角館草履の『実演日記』

〓袖すり合うも多生の縁〓
草履実演での日々の出会いには、互いに何かしらの意味があるのでしょう。さて、今日の出会いは…。

武家草鞋。

2012年05月14日 | 実演日記




今日の草履は、彩シリーズ25cm土踏まず付き〔五阡円〕
茶色基調を少し久しぶりに編みました。エンジのいらかプリントと組み合わせたことで、シブさにお洒落が加わった気がします。
『23cmなら買って行ったのにぃ』と二人のおばさまに言われました。25cmがひとつもなかったことで編んだ草履は、虎の子の一足ですね。

4月30日のブログで盲目の青年をご紹介しました。実はそのときのおしゃべりで、青年からとある小説を紹介されていたんです。青年は朗読でその小説を聞いたと言ってましたが、正確に言えば「紹介」というより、そのとき青年が心に浮かんだものを言葉にしただけというような気もします。

事実青年はその小説の著者を思い出せませんでしたし、あらすじについてもなにほどの説明はありませんでした。ただ武家屋敷で有名な角館という地で、日々草履を編んでいる男に対して、その小説がふと浮かんだのでしょう。

早速地元の書店へ注文し、先日私の手元へ届きました。そして昨晩この小説を読んでみると、盲目の青年との出会い同様、これも出会うべくして出会ったと思わせる本でした。山本周五郎著、タイトルは「武家草鞋(ぶけわらじ)」。

主人公の宗方伝三郎は出羽の国新庄藩藩士。200石の書院番を勤める家の跡取りですから、まずそれなりの侍といえるでしょう。彼の生まれ持っての真面目さは、尊敬されるどころか周囲から疎まれる始末。けれども清廉潔白をなによりの信条として育った彼は、イイ加減なことなど死んでもできない性分でした。

あるとき新庄藩に家督問題が起こります。男子がみな早世し、跡目相続に二人の候補が挙がりました。現在の藩主が推す人物を皆は「可」としますが、宗方をはじめ数名が後々禍根を残すことを理由に異を唱えるんですね。そして反対したことの責任をとって、自ら藩を退くことになります。

宗方は江戸に出ました。侍でなくてもいいから、実直に過ごせる住処を捜し求めます。しかしときは元禄、大衆文化花盛りの江戸は、お金に遊びに人々が血まなこになっていました。彼がそんな世相に順応できないのは当然。世の中に失望した彼は、死に場所を求めて彷徨うことになります。

お金も使い果たし、歩く力もなくなったとき、彼を助けたのはとある老人でした。孫娘とふたり慎ましく暮らす老人宅で、宗方はしばし休息をとります。
やがて知ったのはふたりの素性。実は孫娘ではなく、孤児だった女の子を老人が引き取って育てていたんですね。幸せとは言えない女の子が懸命に生きる姿を見て、宗方もまた生きる道を選びます。

生きるためには仕事が必要です。宗方が選んだのは「ワラジ職人」。新庄時代、武家が履くワラジはその家人が作っていました。長い旅でも合戦でもすぐに壊れないよう、その丈夫さは定評があったんですね。
そのワラジは近くの問屋に卸し、旅籠に置かれました。次第にその丈夫さが噂となり、「宗方作」として注文が舞い込むようになるんですね。

しかしまたしても、宗方には許されぬ事態が起こりました。問屋の手代が彼に言うのは、『あなたのワラジは丈夫すぎて数が売れない。それでは商いにならないから、少し手を抜いて早く壊れるようにしてくれないか』。
これで宗方のワラジ職人生活が終わります。

また死に場所を探してさすらいの旅に出ようとする矢先、老人宅に宗方を訪ねる人物が現れます。自分がここに住んでいることを知っている人間など、そう多くありません。見当もつかず玄関に進むと、ひとりの武士が立っています。それは新庄藩の同僚でした。

彼が言うのは、『殿様から帰参のお許しが出ている。ほかの皆はすでに帰参、残るはお前だけだ。さぁ、早く新庄へ帰ろう』。彼はこのことを宗方に告げるため旅をしていたわけです。
しかし宗方にどうしても分からないのは、なぜその同僚が自分の在り処を探し当てたかです。

彼の答えは、『お主、ワラジを作ったであろう。袋井と申す宿でワラジを買った。履き心地にどこか覚えがあるのでよく見ると、故郷の新庄でわれわれが作る武家草鞋だ。そこで宿へ戻り問屋を尋ね、この家を教えられたのだ』。

********************************************

履いただけで製作者が分かる草履。見ただけで、触っただけで角館が浮かぶ草履。何年かかろうとも、目指すはこれだと思います。
私にこの小説を教えてくれた盲目の青年は、今ごろどんな気持ちで角館草履を履いてくれているんでしょうね。

折りしも昨晩、一通のメールが届けられました。5月7日のブログでご紹介した、北海道の青年からです。母の日にご両親宛に贈った草履、無事に届きおふたりとも大喜びの様子が綴られていました。
そして最後を締めくくる言葉は、『これからもお体に気をつけ,お客様の心に届くような素晴らしい草履を作っていってください。北海道の地よりお祈りしております』。

三日間のお休みが開けたら、また修行が始まります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする