書評 2013年中国で軍事クーデターが起こる 楊 中美 著 2010年ビジネス社刊
著者は中国の師範大学を卒業後、30台半ばで来日、立教大学、ハーバード大学を経て、現在横浜国大、法政大学で教鞭を取る中国政治研究科です。中国の権力者がどのように決まってゆくのかは日本のメディアで解説されることは殆ど無いので知られていませんが、この本はその辺りからかなり解りやすく解説していて題名のセンセーショナルなインパクトとは異なる現代中国政治の入門書的な意味合いもあります。
中国は政治に関しては共産党独裁の専制国家であり自由がないことは誰も異論がないところです。しかし経済においては自由主義経済であり、その「自由」とは政治と異なり「秩序」は重んじられず「何でもあり」の自由であることも周知の通りです。それは本来の共産主義の真逆を行く「拝金主義」の肯定であり政権に阿ってさえいれば、賄賂、契約違反、暴力、何でもOKの凄まじい社会であることも誰も否定しないでしょう。
現在の胡—温体制は毛—トウー江に続く第四世代指導者と言われていて、次の第5世代は習近平—李克強体制であるとされています。独裁体制においては、次の指導者は前の指導者が決めるのが習わしであって、二つ前の指導者位までが実は種々の影響力を持って次代の指導者を決めていることがこの本を読むと解ります。しかし、経済規模が日本を抜いて2位になり、オリンピックや万博も開催しえた中国も、国家設立の基盤となった資本主義、階級制度の否定とは真逆の原始的資本主義と極端な貧富の差、インフレによる国民多数の生活苦といった不安定要素が山積みとなり、情報化社会の浸透でいつ国民の不満が爆発するか解らない状態になってきたことも明らかです。
2012年には胡—温体制が次の体制にバトンタッチされるのですが、その際今までのように穏当に前体制が決めた指導者に引き継がれるのか余談を許さない状況であることは明らかと思います。その際、共産党独裁体制のまま指導者の顔触れだけが変るのか、民主化の嵐が中国にも吹くのか、旧ソ連のように地方が独立するかたちで国家体制そのものが変化するのか、種々の可能性があります。
本書では、習—李体制に取って代わるかもしれない四人の実力派政治家を挙げて解説しています。1)汪洋 種々の政治的難問を解決してきた実力派 2)李源潮 胡氏の忠実な部下で各方面に強い人脈を持つ 3)薄煕来 軍や国民の人気が高く機を見るに敏な政治家 4)王岐山 北京市長、金融にも強く人柄も良い などの強敵が紹介されているのですが、それぞれどの人物の経歴を読んでも日本の小粒な政治家達とは格が違う波乱万丈で命がけな上、並でない知性を持っていることを証明するような人生を送ってきています。
次の世代でもし社会体制が変るとするならば、それに影響するであろう要因として著者は次の事項を挙げています。1)北京中央以上に経済で実力をつけてきた地方政府(と軍閥—軍としては表面に出ませんが)、2)地下労働組合と黒社会、3)国軍として帝国主義的力を強める人民解放軍 の3者の存在が安定した共産党独裁体制を脅かす勢力になりつつあります。これに外国からの経済資本の動静も大きな鍵になるでしょう。次世代を担う習—李体制がこれらの勢力をどのように取り込むか、或いは敵対した場合に排除できるかが重要であり、先に上げた4人が習—李体制に取って代わるにはこれらの要素をいかに味方につかるかが重要になるでしょう。
最近のニュースを見ても中国の住宅バブルはすでに崩壊しつつあり、インフレも庶民の生活を圧迫する一方で欧米諸国の不景気から一時ほど経済発展が期待できず都市に浮浪者が溢れてきていると言われます。本書で予想する2013年の体制変化への舞台は整いつつあるように見えます。中国の体制がどう変化しようと中国という国家が消滅することはありえませんし、14億といわれる国民が絶滅することはないでしょうから、中国の今後の変化がアジアにおける21世紀の歴史に大きな影響を与え続けることは間違いないと思います。そのような中国の現況を知る上で本書は良い参考になると思いました。