真相も不明です。食糧事情を含め、ウクライナ戦争が途上国にどのような影響を及ぼしているか報道される必要があります。

④「ロシア思想家娘の暗殺」は「ウクライナ政府の関与」か?

 ロシアの思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏の娘でジャーナリストのダリヤ氏がモスクワ郊外で爆殺された事件(8月20日)。
 ニューヨーク・タイムズは今月5日、「ウクライナ政府関係者が関与していたと米情報機関が判断した」と報じました。事件直後ウクライナ政府は関与を否定しましたが、この報道についてはコメントしていません。

⑤ウクライナによる「人間の盾」の真相は?

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは8月4日に公表した報告書で、ウクライナ軍が、国際法に違反する形で学校や病院を含む民間人居住地域に軍事拠点を構築し、市民の命を危険にさらしていると批判しました。「人間の盾」です。

 国連人権高等弁務官も7月に公表した「報告書」(写真右)で、ウクライナ軍が「国際人道法を守らなかった可能性がある」と指摘しました。

 こうした相次ぐ指摘にもかかわらず、ウクライナの「人間の盾」による人道法・国際法違反は報道されていません。

 ウクライナの人権団体「市民自由センター(CCL)」がノーベル平和賞を受賞しましたが、同団体はウクライナ軍・政府による「人間の盾」について調査したのでしょうか。調査したのなら、その結果を公表すべきです。調査していないとすれば、それはけっして公正な態度とはいえないでしょう。

 繰り返しますが、最も重要かつ必要なことは、1日も早く戦闘を止めることです。軍事侵攻や戦争犯罪の追及、「領土問題」は停戦後の国際的な外交で議論されるべきです。

 そのためには、ウクライナで起こっている事態を公平・公正に分析、評価する必要があります。ロシアを悪魔視して一方的に非難することは、アメリカはじめNATOの軍事支援を煽り戦争を泥沼化させるだけで、停戦・和平に逆行します。

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「旭日旗が再び朝鮮半島に」―日米韓合同演習で危機感

2022年10月17日 | 日米安保と東アジア
   

 先月30日と今月6日、日米韓合同軍事演習が日本海(韓国では東海)で相次いで行われました(写真中)。3ヵ国合同演習は5年ぶりです。これをめぐって、韓国ではユン・ソクヨル(尹錫悦)大統領府と第1野党の間で、激しい論争が起こっています。

 第1野党「共に民主党」のイ・ジェミョン代表は7日、合同軍事演習について、「日本の自衛隊を軍隊として公に認める根拠になり得る」としたうえで、こう述べました。

「ユン・ソクヨル大統領が以前、『日本の自衛隊が有事の際に朝鮮半島に入ってくる可能性もあるが』と言ったことが現実化するのではないか懸念される」「国民は韓米日軍事同盟を望んでいない。朝鮮半島情勢にとてつもない危害を加える可能性があると考えているからだ」「国民の間では、このまま行けば再び局地戦が起きかねないという懸念がますます高まっている(8日付ハンギョレ新聞日本語電子版)

 ユン大統領の「有事の際に…」発言は、今年2月,大統領選のテレビ討論の中で飛び出したものです。

 イ代表は10日、このユン大統領発言に関連してさらにこう述べました。

韓国国民が容認できない自衛隊、日本軍が朝鮮半島に進駐(し)、旭日旗が再び朝鮮半島にかかる日、我々には想像できないが、そのようなことが実際に起こりうる」「日本は韓国に侵攻し、武力支配し、まだその侵略の歴史を明白に心から謝罪していない」(11日付ハンギョレ新聞)

 これに対し、大統領室の副報道官は11日、「北朝鮮の核ミサイルの脅威こそが北東アジアの直面する脅威だ」「日本の助けを借りることができるのであれば、当然軍事演習を通じて小さな隙も作らないことこそ大統領がすべきことだ」と反論しました(12日付ハンギョレ新聞)。

 イ代表の発言はきわめて妥当で重要な指摘です。
 
 かつて侵略戦争の文字通り旗印となった旭日旗。それが再び、侵略・植民支配した朝鮮半島にはためく。そんな悪夢のような光景は、けっして夢想ではありません。

 朝鮮半島だけではありません。海上自衛隊(護衛艦「きりさめ」写真右)は太平洋戦争で日本軍が侵攻し激烈な戦場となったソロモン諸島で、米軍との合同演習を行いました(8月8日)。自衛隊がソロモン諸島へ展開したのは初めてです。自衛隊は行動範囲を飛躍的に拡大しています。

 イ代表は「このまま行けば再び局地戦が起きかねない」と述べましたが、この危惧の背景には、日本がアメリカに加担した朝鮮戦争(1950年~)が「停戦」のままいまだに終結していないことがあります。この事実は日本ではあまりにも知られて(知らされて)いません。

 なによりも問題なのは、日米韓合同演習をめぐって韓国で上記のような激しい議論(政治的攻防)が起こっているのに、日本ではほとんど問題になっていない現実です。

 これは、韓国の「共に民主党」のように軍事政策をめぐって保守政権と正面からたたかう野党が存在しない、ハンギョレ新聞のような権力監視の役割を果たしているメディアがないという日本の現状を表していると言えるでしょう。

 日本でこそ、日米韓合同演習阻止、日米軍事同盟(安保条約)廃棄の声を上げていかねばなりません。旭日旗を再び朝鮮半島に翻させないために。


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日曜日記219・新井貴浩と『はだしのゲン』を結ぶもの

2022年10月16日 | 日記・エッセイ・コラム
  カープに待望の新監督が誕生した。新井貴浩だ。そのキャリアと明るい性格で、4年B クラスに低迷しているカープを蘇らせてほしいと多くのファンが願っている。

 新井新監督には、意外な友人がいた。『はだしのゲン』で知られる漫画家の中沢啓治氏(1939~2012)だ。中沢氏ももちろんカープファンで、とくに新井の大ファンだった。

 新井の自宅には、「麦のように生きろ」という色紙が飾ってある。中沢氏が贈ったものだ。踏まれても強く生きろ。『ゲン』の冒頭、父親がゲンにかけた言葉だ。ゲンの父親は、侵略戦争・天皇制に反対し、特高警察に捕まって拷問を受けた不屈の人物。中沢氏の実父がモデルだ。

 中沢氏が肺がんで入院した時(2011年9月)、新井がサイン入りのバットを持って見舞いに行った。病室で野球談議に花が咲いたという。

 新井は8歳のときから『ゲン』を愛読し、プロ野球に入ってからも読み返していたという。中沢氏の妻・ミサヨさんがこう語っている。

「あの人(新井)は小学生の頃、放課後遅くまで残って漫画を読んでいたそうなんですよ。それで担任の先生が「新井、何を読んでいるんだ?」って聞いたら、「はい!『はだしのゲン』です」って答えたんですって。それで先生が「そんなにその漫画が好きなのか?」って聞かれて、「『ゲン』を読むと元気が出るんです!」って夢中になって読んでいたみたいです。それで新井選手は今でも苦しい時には『ゲン』を読んで、元気を取り戻すそうです」(大村克巳著『「はだしのゲン」創作の真実』中央公論新社2013 年より)

 新井と中沢氏はたんなるファン同士という関係を超えていた。何が二人を結びつけたのだろうか。

 『はだしのゲン』は原爆・反戦文学として知られているが、他の作品にはない際立った特徴がある。2つのタブーに切り込んでいることだ。1つは天皇制批判であり、もう1つは、朝鮮人差別・植民地支配の告発だ。たとえばこんな場面がある。

 ゲンの父親が「非国民」と言われ物心両面で苦境に陥ったとき、少ないコメを分けてくれたのは、隣に住む朝鮮人の朴さんだった。朴さんはこう言う。

「非国民だとののしられても戦争に反対している中岡さん(ゲンの父)を、わしはそんけいしているんです。うれしいんです。…日本の植民地にされたわしら朝鮮人はむりやりに日本につれてこられてはたらかされたり、戦場へ兵士としてかりだされています…。戦争のためにどんなに朝鮮人がいためつけられ苦しんでいるか…」(第1巻)

「終戦」後もゲンたちは朴さんに助けられる。世間が朝鮮人を差別するなか、仲間からも朝鮮人をばかにする言葉が出たとき、ゲンは珍しく仲間を叱りつけた。

「日本は戦争で朝鮮人をバカにしてこきつかって多くの人を殺してきたんじゃ。広島や長崎のピカでもむりやりつれてこられいっぱい死んどるんじゃ。朝鮮人をバカにするな」(第6巻)

 新井が「苦しい時には『ゲン』を読んで元気を取り戻す」のは、在日韓国人である自身の生い立ちと無関係ではないだろう。だから、朝鮮人差別に本気で怒ったゲンに励まされ、中沢氏を心からの敬愛したのではないだろうか。

 新井はもともとドラフト6位でカープに入団した。初めから花形スターだったわけではない。厳しい練習を自らに課して這い上がった。
 12日の監督就任会見(写真)ではこう抱負を語った。「1、2軍関係なしに全員フラットで見ていこうと思う」

 新井の中には、「ゲン」が、中沢氏が生きているように思える。



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「安倍国葬」高市早苗弁明の何が問題か

2022年10月15日 | 日本の政治・社会・経済と民主主義
   

 自民党の三重県議・小林貴虎氏(写真右)が、「国葬反対のSNS発信の8割が隣の大陸からだったという分析が出ている」とツイッターで投稿(2日)し、それは高市早苗・経済安保担当相が講演(10月2日に名古屋市で開かれた日本会議の会合で)で話したことだと述べた問題(ツイッターは6日削除)。

 高市氏は7日の記者会見で次のように弁明しました(カッコは記者の質問)。

「(実際にこのような発言はあったのか?)これまでも経済団体などの講演でも主催者側が会員以外を非公開としているものについて、私がこういう内容だったとお話しすることはないと、それは徹底してきましたので、主催者にお問い合わせをお願いしたいと申し上げてきました。本件につきましては、クローズでもあったことですから、私としては発言を差し控えていました。

 (国葬反対のSNSの8割が中国という認識はあるか?)認識はないです。ただ偽情報、偽旗作戦というのはロシアのウクライナ侵攻の状況を見ても可能性はあると思います。

 (非公開だったから控えるということだが、相手の議員は公の場で大臣の名前を出して発言している。大臣の名誉にもかかわるのでは?)自分の名誉ということよりは、自民党の地方議員の勉強会でしたので、来年選挙も控えているなかで、こちらからは一切反論等しないほうがいいと判断をしました。

<何度かの押し問答の末>(発言はなかった?)発言はなかったです」
(7日付朝日新聞デジタル「一問一答」から抜粋)

 この会見で高市氏は小林県議が引用した発言は「なかった」ことしたわけです。しかし、小林氏は、「記憶ではなくメモを取っていた」(6日の会見)と述べており、「発言はなかった」という高市氏の弁明がウソであることは明らかでしょう。

 重要なのは、たとえ発言をなかったことにしても、高市氏の責任は免れるものではないことです。なぜなら、高市弁明会見の最大の問題は、次の部分にあるからです。

主催者側が会員以外を非公開としているものについて、私がこういう内容だったとお話しすることはないと、それは徹底してきました
 「非公開」の講演についてはその内容は話さない、それはこれまでも徹底してきた、というのです。

 これはけっして聞き捨てにできません。政治家の講演は言うまでもなく公的な活動です。まして高市氏は現職閣僚であり、その前は政権党の三役の1人(政調会長)でした。その講演の内容を聞かれて、「非公開だから言えない」ということは、密室で話したことは言わないということです。

 いま、自民党と統一教会の関係が改めて厳しく問われていますが、この問題の本質は、自民党(議員)が市民の目の届かない所で、カルト・陰謀集団と密談・密約を交わしてきたことです。

 高市氏の「非公開だから言わない」というのは、こうした密談・密約を公然と肯定したことにほかなりません。

 まして、今回高市氏が発言内容を隠した講演は、統一教会に勝るとも劣らない改憲集団である日本会議の会合で行われたものです。

 高市氏の弁明は、市民の目の届かないところで政治を私物化して恥じない自民党の本質を露呈したもので、けっして許すことはできません。
 このような大臣は即刻罷免すべきです。


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日本は国家テロ(閔妃暗殺)を清算していない

2022年10月14日 | 侵略戦争・植民地支配の加害責任
   

 ウクライナ戦争ではロシア、ウクライナ双方が「テロ国家だ」と非難の応酬をしていますが、日本はこの言葉をひとごととして聞き流すことはできません。なぜなら、日本は前代未聞・空前絶後の国家テロを行った国であり、いまだにその歴史の清算を行っていないからです。「閔妃(みんぴ)暗殺事件」(1895年10月8日)です。

 1894年、朝鮮半島の植民地化を狙った明治天皇制政府は、半島に軍事侵攻し、中国(清)を挑発して戦争を仕掛けました。日清戦争です。
 翌年、朝鮮王朝は日本の植民地支配を回避するためロシアへの接近を図りました。それを阻止するため、現地の日本政府・軍は、未明に王宮(景福宮)に押し入り、国王の妻・閔妃(明成皇后)を虐殺しました(写真中は5年前の景福宮)。

 首謀者は日本公使(いまでいう駐日大使)の三浦梧楼(長州出身の退役軍人、写真右)。閔妃暗殺事件は、政府の大使が軍隊や暴徒を使って駐在国の王宮(日本でいえば皇居)に押し入り、王妃(皇后)を虐殺した(殺害後凌辱したとも言われている)とんでもない事件なのです。

 問題はそれにとどまりません。
 三浦らは日本に送還され広島の刑務所に収監されましたが、翌1896年1月20日、明治政府(広島地裁)は関わった48人全員を免訴=無罪放免にしました。

 それどころか、三浦はその後、枢密顧問官に昇進し(1910年)、天皇から数々の勲章を授与されました。ほかの関係者たちも、大臣、外国公使、代議士など軒並み要職に昇進しました。

閔妃事件と関係したことは、その後の彼らに何の悪影響も及ぼさず、かえって“箔”をつけて出世街道を走らせた」(角田房子著『閔妃暗殺』新潮文庫1993年)のです。

 深刻な問題は、三浦らを英雄扱いしたのは政府だけではなかったことです。

 三浦らが免訴になった翌日の新聞「中國」(中国新聞の前身)は1面で、「青天白日の身となりたり三浦子(子爵)以下諸氏万歳」と報じ、同じく広島の「芸備日日新聞」は、「公明正大な判決で大いに喜ぶべきだ」と論評しました(8日付中国新聞連載「近代発・見果てぬ民主Ⅳ」)

「(三浦らは)国際的に指弾される犯罪者ではなく、朝鮮から親ロシア派を追放した英雄扱いだった。三浦は万歳の声に包まれ凱旋将軍さながら帰京した」(同)

 さらに問題は、これはけっして遠い過去の話ではないことです。

 歴史家の大江志乃夫・茨城大名誉教授はこう指摘しています。
閔妃暗殺事件は…およそ近代世界外交史上に例を見ない暴虐をはたらいた事件である。この事件はいまだに韓国人の胸にふかい傷跡をのこしているが、日本国民の大部分はこの事件についてさえまったく知識をもたなかった」(前掲『閔妃暗殺』の「解説」)

 大江氏がこの「解説」を書いたのは1993年ですが、指摘されていることは今日もまったく変わっていないのではないでしょうか。

 閔妃暗殺事件は、隣国の侵略・植民地化を狙う軍事国家の残虐性を示しています。「国民」やメディアが三浦はじめ関係者を英雄視したことは、戦争ナショナリズムが「国民」・メディアを取り込み思考停止に陥れる危険を示しています。

 それはけっして過去の話ではなく、きわめて今日的な問題ではないでしょうか。
 だからこそ、日本・日本人は閔妃暗殺事件はじめ侵略戦争・植民地支配の加害の歴史を直視し、その責任を明確にしなければなりません。


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「クリミア橋爆破」に触れないG7 の偏向

2022年10月13日 | 国家と戦争
   

 G7(「主要」7カ国)は11日夜、オンラインで緊急会合を開き、10日のロシア軍によるミサイル攻撃に対し、「罪のない市民に対する無差別攻撃は戦争犯罪を構成するものだ」とする非難声明を発表しました。

 ゼレンスキー大統領も参加し、いっそうの武器供与を要求。G7諸国 はさらなる軍事支援を約束しました。

 岸田文雄首相も、「民間人や民間施設への攻撃は、いかなる理由であれ、正当化できない」とロシアを強く非難しました。

 ミサイルによる殺戮・破壊が許されないことは言うまでもありません。
 しかし、G7 の「声明」や岸田氏の発言には重大な問題があります。それは、「クリミア橋の爆発(爆破)」について何も言及していないことです。

 このことには2つの意味があります。

 第1に、クリミア橋の爆破については、「複数のウクライナ・メディア」が「ウクライナの治安機関が工作を仕掛け、爆発させた」と伝えている(8日付朝日新聞デジタル)ほか、米紙ニューヨーク・タイムズも、「ウクライナ政府高官の話」として、「ウクライナ情報機関が橋を走っていたトラックに積まれた爆弾を使って計画した」と報じました(9日夜のNHKニュース)。

 「ウクライナ大統領府高官」(ポドリャク長官顧問)はSNSで、「これが始まりだ。違法なものはすべて破壊されなければならない」と述べ、「関与を示唆」(10日付共同配信)しました。

 これに対し、G7 諸国はどういう判断を下すのか、明らかにすべきです。明らかにしないということは、否定しない(できない)ということであり、G7もウクライナ政府の「関与」を事実上認めたものと言わざるをえません。

 第2に、今回のロシアのミサイル攻撃は、「クリミア橋爆発の報復」(プーチン大統領)です。そのクリミア橋爆破には一言も触れずロシアを“一方的に”非難することは公正ではありません。

 「罪のない市民に対する無差別攻撃は戦争犯罪」だというなら、クリミア橋の爆破も「戦争犯罪」です。爆発によって「罪のない市民」が(少なくとも3人)犠牲になっています。

 「民間人や民間施設への攻撃」が「いかなる理由であれ正当化できない」ことは明白ですが、それなら「民間人や民間施設への攻撃」であるクリミア橋の爆破も「正当化できない」と断じるべきです。

 クリミア橋の爆破に触れないG7 の「声明」は明らかにダブルスタンダードです。それを問題にしないメディアは、G7 と一体化していると言わざるをえません。

 ウクライナにとって不都合なことには口を閉ざす一方で、軍事支援をさらに強化することは、「停戦・和平」への逆行です。それは、ウクライナを前面に立ててロシアを叩こうとするG7 諸国の国家戦略にほかなりません。

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「ウクライナ政府が暗殺計画を許可」の重大報道

2022年10月12日 | 国家と戦争
   

 8月20日夜、モスクワ郊外で1台の車が爆発し、運転していた女性が即死しました(写真中は現場)。死亡したのは、プーチン大統領に影響力があるといわれる思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏の娘でジャーナリストのダリヤ氏(写真左の右。左はアレクサンドル氏)。

 ロシア政府は「テロの可能性」があるとしてとして捜査を開始しましたが、ウクライナ政府は関与を強く否定しました。
 ポドリャク大統領府長官顧問は事件の翌日、「ウクライナは当然、この爆発とは関係ない」「私たちは犯罪国家であるロシアとは違う。ましてやテロ国家でもない」と関与を全面否定しました(8月22日付朝日新聞デジタル)。

 それどこか同顧問は、「ロシア国民の不安をかき立て、正式な兵の動員を始めやすくするためにロシア側が起こしたとする見立てを紹介」(同)し、ロシアの自作自演との見方を示しました。

 日本のメディアはNHKをはじめ、こうしたウクライナ政府の「全面否定」を中心に報道しました。

 それから1カ月半。
 
 今月6日夜のNHK国際報道2022(BS)は、米紙ニューヨーク・タイムズが、「米情報機関が、ウクライナ政府の一部が爆発物による暗殺計画を許可したとみている」と電子版(写真右)で報じたと伝えました。

 翌7日の毎日新聞も、ワシントン発の共同電としてこう伝えました。

「米紙ニューヨーク・タイムズ電子版は5日、ロシアの民族主義的思想家、ドゥーギン氏の娘ダリヤ氏が8月にモスクワ郊外で車の爆発により死亡した事件について、ウクライナ政府関係者が関与していたと米情報機関が判断したと報じた。米政府は暗殺行為に加担しないようウクライナ政府を戒めたが、関与を否定されたという。
 米政府筋によると、暗殺の主な標的はプーチン露大統領の政策に影響を与えたともいわれるドゥーギン氏だった。(略)
 米政府筋はウクライナ政府内で誰が暗殺計画を承認したのかは明らかにしなかった。米政府は計画を事前に知らされていなかったという」

 このニューヨーク・タイムズの記事が事実なら、ウクライナはまさに「テロ国家」ということになります。ウクライナ政府さらにはウクライナ戦争の基本的評価にかかわるきわめて重大な記事です。

 あれほど頻繁にSNSで発信しているゼレンスキー大統領が、この記事(「米情報機関の判断」)を否定したという報道はありません。

 ウクライナ政府だけではありません。メディアがこの記事を後追いして真相を追究したという報道もありません。

 それどころか、このニューヨーク・タイムズの記事自体が十分報道されていません。新聞では上記の毎日新聞が国際面2段で共同電をそのまま転載し、読売新聞が同じく国際面の最下段でベタの雑報扱いをしただけです。朝日新聞など他の新聞は報じていません(いずれも関西版)。

 これはきわめて重大なことです。仮にニューヨーク・タイムズの記事の信ぴょう性に疑問があるというなら、なおのこと自ら「米情報機関」に取材して事実関係を確認すべきです。何もしないで無視する(報じない)のは、記事の内容が広がることがウクライナ政府・欧米側に不都合だという政治判断(政治的偏向)だと言わざるをえません。

 メディアが報道機関を自認するなら、ウクライナ政府が暗殺計画を許可したという「米情報機関の判断」の真偽を、今からでも取材して報じなければなりません。

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