ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/09/01 「エレンディラ」魂の飛翔

2007-09-02 23:59:06 | 観劇

彩の国さいたま芸術劇場の「エレンディラ」前楽。休憩2回で4時間という話が聞こえてきて大丈夫かと心配していたら、先に観た友人が「すごいよ蜷川さん!」と感動の電話をくれたので不安が吹き飛んだ。睡眠不足だけしないようにして家から劇場まで自転車で10分!
ものがたりはシアターブラバの公式サイトが詳しい(→こちら)

出演は以下の通り。
中川晃教、美波、國村隼、瑳川哲朗、 品川徹、石井愃一、あがた森魚、山本道子、立石凉子ほか

舞台の奥が透けて見える巨大なカーテン。裾にはスリットが入っていて風の音とともに奥から風が吹きカーテンが客席の方に持ち上がってくる。上方を風に乗って飛ぶ物が続く。白い雲(訂正:ダイヤモンドのコップらしいm(_ _)m)、赤い巨大な人面魚、白いバスタブ。これは幻想的な世界なのだとこの瞬間にわかる。そうなると次にあり得ないものが引き出されてきても違和感が全くなくなっている。背中に大きな汚い翼が生えた老人が引き出されてくる。これは恋人エレンディラのために人を殺したウリセスという男だという。若きウリセスの中川晃教の声で回想が始まっていく(翼が生えた青年=中川晃教というキャスティングにここで納得!)。
両親を亡くしたエレンディラはジャングルの奥の屋敷で祖母と暮らしていた。祖母は孫を小間使いのように扱っていた。何を申し付けられても「ハイ、おばあちゃん」と暗い声で答えて黙々と服従している。
この祖母の白鯨のようと表現されている肥った身体を特殊なスーツを着こんで演じる瑳川哲朗の怪演が素晴らしい。冒頭に宙を飛んだバスタブにその作り物の裸身をひたし、エレンディラの介助で立ち上がると背中や二の腕の刺青がコロンビアのワユ族の出自をくっきりと示している。愛した夫と息子の亡骸の一部をトランクに入れて部屋の中に常に置いてあるようで、男ふたりの幽霊が常にふたりの女と共にいるという奇怪な設定。その屋敷がエレンディラの粗相で全焼し、その損失を弁償することをエレンディラに命令する。「ハイ、おばあちゃん」

その方法は孫娘に客をとらせること。国中を人の集まるところを求めてテントを持って放浪していくのだ。この確信を持った様子に、祖母自身も美しい娼婦でその出会いによって夫に求婚されたのだろうと思わざるをえない。その夫は他の男に渡さないようにジャングルの奥に自分をとじこめたらしい。その女の武器を最大限に使って稼げという祖母の逞しい信念。この姿が男優が演じるからこその存在感がいい。元々白石加代子がキャスティングされていたという話も聞いていたが、この役は女優が演じると生々しすぎるのではないかとも思ってしまった。この作り物感こそが救いだ。

エレンディラにオーディションで選ばれた美波はNODAMAP「贋作・罪と罰」で初見。松たか子の三条英の妹・智を好演していた。だからこのキャスティングには確信があった。フランス人とのハーフという大きな目の目立つ顔立ちとスリムな身体。まさに高級娼婦役にふさわしい。バスタブの場面では肌色のショーツはつけていたが、後ろ姿の裸身は何もつけていない。前張だけの大熱演だと思う。小さな可愛い胸も好ましい。おばあちゃんの作り物の裸身とエレンディラの本物の裸身、鯨のような肥満体とスリムな身体、老いと若さ、支配と服従。この対比がくっきりする。

そこにおばあちゃんと共通のワユ族の血が半分流れる若者ウリセス(父がオランダ人)が現れる。エレンディラにもその血が流れていて運命の出会い。ただのお客ではない、ウリセスの背中には翼が見える。この出会いから二人の人生は大きく変わっていく。
最初にエレンディラを祖母の拘束から解き放ったのはキリスト教の伝道僧たち。売春をとがめ、エレンディラを修道院に隔離する。祖母は異教徒たちの勝手なふるまいに激怒するが、知恵をめぐらせて結婚させるといえば解放するだろうという作戦をたてる。ここがおばあちゃんの逞しいところの見せ場でもある。生きるための価値観は多様なのだ。修道院での生活に満足していた彼女は結婚という名のもとに自分を追い払おうとした僧や尼僧たちが信じられない。見ず知らずの男に嫁ぐくらいなら祖母との暮らしを自ら選ぶと叫ぶ。ここの場面、一瞬驚くが一呼吸でなぁるほどとなる。

ウリセスの中川晃教、登場からハッとした。金色のメッシュが入った茶髪が似合っているのもあるが、あ、大人の男の顔になっていると思った。だからエレンディラの裸の胸に顔を埋めるウリセスに無理がない。まぁメイクラブの動きはまだまだ硬いが、これは「怪談」の菊之助も同様だったから別にそんなに問題でもない。ふたりの恋のせつなさがはっきりと伝わってくる。ウリセスは家業を手伝っていたがやはり恋を実らせることを決意し、父親の手をふりきるように出て行く。しかしその姿は生霊のようである。ワユ族である母はそのことを知っていた。
駆け落ちの場面には思わず応援モードで見入っていたが失敗。祖母は政治家にも賄賂を使って軍隊にも協力させ、その操作網に引っかかってしまう二人。連れ戻されてエレンディラの足はベッドに長い鎖でつながれる。

エレンディラの隊列はついに海に到達。生まれて初めて海を見たエレンディラはある決意を固める。自ら熱湯で祖母を殺そうとするが未遂で終る。ウリセスをけしかけての計画も一度ならずに二度もうまくいかない(シアターブラバのストーリーにピアノが爆発というのはリュートのような弦楽器になっていた)。毒もダメ、爆薬もダメ、おばあちゃんは不死身のようだ。ついにエレンディラはウリセスに刃を握らせて殺害。ところがウリセスを残して祖母の金の延べ棒を抱いてエレンディラはひとりでどこかに走り去る。ウリセスは残されて30年~というわけだ。

そこにこの伝承を30年前に小説に書いたガルシア・マルケスと思われる作家があらわれる。この話の結末のあやふやさを確かめに旅してきていたのだ。翼をつけた老人も引取り、丘の上の娼館に取材にいくと、歴代エレンディラと名乗る女将のひとりが死の床にあった。死んだおばあちゃんそっくりのエレンディラに質問すると真実が語られる。祖母を殺したのはウリセスではなく自分だと。老いたウリセスが近づくとふたりは若いふたりとなり、魂同士の会話となる。ウリセスの魂を感じながら自分が祖母を殺したのだと真実を語り、再会の喜びとともに二人の魂は昇天していくのだ。

物語の狂言回しは何人もいる。冒頭からの老人の品川徹の淡々とした語りは奇妙な物語を落ち着いて観ていくのにとても効果的。テントについて歩く写真屋のあがた森魚もそういう役割もある感じだ。三幕でやっと登場の作家の國村隼は雰囲気はいいが、私がサイドの席のせいもあろうが台詞がききとりにくかったのが残念。とにかく物語の重層性はこんなところにも感じられる。

今回初めてこの劇場の舞台の奥行きの深さを思い知った。エレンディラのベッドは4本足のローラーで動く。巨大なテント思わせる幕も足にローラーがついている。何種類ものトラックも4人の男手で動く。奥が深く暗く続いている空間をのぞかせながら、舞台の上を回るように動く物たち。暗転をほとんど使わずに舞台上の物は何人もが出てセットしたり引き上げたり。それがちっともうるさくない。
「見世物祝祭劇」とうたうように、エレンディラのテントが行くところ人が集まるところにいる大道芸人たちもくるくる回っている。人の世も人の気持ちもくるくる回っていくのかもしれない。

蜷川幸雄の舞台で成功した手法がこれでもかと繰り出される贅沢さが嬉しい。天井から裸電球がぶら下がるのは市村正親がこの劇場で主演した「ハムレット」。雨を降らせるのは「オレステス」。雨音は1列だしうるさくはない。その都度、舞台の排水溝に流れ込むのを何人もで雑巾まで使って拭き取っているのも面白い。何やら白い羽根も降ったところもあったような。
そしてラストの場面。ここの蜷川幸雄の演出の見事さに涙がじわっと湧いてしまった。南米の海は7月歌舞伎座の「十二夜」の再演で使われた波布。向こうに走るエレンディラのベッドを波布の中を浮いつ沈みつ汚れた翼を広げたウリセスが追いかける。舞台奥には大きなまっ赤な太陽と空の大きな幕。その幕が切って落とされる。奥からクレーンに乗った中川ウリセスが白い翼を広げて手前に向かって羽ばたいている。エレンディラのベッドは客席に向かっている。一瞬で180度の転換!波布の手法、身替りの手法、背景の幕を落とす手法!!!ふたつの魂の飛翔の表現にこんな素敵な手法があったとは・・・・・・蜷川さん、素晴らしいよ(T-T)

そういう御馴染みの成功手法も蜷川幸雄のイメージを具現化すべくスタッフが知恵と力であみ出したわけで、面白い手法は何度でも惜しむことなく見せてくれていい。いつもいつも新しいものばかりにしなくていい。今回も成功したモチーフをなにげなくちりばめながら、南米のノーベル賞作家の不思議な世界を新鮮に描ききってくれた。マイケル・ナイマンもその舞台演出の場にともにたちながら音楽をつくったのだという。そのリリカルなメロディがこの不思議な物語をファンタジーとして包み込んでいた。
ガルシア・マルケス×蜷川幸雄×マイケル・ナイマンの世界に酔いしれてフラフラと帰途をたどったのだった。

彩の国芸術劇場の公式サイトの「エレンディラ」情報はこちら。写真もそちらから。
追記
①原作も読まれて前楽・千穐楽とご覧になった「瓔珞の音」の恭穂さんのレポが素晴らしいのでご紹介させていただく。
②南米を舞台にした雰囲気が似たところがある作品をどこかで観たと思ったら「蜘蛛女のキス」だった。そういえば今回の舞台にもエレンディラのテントの周りの見世物小屋に‘蜘蛛女’いたっけ。(「蜘蛛女のキス」のウィキペディアの項)TVで映画版も観たが、ミュージカル版の市村正親モリーナが可愛かったなぁ。


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17 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (hitomi)
2007-09-03 09:45:38
ご紹介ありがとうございます。名古屋公演迷っていました。中川君はモーッアルト素晴らしかったので注目しています。
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まだ迷っています・・。 (かずりん)
2007-09-03 10:26:13
四時間・・・が気になって
まだ迷っています。歌わないアッキーにも
迷っています。
・・・が、
>「すごいよ蜷川さん!」と感動の電話をくれたので・・
ぎゃ~~~♪心再びグラグラですぅ~~~。
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ベクトル違うみたい (harumichin)
2007-09-03 16:48:03
今回、4時間が長いとは思いませんでしたが..
原作/演出とはベクトルが,合いませんでした。
舞台の出演者の頑張りには、拍手だったのですが。
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Unknown (hitomi)
2007-09-03 20:59:00
4時間ですか。2階席、買ってしまいました。楽しみです。
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皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2007-09-04 02:10:57
★hitomiさま
最初のコメントから前のコメントの間にチケット手配されたんですね。蜷川さんの舞台の営業部ボランティアをやってますね、私。原作は短編らしいですが別の短編からも少し補ってつくった脚本みたいです。とにかく南米の雰囲気が濃厚に漂っていて、その中にたゆとう感じでした。不思議に長くは感じなかったです。一見の価値はあります。
玉三郎の記事に私がコメントしたんですよね。TBも有難うございましたm(_ _)m
★かずりん様
>歌わないアッキー......2曲歌いますよ。でも歌い上げるという感じではないです。翼が生えた青年=中川晃教というキャスティングに納得した舞台です。少年から大人の男への変化を感じました。小栗旬の上半身よりもしっかりしていて美波ちゃんとのメイクラブも自然で合格。美波ちゃんの裸身は不思議でした。これはかずりんさん、安い席でもいいから観てくださいな。南米への不思議な旅にご招待します(^O^)/
★harumichinさま
>原作/演出とはベクトルが,合いませんでした......やはり好みが分かれる舞台だと思います。
美波のエレンディラと瑳川哲朗のおばあちゃんの対照性が面白かったです。美と醜、若さと老い、服従と支配。それが死の床ではあのエレンディラも年老いておばあちゃんそっくりになっているという時の残酷さ。おばあちゃんがアマディスを愛したこととエレンディラがウリセスを愛したことに共通性も見え、同じワユ族の血が流れている女だと思いました。
ウリセスも中川くんと老人役の人で思いっきり美醜の対照をつけた。このへんも全て原作由来だと思います。とにかく南米のノーベル賞作家の作品の世界はこれまでの私の世界から大きくはみ出すものでした。ナイマンの音楽も初体験。これまでの自分の価値観を破った世界の陶酔感で人恋しくなってしまい、思わず実家に帰ってしまいました(娘が法事でいなかったので)(^^ゞ
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こんばんは~♪ (真聖)
2007-09-05 01:44:17
TBありがとうございました。
私のほうは上手くいかなかったのでコメントのみでごめんね~

この演目、私は気に入りましたよ♪
やっぱり、これはアッキーが演じて正解だったと思います。
○っちゃんに、ラストの意味聞いて少し理解できました。

モーツアルト、それぞれ一回ずつは取りましたがやはり増やしそうな予感です。
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★真聖さま (ぴかちゅう)
2007-09-05 01:53:13
コメント有難うございますm(_ _)m
TB、ブログどうしの相性とかでうまくいかないことも少なくないようです。gooはコメントするときにURL欄があるのでそこに該当記事のURLを入れていただいている方もいます。よかったら真聖さんもその方法でやっていただくと嬉しいです。ご参考までに先にいただいたコメントをその方法で再送信してみました。イメージが湧きますでしょうか?

>アッキーが演じて正解......翼の生えた青年をやってもらうには本当にぴったりなキャスティングだと私もつくづく思いました。「モーツァルト!」一度は観ます!
それとナイマンの音楽も初体験でしたけど、とってもいい感じでした。「ピアノレッスン」以来の作風だそうで、DVDのレンタルででも観てみようかという気になっています。

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Unknown (真聖)
2007-09-05 22:01:27
こんばんは~

TBやってみますね。
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私も好きでした (花梨)
2007-09-06 00:19:25
こんばんは。この舞台、大好きです。
そしておばあちゃん役が男優さんだったのも、生々しくならないという意味で成功と、私も同意しました。
長いのも全く苦にはならなかったのですが、さすがに平日ソワレの観劇は、翌日がキツかったです(苦笑)
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素敵な舞台でしたね。 (恭穂)
2007-09-07 14:44:15
ぴかちゅうさん、こんにちは。
ご紹介、ありがとうございました。
この舞台は、待ちに待っていただけに思い入れがありすぎたのですが、その期待を裏切らない素敵な舞台だったと思います。エレンディラとおばあちゃんの対比、ぴかちゅうさんの記事を読んで、納得いたしました。あの長さはちょっときつかったですが、でも、あの長さがあったからこそ、表現できたものもあるのかもしれませんね。こちらもTBさせていただきました。また機会がありましたら、ぜひお茶などご一緒してくださいねv
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