ぱたの関心空間

関心空間と徒然なるままに。

余命一ヶ月の花嫁@TOHOシネマズ二条

2009-06-01 09:50:00 | 映画感想
恥ずかしい。
映画を見終わって、トイレで鏡見たら目が真っ赤。
いや、恥ずかしい。
上映中の館内は暗くて平気なんだけどねー。

上映後、逃げるようにスタスタ歩いていたさらりーまんは儂です。

さて。
実は。

今からミモフタモないレビューを書こうとしている。 むふふふ。

だから、

映画を見て、諸手を挙げて 「めちゃめちゃ良かったよ~~~」
と仰る方は、読まない方が良いかもです。(^^;)


えっと、 何がいけなかったかというと。。。

ぢつは、前日の晩にテレビのドキュメンタリー、つまりモデルになっている長島千恵さん本人のドキュメンタリーを見てしまったのだな。 これが。

現実の話の重みは、作られたものの説得力とは比べ物にならない。
いやもー、当たり前なんだけども。

それを見た直後での映画じゃぁ、どうしても作り物っぽく感じられてしまうのだ。(っていうか、作り物なのですが。。。)

おまけに今回は本も読んだ後だったし。。。

だから、
期待に反して軽い。作りこみが薄い。メッセージが弱い。
と、いう感想を抱いてしまうわけです。

そうなのだ、
映画である以上、ドキュメンタリーを単にリメイクしたって意味がない。
当然映画のオリジナル部分とか映画独特の構成とか演出がされるわけです。かといって、全く違う話にしてしまっても意味がない。
こりゃぁ難しい。
当然、再構成する中で映画的に都合がいい部分が付け足され、そうでない部分は削除される。
その過程で実話を知っている人は、現実と違うその事自体に違和感を覚えてしまうのだ。

端的に言うと。
映画は、至極明快な純愛モノなわけです。
映画的なご都合のテンションの起伏でクライマックスの結婚式に繋げていく。
ドラマのごく一般的なパターンにあわせて。
そりゃぁ大衆受けするものでないと意味がないからね。

だから、「アカン」と言っているわけではないのですよ。

むしろ、それで正解かなと。
そうあって良かったかなと。

単純化すれば、そもそも彼女がテレビの取材を受け、ドキュメンタリーになったのは、
 > 若くして癌になるケースは少なくないが健診を受ける機会があまりない。
 > しかも、若くしてかかると進行が早く、再発の危険性も高い
 > でもそんな事あまり知られてないし、他人事だと思って健診を受けない人も多い
 > それで、自分のようになって苦しむ人が少しでも少なくなるよう、この事実に気づく人が増えてくれれば。
そんな願いを込めていたわけですよ。

映画が話題になって見てもらえる、それによって、千恵さんの願いが多くの人に伝わっていく。
これが、彼女の願いを叶えるのにもっとも効果的な方法の一つであったことは間違いないのです。

だって、
そもそも儂だってこのお話知らなかったもの、数ヶ月前まで(苦笑)。
映画化されることでこのお話の露出が増えて、そのお陰で儂も本を手にとって読んだのだから、間違いなく、こういった商業主義的な(^^)映画になった事は意味があると。

が、しかし。
やっぱり
「明快な純愛モノ」
では伝えて欲しいこと全てを伝えていることにはなっていない、っつー不満があるわけですわ、ここには。

例えば結婚式から彼女がなくなるまでに約一ヶ月の時間がある。映画ではその一ヶ月が空白だけど(実際にはその間のエピソードを結婚式前に持ってきているけれど)、その間にも癌の症状は進行し、彼女と彼女の周りにいる人たちの奮闘は続くわけです。決してきれいごとでは済まない事もあるし、だからこそ、その時間がとても意味があるものだと思うのですね。本やドキュメントではそこらへんも丁寧に綴られています。
他にも、彼氏である太郎さんの気持ちとか、お父さんの苦悩とか、結婚式会場を手配した桃子さんの奮闘とか。そういった大事なものが、映画という短い尺の中では掬い上げきれていないわけです。残念ながら。

えと、
映画の話から離れますが。。。
そもそも儂が最初に本を読み始めた時の違和感にも通じているのです。
本を手にとった時に直ぐ気になったのはTBSが出しているという事。「なんだか商業主義の匂いがするぞ、これ」みたいな。
#番組でドキュメントとして取り上げてからの単行本化だから別におかしなことではないんやけどね。
そもそもTBSも企業ですから、儲けなくちゃ意味がない。けれど、儂らの道徳観として、美談で儲ける拝金主義への嫌悪感っていうのはあるわけで、警戒しながら本を読み始めてしまった儂。
しかし、メディアの力を借りることでこの美談も彼女のメッセージもきちんと私たちの元に届けられる。

ドキュメンタリーの時点で終わりにするという選択肢もあったのだろうけど、さらに多くの人に伝えたいと考えれば、大衆性を獲得する変わりに、商業ベースに乗って軽いテイストになることは引き換え条件みたいなものなのでしょう。
メディアだってボランティアでやっているわけじゃないからね。

それを踏まえた上で敢えて言いますよ。
本もドキュメンタリーも見ていない人は、是非見に行ってください。

本もドキュメンタリーも見た人は。。。。。   割り切って見ましょう(^^)

#アブナイアブナイ、あやうく営業妨害するところだった(汗)


もう一つの心配事。

あぁ、もうこれは余計なお世話以外のナニモノでもないのだけれど。

彼女の恋人はこの後どうやって生きていくのだろう。
と。

これだけ、メディアにも取り上げられ(映画の宣伝で、本人がテレビに出てるのも見るし)表舞台に立ってしまった彼。そして、キャンペーン活動に奔走する彼。
願わくば、彼には今後、千恵さんとはべつの彼女が出来て別の幸せも見つけてもらいたいのだけど。
#ホントにいい人そうな感じだし

もちろん今すぐに、ってわけじゃなくてね。 気持ちの整理が出来るようになって、十数年とか経ってからでいいのだけど。
これだけ周囲にも悲劇の主人公と崇められてしまうと、次の幸せに気持ちを傾ける時に、世間の彼に対しての視線という呪縛がキツイのでないかと、そんな要らん心配をしてしまっている儂であります。

さて、
ぶーぶー文句言う儂ですが、2008年にあった全国キャラバン健診では3千余人の受診者のうち10人に癌の疑いが発見され、少なくとも2人(本人から連絡があったケースのみなので)は実際乳がんだったという、その事実の前では黙るしかないわけです。
彼女のお陰で、少なくとも2つの悲劇は回避されたのだと。

病気は進行してからでは遅く、早期発見早期治療が大事。
そんな事、頭では分かっていてもなかなか出来ないのが事実。
だからこそキッカケが大切なんだ。

映画によって、より多くの悲劇が繰り返されずに済む事を願います。。

ありがとう。
自身の身をもって儂らに訴えかけ続けてくれる千恵さんの勇気と願いに感謝。

「みなさんに 明日が来ることは奇跡です。
 それを知っているだけで、日常は幸せなことだらけで溢れています。」

ホントだね。
ホントにそうだね。

気づかせてくれてありがとう。今日も儂らはたいせつな奇跡の日々を生きています。

千恵さんの想いが、もっと多くの人に、素直に受け入れられていくことを願います。

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