ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/09/23 井上ひさしの「ロマンス」!

2007-09-24 12:56:46 | 観劇

こまつ座とシス・カンパニーとの初の共同制作による「ロマンス」。井上ひさしのチェーホフ評伝劇!出演者の豪華な顔ぶれに観るしかないと即決。
チェーホフ劇は高校時代に劇団四季の「桜の園」、何年か前の岩松了演出の「三人姉妹」を観ただけだが、何を言いたいドラマなのかよくわからないという印象でリピートしようという気がおこらない。それなのに世界中でもてはやされている。そこらへんもハッキリさせたいという思いが私にはあった。

チラシにあるストーリーが初日ギリギリに仕上がる脚本では全く別の展開になることも少なくない井上作品だが、今回も同様だった。8月に開幕して皆さんのブログレポを読むとやっぱり状態。
朝日新聞のサイトのインタビュー記事に下記のようにあった。
「初めはチェーホフに尽くした妹マリヤ(松たか子)と、妻になった女優オリガ(大竹しのぶ)の葛藤を軸にするつもりだったが、「素晴らしい男優陣(木場勝己、段田安則、生瀬勝久、井上芳雄)を女優激突の間で便利に使うのは申し訳ない」と、チェーホフの生涯を年代ごとに4人が演じるスタイルを考えた。」

4人の交代は自然に無理がなく、6人全員が中心となる役として登場しない場面では別の脇役を本格的にやっている。井上ひさしはどの人物も魅力的に書くが、芸達者が揃っているだけにどの役も本当に血肉が通っている。また、既存の音楽も使いこなすおなじみの宇野誠一郎の音楽で、全員が歌う。チャイコフスキーの「ロマンス」がいい。ミュージカルスター井上芳雄や松たか子の歌も突出していないので全体のバランスもよい。

田舎町の中学生時代から芝居小屋に潜り込んででも観続けたボードヴィル(ボロボロの貧乏苦学生は井上芳雄)。「アメリカンボードヴィル」とは違う「欧州型ボードヴィル」だという。歌も笑いの要素てんこもりの軽演劇といったところだろうか。浅草フランス座の文芸部員だった井上ひさしと重なるわけで、まさにこの評伝劇時代も「井上風ボードヴィル」としての上質な舞台となっている。
その中で大きな役割を果たしたのが生瀬勝久だと思った。NHKの「サラリーマンNEO」でも御馴染みのコメディセンス。大竹しのぶと共演した「メディア」では彼女を裏切った夫役を正統派として演じていて見直していたのだが、今回はその両面をきっちりと演じ分けて絶妙。苦学をして優秀な成績で医師になるあたりの正統派演技と、晩年の場面で見舞いにあらわれるトルストイ翁が人生訓を披露するときの喜劇味の軽妙さ(語りだしは「ワシは人生は拷問室だと思っているから、君が今苦しいのは仕方がない」。それをどうやり過ごすかの人生訓)。
井上芳雄もマリヤに求婚するイワンが予想以上の出来。蜷川演出「ハムレット」のレアティーズで苦しんでいた頃が嘘のようだ。チェーホフにつく実習生のド近眼の青年医師もよし。こまつ座の舞台は頻繁に観ているようで、「私はだれでしょう」観劇会で遭遇したのも懐かしい。今回は前から3列目で見たが、あらためて「井上くん、足長いなぁ」と感心。最後の役、ごま塩頭の鬘と髭をつけた演出家スタニフラフスキーは秋篠宮にそっくりで「やっぱりプリンス役者だなぁ」とクスっと笑えた。

チェーホフをめぐる妹と妻の葛藤劇のドロドロだったらちょっとコワイかもと恐れていたが、それほどでもなくてちょっと気が楽だった。妹と妻が親友になるが、オリガがチェーホフと結婚してからのマリヤの微妙な感情を松たか子が好演。
大竹しのぶは前半のチェーホフの診療所にあらわれる14等官の妻役もよかったが、逞しい老婆の役をこれまた楽しそうに演じていてこちらまで愉快になる。後半のオリガもまさに女優という業も感じさせながら、チェーホフにとっては可愛い妻。チェーホフ劇に主演して押しも押されぬ大女優になってしまったオリガ。彼女の活躍するモスクワの冬に耐えられない肺結核のチェーホフ。ふたりの間の書簡は公開されているだけでも400通を超しているという。その冒頭の呼びかけを回顧しながら交わされるふたりの愛にあふれる会話を見聞きしてしまった妹マリヤの驚き!妹である自分では兄にかなえてあげられないことがあるというショック。
兄のために生涯独身を通してしまったマリヤ。彼女は自身では夫婦愛の幸せを知ることがなかったのだ。そして二人はチェーホフが44歳で早世した後も長生きする。晩年に二人で写った写真がプログラムに載っているが立派だ。

段田安則と木場勝己については長くは書かないがとにかくもう達者。木場チェーホフと大竹オリガの愛の囁きなどは若くない夫婦の愛情表現の温かさに包まれてしまう。
井上ひさしボードヴィルは、人生に対して熱い姿勢が根底にあるので心が温かくなる。舞台を観て感動、観劇後にプログラムを読んでまたまた感動の余韻にひたっていた。

冒頭の朝日の記事によるとモリエール(当初書いたモーパッサンは間違いですm(_ _)m)、晩年のシェイクスピアの評伝劇も書きたいと言う。海外作家の評伝劇3部作だ。そちらもはや楽しみになっている。

写真は公式サイトより今回のチラシ画像。
追記
冒頭に書いたことについての考察も書く。チェーホフは初期の頃は滑稽小説を多く書いていたのにだんだん文学文学したものになってしまい、そして戯曲に重点を移した。晩年の作品もあくまでもボードヴィルとして書いたつもりなのに演出家が叙情劇に仕上げてしまうのだという。本人が意図したことが実現しないギャップによる失望感も抱いていたようだ。そういう事情をわかった上でも「桜の園」や「三人姉妹」の滑稽味さというのは、単純なストレートさがないために全体に埋もれてしまうのではないのかと推測した。
6月につくった「井上ひさし作品の観劇の感想のリンク記事」もつけておく
②次に観る予定のこまつ座の「円生と志ん生」のサイトもご紹介。職場の観劇会の幹事に立候補済み!