歌舞伎座秀山祭も3年目。昼の部の感想を順不同ではあるが「日本振袖始」から書いていこう。
【日本振袖始(にほんふりそではじめ)】義太夫舞踊
「日本振袖始」は近松門左衛門作の八岐大蛇伝説を題材にした浄瑠璃。その五段目を玉三郎が10年前に新演出で初演したものの再演。
公式サイトによると
あらすじ・主な配役は以下の通り(公式サイトからほぼ引用)。
「瓊々杵尊の妃に定められた咲耶姫の姉の岩長姫(玉三郎)は、十握の宝剣を奪い、生贄に差し出された稲田姫(福助)を呑み込む。実はこの岩長姫こそ八岐の大蛇で、稲田姫と共に供えられた毒酒を飲んで酩酊し、ついに本性を顕すと、素盞鳴尊(染五郎)に討たれるのだった。」
舞台は七月夜の部の「高野聖」の時のようなゴツゴツした山の岩場の装置。奥には七月昼の部の「吉野山」の吉野川のような段のある流れが描かれている。
何やら冒頭から7月歌舞伎座公演のイメージを思い起こさせられる。
当初妃にすすめられた姉の岩長姫の醜さを嫌い、瓊々杵尊が美女で名高い妹の咲耶姫の方を妃にしたという神話は覚えている。その岩長姫がそのことを怨みに思い、蛇体となって八岐大蛇になったという設定らしい。今年の人身御供の稲田姫を連れてきた人々が語って聞かせる。
岩長姫がスッポンから登場すると「日の本のみめよい女子をほろぼしくれん」というようなことを言い放つ。美女という存在への怨みが強いらしい。
玉三郎は登場した時から強面の表情。赤姫の衣裳だが丸くけの帯。黒い帯には銀色の蛇の鱗模様。気絶している稲田姫を飲み込もうと口を開けると真っ黒!
ところが8つの甕に入っている酒の香りに引きつけられ、次々と飲み干していく。甕の口に顔を突っ込み腰を使って全身で酒を飲むしぐさがまさに蛇体!8つの甕はあちこちに離して置いてあり、一つ飲むごとに乱れていく様を舞踊で見せていく。そこで表情が次々に変化していくのが見事。
切なく哀しい表情になるのは、瓊々杵尊への断ち切れない妄執からか。この哀しい表情を見ていたら、「道成寺」の花子や「日高川入相花王」の清姫のイメージが湧きあがる。男への愛の妄執に蛇体になってしまった女の情念。これが岩長姫→八岐大蛇に重なる。そのせつなさを忘れたくて酒に溺れ、酔ってへらへらするような表情もみせる。
当初は金の小さめの扇子を酒を飲むしぐさに使ったりもしているが、義太夫が顔を紅に染めというようなくだりになると赤い模様入りの大きな扇子に持ち替えて顔の前にかざしたりもする。うう、きめが細かい!
ついに全てを飲み干して、獲物に襲い掛かる。稲田姫も正気に戻り必死で抵抗する。飲み込んでしまうまでの岩長姫の玉三郎の顔の大胆なくずし方にびっくりする。目を見開き口をカッと開いて妖怪そのもの。妖怪人間ベラを思い出してしまった~。
黒雲模様の薄物を活用して大蛇の大きな口で飲み込むように見せ、岩穴の奥に引っ込むところも見どころ十分。
上手の竹本・囃方連中もいつもの玉三郎のご指名陣。幕で隠されて下手側に大薩摩のお二人が登場。玉三郎の早替りの時間をつなぐ。
再び竹本に切り替わり、素盞鳴尊の染五郎と本性を現した八岐大蛇との立ち回りとなる。岩穴から鱗模様の衣裳と黒いカシラに隈取をつけた8人が八頭を持つ八岐大蛇として登場。メインの玉三郎のカシラには白い色の毛も混じる。手には先がTの字になった棒を持ち、他の七つの蛇頭を操る。7人はそれぞれ動いて蛇頭になったり、蛇籠になって蛇体を現したり。配役は筋書を買っていないのでわからないが、動きのいい若手を玉三郎が指名したのだろうと思われる。
尊の計略で酒に仕込まれた毒の効き目も現れて弱ったところをとどめを刺される八岐大蛇。腹からは稲田姫と先に奪われていた十握の剣も取り出され、めでたしめでたしの大団円。
玉三郎が赤い台に上がり、7人が蛇籠になり、明るくなって染五郎、福助も正面を向いて絵面に極まっての見得で幕切れ。
歌舞伎座での玉三郎の舞台をこの間きちんと観ていると、過去の舞台のいろいろのイメージが連なって広がっていく。こういう効果もきちんとねらっての今回の舞台だったと思えるが、いかがなものだろうか。
予想以上に玉三郎ワールドとして楽しめた「日本振袖始」だった。玉三郎ファンは幕見でもいいからご覧になることをおすすめしたい。
写真は歌舞伎会『ほうおう』掲載の玉三郎の写真を携帯で撮影。
9/7昼の部②「竜馬がゆく 風雲篇」
9/7昼の部③「逆櫓」
9/19夜の部①初代の写真、中幕「鳥羽絵」
9/19夜の部②「盛綱陣屋」