トルコのトピックス

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夏休み中の人々が投票に帰ってきて交通渋滞

2014年08月09日 | 国際
8月10日 多くのトルコ市民が夏休みをカットあるいは中断して、大統領選挙に投票しに帰ってきたので、各地、とくにイスタンブル近くに大渋滞が起こりました。

 Hurriyet

アジア大陸とヨーロッパ大陸を結ぶチャナッカレの船着き場は、投票のためにイスタンブルに帰る人々と車で大混雑。チャナッカレの中心部は大渋滞になり、9日朝には、船着き場に長い車の列ができはじめました。

トルコの中心に位置する町アフィヨンカラヒサルでも、投票のために休暇先から帰ってきた人々が10キロの車の列をつくりました。
外国在住者以外のトルコ市民は、現住所近くの投票所で投票することになっています。


大統領選の投票は終わった

8月10日、全国で530万人の人々が投票所へ出かけたはずです。大統領の直接選挙は今回が初めてです。

 Hurriyet

候補者は、12年間この国の首相だったレジェプ・タイイプ・エルドアン氏、イスラム協力機構の前代表で、共和人民党(CHP)と愛国運動党(MHP)の共同候補エクメレッディン・イフサンオール氏、人民民主党(HDP)の共同党首のセラハッティン・デミルタシュ氏の3人。50%以上の票を得た候補者がいない場合は、24日、第2回投票が行われます。

10:34 イフサンオール候補がイスタンブルのサリエルのイエニキョイ学校で投票しました。
10:47 デミルタシュ候補がディヤルバクルのシェヒト・ジャンダルマ・ユステーメン・テフィク学校で投票しました。「結果がどうあろうとも、今日が始まりです。民主主義のための戦いは続いています」とデミルタシュ氏。

 Hurriyet

14:25 アブドゥラ・ギュル大統領が、アンカラのチャンカヤ学校で、大統領としての最後の投票をしました。白いスカーフはハイルニッサ・ギュル夫人。「トルコ政府は明日から本来の日程に戻り、民主主義と法を堅持して歩みをつづけ、経済を強化することが、私の希望であり勧告でもあります」

14:33 エルドアン首相はいつものように家族と一緒に、彼が住むイスタンブル・ウスキュダルのサフェト・チェビ学校に現れました。「この選挙は2023年につなぐ重要なものです。投票率は高いでしょう」と首相。投票の後、首相は金角湾岸の選挙事務所で結果を見るのでしょう。

 Hurriyet

15:50 汚職事件で主要な容疑者となったイラン生まれのアゼルバイジャン人のビジネスマン、レザ・ザラブさんがイスタンブル・ベイコズの投票所に、ボディガードとともに現れ、トルコ市民権を行使しました。数か月前に自由の身となったザラブさんは「私は1人の候補者しか頭になかった」と言ってウインクしました。

17:00 投票は終わりました。有名な世論調査の専門家アディル・ギュルさんは、CNNトルコで「結果は私たちも予想がつきません」と言いました。


テロ集団ISIL内部に初めて潜入取材した記者がビデオを発表

 イラクとシリアで暴れているテロ集団ISIL改めIS(イスラム国)が、トルコがユーフラテス川の流れを切断し、イスラム国の首都ラッカを含めた北シリアを干上がらせたと非難し、イスタンブルを“解放する”と脅しているそうです。

 Hurriyet
 
「トルコ政府がこの決定を再検討するよう神に祈る・・・」と言っているISILのメンバー


「背信者トルコ政府が、この決定を再検討することを私は神に祈る。彼らがいま、考えなおさなかったら、われわれはイスタンブルを解放して、彼らに考えなおさせる」と、ISILの“報道官”アブー・モサがラッカの Vice News で言っています。

初めてISILの内部に潜入取材したジャーナリスト、メドヤン・ダイリエフ記者が「それは脅しか?」と尋ねると、アブー・モサは「そうだ、これは明白な脅しだ。トルコ政府がトルコのアタテュルク・ダムをオープンしなかったら、われわれはイスタンブルを解放して、ダムを開かせる」と答えています。

ダイリエフ記者はISILの内部に入り込んで3週間を過ごし、ISILに、前例のない接近を果たしています。Vice News のウエブサイトに、8月7日、彼の取材記録の第1部が発表されました。
第1部ではダイリエフ記者は、ISの戦闘員たちがシリア軍の基地を占拠しているラッカの前線に向かっています。第2部では、ダイリエフ記者はベルギーから来たというISILのメンバーの1人に会っています。彼は少年たちの教育を仕事にしているようです。

・・・ヴィデオ見ました。ベルギーから来たという男が子供たちに「イスラム国、大好き」なんて言わせていました。この男、英語も達者です。
このめちゃくちゃなテロリストたちに“人間の盾”として捉われているトルコの領事館員たちが心配ですね。1歳の赤ちゃんもいるんですよ。


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119年営業のクリームと蜂蜜の店が立ち退きの危機に

2014年08月09日 | 国内
8月9日 イスタンブル最古のクリームと蜂蜜の店が「パンド・クリーム」(Pando Kaymak)が急騰する家賃との戦いに負け、追い立てを食っています。パンドのクリームはバターのような塊状です。
イスタンブル・ベシクタシュの中心にある、小さいが歴史ある店は、92歳のパンデリ・シェスタコフさんが経営しています。

 Hurriyet

親父の頑固さは、トレードマークの蜂蜜入りクリームと同様に伝説的です。1895年から家族で経営してきたというお店です。
8月15日が立ち退き期限ということですが、このニュースがソシアルメディアでひろがると、熱心な顧客の中から「パンドおじさん」をみんなで支援しようという抗議の声が上がりました。

パンドおじさんのクリーム大好きさんの中には、ベシクタシュ・サッカーチームのシュレイマン・セバ、ハッキ・イエテン、サブリ・ユルケルのような有名人もいます。「ウチのクリームを食べると、みんなわが家に帰った気分になれるんです。ノスタルジーの味なのです」とパンドさん。

 
ベシクタシのシンボルはワシ。町の中心にもワシの像があります。


ベシクタシュに生まれ育ったパンドさんは、地主がこの場所にチェーン・レストランをオープンしたいのもわかると言っています。「地主には、その権利がある。しかし、私は抵抗することを選択したのです」
彼の弁護士ベルク・チェクティルさんも、「パンド・カイマクは一軒のクリーム屋ではないのです。この店の文化的立場について、両者でもう1度、話し合うことになるでしょう」と言っています。地主さんも弱腰になってきたようすだそうです。

近年、イスティクラル通り周辺でも、インジ菓子店、ロビンソン・クルーソー書店、レブル薬局、エメク映画館といった多くの歴史的な店が、テナント料の高騰で消えています。

・・・ポンドおじさんの店のことは話に聞いて、クリーム買いにいこう!と思いながら、行っていません。ぜひ存続して、おじさんも100歳になってもお元気で、お店つづけてください。今度、買いにに行きたいですから。


ヤジディという宗教集団がISISを恐れてイラクからトルコに逃げてきた

水曜、イラクのマイノリティ「ヤジディ」たち約100人がISILの残酷な攻撃を逃れ、イラク国境に近い南東部シュルナク県にたどりつきました。シュルナク県シロピ地区当局がヤジディたちに、使われていない古い建物を宿舎として提供しました。

 Sabah

シロピ地区のスアト・デミルジ区長は、「彼らは着のみ着のままで、水も食物もなく旅してきて、トルコ大統領府の災害・緊急管理局(AFAD)に連絡して人道支援を求めたいと言っています。区当局は彼らに必要な物はすべて提供します」と言っています。

シロピのセイフェッティン・アイデミル共同区長も、ヤジディたちへの区の支援を約束しました。地元のNGOももう炊き出しを配っています。
アイデミル共同区長によると、彼らの中のパスポートを持っている者は入国ゲートから入っていますが、パスポートのない何千人もがイラク側でトルコ入国のためにパスポートを待っているそうです。

Sabah
ISILはヤジディの35歳以下の女性を何百人も人質にしたそうです。


「ヤジディ」とはゾロアスター教、イスラム、キリスト教、ユダヤ教、その他をミックスした信仰をベースにした宗教的セクトで、ISILが占領している都市モスルの近くのシンジャクという町に固まって住んでいました。ISILは彼らを異教徒と見なし、非ムスリム集団に“聖戦”を行うと宣言しています。。

ISILの進攻で、およそ3万人のヤジディたちが町を逃げ出しました。逃げてきたヤジディの1人は、ISILはヤジディの男たちの首をはね、女たちは人質にしたと記者たちに話しました。


 大統領選挙いよいよ明日です

 Sabah


明日、日曜、トルコ史上初の大統領の直接選挙が行われます。有権者は5000万人以上です。その後、首相も決まりますよ~。


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