今回の内容は泌尿器科における前立腺癌治療の専門的な事項の備忘録です。
2017年の米国泌尿器科学会に参加した本来の目的は、自分の専門である前立腺癌において、一昨年FDAで認められた前立腺に対する超音波治療(HIFU)が現在どのような位置づけにされているかを実際に見ることにありました。以下今回米国泌尿器科学会が発表した新しい前立腺癌治療ガイドラインのスライドを参照しながらまとめておきたいと思います。
I. 限局性前立腺癌のリスク分類と治療
転移のない早期前立腺癌は局所治療(手術、放射線—外照射、内照射<brachytherapy>、その他-cryotherapy、超音波治療<HIFU>)か、治療を前提にした経過観察(active surveillance)が治療選択の基本であることは変わりません。治療選択にあたっては、早期であっても今後どのように癌が広がって行くかを予測するリスク分類が大事になってきます。近年では主に組織学的な悪性度をリスク分類の中心に据える傾向があります。
前立腺癌の組織分類は1970年代から改訂を経ながら使われているGleason scoreが有名ですが、2014年以降Gleason sumの5以下は癌とみなさないと考えられるようになり、しかも2カ所の合計が7であっても3+4と4+3の予後が異なるという意見が多くなり以下のようなGrade groupとしてリスク分類をするようになりました。
Low risk Grade group 1 でvery lowとlowに分ける。
Intermediate risk Grade group 2と3でfavorableとunfavorableに分ける。
High risk Grade group 4と5 very high とhighはAUAとしては分けない。
II. 低リスク群における部分治療、HIFUの位置づけ
低リスク群でも生検のコア50%以下にGleason6以下の癌しかなく、PSAも10以下ならばVery low risk群として「経過観察(active surveillance)」というのは世界中の泌尿器科医で異論がない所でしょう。だからこの状態で手術など勧めてくる医者は信用できない医者と言って良いです。
それ以外のlow riskの患者には何らかの治療を勧めても良いとされます。基本Grade group1というのは放っておいても転移を来さない前立腺癌に対して付ける診断である、と病理学的に決められています(これは分類を決めた病理学の医師から説明された)。だからactive surveillanceも良いのです。但し家族性の前立腺癌などは進行したり多発性であったりしがちであり、積極的治療の対象となりえるということです。
このLow riskにおける治療の中にFocal therapyやHIFU治療がAUAのコンセンサスとして認められていることが解りました。
III. 中リスク群における部分治療、HIFUの位置づけ
中リスク群において、治療は原則手術かホルモン併用の放射線治療になります(エビデンスレベルA)。またFavorable riskの放射線治療はエビデンスレベルBでホルモンなしの放射線単独でも良いとされています。ここで部分治療やHIFUは治療を進めるエビデンスはない、とされます(実験的と言う意味)。凍結治療についてはレベルCのエビデンスですが腺全体を治療(whole grand)として選択肢に入っています。
IV. 高リスク群における部分治療、HIFUの位置づけ
治療は手術か放射線+ホルモンになります。余命が短い高齢者などを除いて経過観察やホルモン治療のみは勧められません。凍結治療、部分治療やHIFUはtrial以外駄目とされます。これも現状ではある程度納得できる所でしょうか。
V. 自分の考えと今後の部分治療などのあり方
学会では半日かけて新しい機械を用いてのHIFU治療の模擬演習の講習などがあり、参加しました。現在前立腺癌の診断を行うための生検もMRI画像と生検時の超音波画像をfusionさせた方法で行うことが勧められています。それはMRI診断において前立腺癌の検出率が機器の高度化とPIRADS scoreなどを用いて診断する診断率の向上で良好になってきたという背景があります。但しFusion 生検は悪性度の高い癌を検出する可能性は高めるものの、系統的生検で見つかる中リスク以上の癌を見逃す可能性も指摘されていて現状では両方併せて行うのが良いというのが結論です。
HIFUを用いて部分治療を行うには、MRIの画像と治療時の超音波画像をfusionさせて行う方がより確実なのでSonacare medicalのサイトもEdap tms Ablathermのサイトも新機種はこのMRI fusion systemを用いたHIFU治療が主体になっています。講習もこれに沿って行われました。しかし率直な感想としては「本当にこれ必要?」という感じです。現状治療の対象になるのは限られた前立腺癌の患者さんの群にすぎません。その人達を対象に超高額なこれらの機械(fusion機能がない古い機械でも1台1億4千万円する)が必要かい?と明確に言えます。まして部分治療では癌は根治できず、延々と経過観察をする必要があるのです(再度治療するという治療者側のうまみはありますが、患者側にとってはメリットないと私は思います)。
MRIとのfusion機能を持った高価な機器
私は、HIFU治療は真の低侵襲治療であると確信しているのですが、それはwhole grandを確実に治療した場合のみに言えることだと考えます。凍結治療(cryo surgery)は会陰から複数の太い導子を挿入して凍結させるため、真の低侵襲治療とは言えないと思います。症例数が少ないものの、ホルモンを短期併用したHIFU治療などが、今後リスクの低い限局性前立腺癌の低侵襲治療として認められて行く事が望ましいように思います。