「世界」10月号に金城美幸さん(立命館大生存学研究所客員研究員)が「アンハールへの手紙―ガザ出身女性との対話から」と題して寄稿している。
金城さんの「大切な友人」、アンハール(以下敬称略)と積み重ねてきた対話を「手紙」の形で再現した。
金城さんがアンハールと出会ったのは彼女が来日して間もない2年半前。子どもの頃(2007年)にイスラエルによる封鎖が始まり、困難な暮らしの下で9人兄弟姉妹の一番上の姉として家族を支えてきた。日本で暮らす同じガザ出身のムハンマドと結婚するために、初めてガザを出て、一人で日本にやってきた。
「昨年10月にガザでのジェノサイドが始まってから、家族の命がいつ奪われるかわからず毎日泣いているあなたと、どうすれば苦しみを分かち合えるだろうか。あなたは四六時中ニュースを追い、殺された人の中に家族や親戚がいないかを必死に探している」
金城さんが尋ねた。以前までの攻撃と今回のジェノサイドはどう違う? アンハールは「一瞬言葉を失い、ふいに力の抜けた笑みを浮かべ」、こう答えた。
「これまでの攻撃は、家族の誰かが亡くなるかもしれないという恐怖だった。今回のジェノサイドは、家族すべてを一瞬で奪ってしまうほどの暴力だと思う」
アンハールは今春から日本の大学院に進学した。「赤ちゃんがまだ小さく、家族がいない日本での育児に不安を抱えていたあなたが、どうして?」と金城さんは驚いた。
「あなたはガザにいる母の夢(アンハールがいつか素晴らしい場所にたどりつけるように、博士号をとってほしいというのが彼女が小さい時からのお母さん夢だった)を叶えてあげたいと言った。いつ殺されるかわからない母が、誇りに思ってくれるような娘でありたい、と」
「ガザから遠く離れ、助けてあげられない無力感に苦しんでいるあなたは、飢餓に苦しむ家族を思って食事をするたびに罪悪感を抱いていた」
「今回のジェノサイドは、ガザを根本から変えてしまう全く規模の違う暴力になっていると、あなたは言う。すべての人が、肉親を尊厳もろとも破壊される経験をし、自分が生き残ったのは全くの偶然だと感じている。外の世界の人には決して理解できないほど、ガザの人々の精神は崩れてしまった、と」
「あなたの言葉に恥と罪悪感を抱く。第二次世界大戦後、世界は…人権規範を立ち上げたはずだった。しかし、その試みが失敗してしまったことが今、明らかになった。それなのになぜこんなに世界は静かなのか」
そして金城さんは「自分自身にも問いかける」。
「イスラエルの暴力の歴史やパレスチナ人の苦難について研究してきたはずの私は、その暴力を止めるために十分に動いてきたのか。アンハール、私たちはやっと自分たちの無知と無関心の暴力に気づき始めた。途方もない力で奪われたガザの人々の命の犠牲の上に」
無知と無関心の暴力。
私は本当にそれに気づき始めているだろうか。「無知」は痛感する。だが、自分の「無関心」をどこまで自覚しているだろうか。まして、「無知と無関心」を「暴力」と捉えられているだろうか―。