病院における「医療の質」を検証するために、私はこの10年病院で死亡診断をされた人の診断書と診療記録をチェックする委員会の責任者をしています。2週間毎に15-20名の死亡診断書(心肺停止状態で搬送されて看取った場合は死体検案書)を複数の医師でチェックして問題がないかを検討し、病院幹部が出席する医療安全会議で報告したり、問題例については年4回開くMorbidity & Mortality Conferenceで関係各科全員が出席する会議で検討します。医療に基づく「予期しない死亡事例」については、法律で定められた「医療事故調査制度」の規定に従って厚労省に報告する場合もあります。
病院全体の死亡例を見ていると、医師として個々の事例だけを扱っているだけでは見えてこない変化といったものが解る事もあります。自分が勤務している病院の地域性もあるとは思いますが、この10年で感ずることは、
〇 ここ数年で高齢者の「初診時からの進行癌」が増加していること。
〇 病院で入院中に病気で亡くなる人よりも心肺停止で救急搬送されて亡くなる人がこの2-3年で増加したこと(年間200例はいる)。
〇 この半年で不詳の内因死(原因不明の死亡)が増加したこと。
が挙げられます。増加したと言っても、月1-2例であったものが5例になった感じで、大規模事故の様に一度に沢山の方が亡くなる訳ではないのでメディアで取り上げられる事もありませんし、個々の事例だけ見ている医師は変化を感ずることもないと思います。しかし私の様に長期に渡って全例チェックをしていると例数が倍になると「増えたな」と実感します。同じような仕事をしている人が集まる会議はないので、厚労省などが死亡統計の形で日本全体の集計を公表する(それでも初診時から進行していたかどうかなどは判らない)まで地域や日本全体の事は判らないとは思います。しかし他院の医師たちと学会などで雑談的に話をすると、同様の傾向を感じている医師は多いようです。
予期しない死亡は原因が死後全身CT検査(Autopsy imaging)で解る事も
入院中であっても急変して亡くなってしまう場合(ここ数年で医療安全の立場から院内救急システムというのが先進的な病院では確立されて常にICUに入室できるよう態勢が整っています)や、心肺停止で救急搬送されて蘇生できなかった場合には病理解剖を行う替わりに死後全身CT検査(AI)を行います(これは全ての病院で行われている訳ではありません)。私の経験では、20%-30%位はこのAI検査で死亡原因が推定できます。高齢者の入浴中の溺死、誤嚥による窒息、大動脈解離や破裂、腸管壊死(肝門脈内の気腫やイレウス所見)、認知されなかった進行癌、心不全、肺気腫の増悪、脳出血などがこれで解ります。搬送された時の採血で腎不全や脱水、循環不全(CPK高値)、栄養失調、心筋梗塞なども推測できます。入院中や手術後に急変して亡くなってしまった場合にはご家族から医療不信を問われる場合も多いので、AIは解剖を行わない現在重要な検査です。
心肺停止で救急搬送された患者さんで元気に歩いて帰るのは200例に1例程度、心臓が止まった時にすぐそばに人がいて(バイスタンダーと言います)、即座に心臓マッサージなどの蘇生処置を行えた場合の一部だけであることは以前ブログに書いた事があります。後の殆どの場合は救急外来で蘇生(心拍回復)に成功しても15分以上心停止が続けば既に低酸素脳症で脳死に到っており、2-3日人工呼吸器で生きていても結局亡くなります。家族にとっては肉親の急な別れを受け入れる時間が与えられるに過ぎないのが現実です。救急外来で蘇生に成功しない場合は上記の様にAIを行うのですが、急変するまでの経過が解らず、採血やAIでも全く異常が見つからない、警察に必ず連絡して検死も行うのですが、事件性も見当たらない(尿中薬物検査などで何もない)場合、「不詳の内因死」として診断書(検案書)が記載されるのですが、それが最近増えているのです。
高齢者や中年、若年者の引きこもり、精神疾患、良く解らない一人暮らしなど社会的なnegrectによる背景もからんで心肺停止になって救急搬送されてくる場合、勿論家族もいて日常生活の中で倒れて心肺停止という方も沢山おられます。薬物中毒や自殺による溢死、事故、中には切腹、冬場に家の中で凍死などというのもあり、社会の縮図を見ているようで、いずれ「心肺停止救急搬送の社会学」といった本も書けそうに思います。高齢者で認知症もあり次第に食事が摂れなくなって1週間ほどしてぐったりして搬送されて直ぐに亡くなったなどという場合は「老衰」と診断できます。これは天寿を全うしたのですから皆で御祝いをしてあげるべきでしょう。80代90代で搬送されて病院で「老衰による死亡」と診断書が書かれる場合も多いです。しかし50-60代で急変してどこも異常がないというのが困ってしまいます。一度でも不整脈の履歴があればブルガダ型の悪性不整脈で急死もありえるのですが。
高齢者の「いきなり進行癌」が増えたのは何故か?
80代を過ぎた高齢者は癌になっても進行が遅く、天寿癌として積極的に治療せずにそのまま1-2年苦しくない状態だけ医学的につくってあげて看取ることもあります。それは以前から行われていたことですが、この2−3年ほんの数ヶ月で何も無かった状態から全身に転移を来すような悪性度の高い癌が80代以上の高齢者に見つかる事が増えました。福島第一原発の事故から10年経過した影響?というのは軽々に語るべきではないとは思いますが悪性度の高い高齢者の癌が増加しているのは事実なので仕方がありません。自分の専門である泌尿器科癌でも数ヶ月前のCTで何も無かったのに短期間に驚く程全身に転移を来した癌の高齢者を数人経験しています。考えようによってはそれまで元気で短い病悩期間で治療の施しようがなく亡くなってしまうのは「ぴんぴんころり」の理想の死に方と言えるかもしれません。
世界的に超過死亡が増加しつつあるが
2020年3月以降の各国100万人あたりの累積超過死亡数 上から米、英、仏、独、イスラエル、加、日本
2020年春に新型コロナ感染症が蔓延してから欧米の国々は今までと比べて種々の原因で亡くなる人が増加、日本は100万人あたりの超過死亡累積図に示す様に2020年の夏まで超過死亡はマイナスであり、以降1年は横ばいの状態でした。しかし2021年の5月頃から超過死亡が+に転じて累積グラフが右上がりになっているのが解ります。つまりこの半年くらい全国的に(コロナでない)何らかの原因で亡くなる方が増加しているのです。死につながる特別な疾患が増加しているという報道はありませんので、自死や不詳の内因死が増加しているのではないかと類推します。実は認識されない新型コロナ感染症で亡くなっている人がいるのではという無責任な流言がありますが、それはないです。症状があれば亡くなった人もPCR検査は行いますし、AIで特徴的な間質性肺炎の所見も出るはずです。心肺停止で蘇生ができなかった場合に死後変化として新型コロナの様な間質性肺炎像がAIで出る事がありますが、CRPなどの炎症反応や白血球数などの検査で異常が出ていなければ否定できます。
多死の時代に入りつつあると私は感ずるのですが、私が経験する増加死亡の年齢構成は80代以上の比較的元気であった高齢者が多いのが実際です。今まで日本の平均寿命は右肩上がりで伸びてきましたが、そろそろ伸びどまりであり、2025年を境に高齢者数の増加は止まる事が予想されています。生産年齢構成者と高齢者の比率は引き続き高齢者の方が増加(若年者の相対的減少)するのですが、高齢者の絶対数が減少に転ずる時期が少し早まって来たと言う事かもしれません。