今日の草履は、彩シリーズ22cm土踏まず付き〔四阡四百円〕
黒と淡いピンク基調のベースに、組み合わせのエンジのいらかが可愛らしい草履に仕上がりました。
桜プリントの草履は通年編んでいるものの、春を待ち焦がれるこの時期はまた気持ちが違うものです。四月を目前に、まだ雪の塊があちこちにありますよ。
このお休み中、一泊二日でカミさんと仙台へ行ってきました。次女を送り届けながらの用足しと、あれから一年経った被災地を訪ねるためです。
秋田県に暮らしていると、震災の話題は限定的になりがちです。最近はがれき受け入れがひとつの話題ですが、被災地の中の暮らしなどはあまり聞かなくなった気がしていました。
実際岩手県から宮城県へと車を走らせると、ラジオから聞こえてくる話題は依然として震災関連が多かったです。各地の復興状況であったり、住宅の移転計画であったり、内陸部と沿岸部の失業率の比較であったり、より具体的な生活が頻繁に流れています。
先日のテレビでは、仙台市の夜を「復興バブル」などと呼んでいました。国分町は復興関連の滞在者で活気に溢れ、バッグなどブランド品がよく売れているという報道です。噂話程度ですが、義援金や賠償金を遊興費に使う人がいるなんて話をする人もいます。まぁ、それはそれで仕方のないことでしょう。
先日角館の知人が言うのは、『去年の3月よりも今年のほうが悪いな』。これは町の飲食店の売上のことです。去年の3月はそれこそ震災があって、私たちのような観光関連は商売そのものをしていません。ですから今年のほうが悪いという言葉を、すぐには理解できませんでした。
知人の説明はこうです。震災から一週間も経つと、皆が人恋しくなって飲食店に集まりだしたんですね。あるいは予定されていた年度末の集まりを中止せず、震災の情報交換だったり義援金の相談会に替えたわけです。ですから、飲食店はある程度売上が確保された。対して今年は、震災の二次被害と不景気だけが残ってしまったというのが現実なんでしょう。
一年も経つと、いろんな角度からいろんな報道がされています。喉もと過ぎれば…じゃないですが、私の中で「3.11」が少しぼやけてきた感がありました。被災された方々のご苦労を想えば、私たちなどはたいしたことはない。この言葉に偽りはないにしても、秋田県も相当の被害を受けているのは間違いありません。
今朝仙台市からの帰り足で石巻市を訪ねると、そこには本当に一年も経ったのかと思わせるほど、痛々しい街並みがありました。「復興バブル」なんて言葉は到底浮かばない、忌まわしい「あの日」が残っています。かつてサラリーマン時代のお得意先は、地震で店舗が傾いたまま放置されていました。
やっぱり国分町は特別なんだと思います。ブランド品が飛ぶように売れるのも、やっぱり特別なんだと思います。義援金を遊興費に充てる人も、特別なんだと思います。大部分の被災地域と被災された方々は、今日を生きるのに精一杯なんだと思います。それは角館も、同じ姿なんだと思います。
明日から新たな年度が始まり、草履コーナーも再開です。「がんばろう!東北」は、まだまだ続きます。