『天衣紛上野初花』 (くもにまがふうへののはつはな)
七幕十七場の全編を読むことができました。
「明治文学全集9/河竹黙阿弥集」
昭和41年に、当時の筑摩書房が発刊したものです。
おそらくこのかたちでは、中々上演されることもないのでせうが、
カットなしで読んでみると、成る程、片岡直次郎が江戸から逃げねばならない訳や、
その前に、ひと目、三千歳に逢ひたくて蕎麦屋に寄るシーンの意味がよくわかります。
細かな場面設定を読んでゆくと、
結局は、しがない御家人くずれの遊び人たる直次郎の、
ふがひなさや意気地のなさが浮かんでくる一方、
そんな男でも、死んでも一緒になりたいがゆゑに必死に守り続ける三千歳の姿が
美しく浮かび上がってきます。
いかさまな旗本達を手玉にとり、哂ひとばす設定と共に、
江戸に生まれ、江戸に育った黙阿弥は、
三千歳の姿を借りて、不充分な体制だったのかもしれないけれど、
自らを生かしてくれてゐた”江戸”を擁護してゐたのかもしれません。
(明治25年 黙阿弥77歳の写真)
(写真は、「明治文学全集9/河竹黙阿弥集」より)