アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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「安倍国葬」が示した象徴天皇制の反憲法的実態

2022年09月29日 | 天皇制と憲法
   

 27日強行された「安倍晋三国葬」には、皇族から皇嗣・秋篠宮夫妻など7人が参列・供花しました(写真左・中)。天皇は参列せず、使いを送り拝礼しました。皇后、上皇夫妻も同様でした。

 天皇・皇族のこうした「国葬」へのかかわりは、象徴天皇制の反憲法的実態を2つの面からあぶり出しました。

 1つは、政権による天皇・皇族の政治利用です。

 岸田政権が皇嗣はじめ皇族を参列させ、天皇らに使いを出させたのは、国民多数の反対を押し切って強行した「安倍国葬」への“権威付け”を図ったもので、明らかな政治利用です。

 宮内庁幹部は「国葬を閣議決定している以上…皇族はそれを前提に行動するしかできない」(9月4日付共同配信)と述べていますが、けっしてそうではありません。

 憲法第4条は、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と規定しています。政府は「国葬」は「憲法の定める国事行為」ではないと言明しています。ということは、政府は閣議決定によって天皇・皇族を「国葬」に関わらせることはできないのです。

 高嶋伸欣・琉球大名誉教授はこう指摘しています。
国葬のような国事行為に属さない行事に、皇室がどこまで参加するのかなどの規則や法整備がされていない。そのため、今回のような露骨な政治利用に組み込まれてしまっている」(28日付沖縄タイムス)

 その通りです。ただそれは、「規則や法整備」が必要だということではなく、「国事行為に属さない行事」すなわち政府が「公的活動」と称しているものは、憲法上認めることはできないということです。

 もう1つの問題は、天皇・皇族に対する露骨な特権的扱いが、「国葬」という国の行事で公然と行われたことです。

 天皇の使いは「勅使」と紹介されました。「勅使」とは天皇の意思を伝える使者のことで、「勅令」などとともに天皇主権の大日本帝国憲法時代の用語です。

 岸田首相と衆参議長、最高裁長官4人の弔辞は、口をそろえて「従1位大勲位の安倍晋三君」という言葉で始まりました。ふだん使わない用語を意識的に統一して使っていることは明らかです。「国葬」の対象者を天皇が与えた勲位で形容することで、天皇の“君臨”を示したものと言えます。

 天皇、皇后、上皇、上皇后の使いは、一礼してそのまま退場しました(写真右)。その間、場内は全員起立したままでした。

 天皇はなぜ「国葬」に参列しなかったのでしょうか。宮内庁は「慣例に従った」としています。慣例とは何か。宮内庁幹部は、「戦後廃止された旧皇室喪儀(そうぎ)令に倣っている」と言っています(17日付朝日新聞デジタル)。

 旧皇室喪儀令は1926年10月、大正天皇が亡くなる2カ月前に作られた皇室の喪儀(葬儀)に関する法令で、天皇や皇后の参列は、先代の天皇や皇太后の葬儀に限るとされています。

 敗戦によって廃止されたはずの皇室喪儀令が、実際は生きているのです。
 現憲法下でも天皇・皇室に関しては戦前の帝国憲法下の法令・慣習が生きている例は少なくありません。「皇位継承」を「男系男子」に限っている露骨な差別法令である「皇室典範」はその代表例ですが、「皇室喪儀令」もその1つであることが「安倍国葬」で明らかになりました。

 憲法は「法の下の平等」(第14条)を規定しています。にもかかわらず皇族が特別扱いされ、天皇はまるで「君主」であるかのように扱われ、大日本帝国憲法下の法令がいまも生き続けている。

 「安倍国葬」があぶり出したのは、象徴天皇制が憲法の民主的原則とは相いれない、国家権力による統治のための制度だということです。

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