今日の草履は、彩シリーズ23cm土踏まず付き〔四阡六百円〕
おばさまも70歳代ほどになると、『赤いのはちょっとねぇ…』とおっしゃる方もおります。それはご家族や周囲に配慮しての発言なのか、ほんとに派手を好まないのか、瞬時にはなかなかわかりません。ですから「今日の草履」のような幾分シブ目の女性用も、必要な配色のひとつなんですね。
西宮家へご夫婦でお出でくださる常連さんの中に、奥様が米蔵で品定めをしている時間を、ひとり草履コーナーで過ごすおじさま、あるいはおじいちゃんが複数おります。米蔵の中は一般に女性が好むアイテムでいっぱいですから、逆に男性は暇を持て余すことがあるんですね。
そしてこの状況は奥様にも好都合のようです。ご主人が草履実演を眺めながら私と世間話に講じていれば、チラチラと時間の催促をされずに済むわけです。
これが子どもであれば「託児所」ですが、おじさまの場合はさしずめ「託爺所」ですかね。
東京からお越しのご夫婦旅。ご主人は若干足が不自由で、杖をご利用です。旅好きという奥様はいろんな所を歩き回りたいのですが、ご主人はその気になれません。草履コーナー前のベンチに腰を下ろすと、『俺はここにいるから、お前は好きなところを見てくればいいよ』。
奥様にしても「渡りに船」、西宮家内の散策だけでは物足りず、安藤家までおひとりで足を延ばされました。その間草履コーナーはいつもの「託爺所」、ただいつもと少し違うのは、おじさまがガンの患者さんで玉川温泉の湯治帰りということです。複数に転移している病状まで自ら話してくれました。
しばらくして奥様が戻られると、ご自分用の草履をお買い上げです。もしかしたらご主人の話し相手を務めた、お礼の意味があったのかもしれません。
でも私がほんとに嬉しかったのは、ご主人が奥様へ言った言葉です。『いや~、やっぱりここへ残って良かったよ。草履屋さんと話したのが一番楽しかった』。
おじさまは名刺代わりに、ご自分の住所や電話番号を記したメモを手渡しました。『いつか東京へ来たら電話ちょうだいよ。少しくらいならお酒も付き合うし』といたずらっぽく笑うおじさま。そういう機会が訪れる可能性は極めて低いことを、おじさまが一番ご存知なんですよ。
角館草履の実演席に設けられた「託児所&託爺所」は、いつでも開放しております。