この世界の片隅に
この感想は映画を二回観て、ノベライズを読んで、結局原作漫画も読んで、さらにサントラまで購入した後、さらにずーっと時間が経過してから書いてたりするので、観た時の感想からだいぶ変わっているかと思います。あしからず。
しかし、映画を観終わってから、こんなに何度も何度も映画の事をあれこれと思い出したり考えたり頭の中でぐるぐると考えを巡らせる映画というのはそうないような気がします。
なんだか、映画見てしばらくは寝ても覚めてもすずさんの声をどっかで聞いていた気がする。
さて、最初にざっくり言っちゃうと、この映画の魅力、多分映画全体を覆っている温かさなんじゃないかな、と思うのですね。
簡単に映画を紹介すれば、ちょっとボーっとした主人公が、戦時下で戦禍に巻き込まれながらも日常を生きる姿を描いた作品。言葉にすればたかがそれだけの事。なのにこれだけ印象深く、いつまでも頭の中で反芻してしまうのはなぜだろう、と思うわけです。
「たかがそれだけの事」と書きながら後から否定するようで恐縮ですが、表面的にはそんな風に見えても実際には全然そんなんちゃう。とてつもなくいろいろなことが、さりげなくいろいろなシーンに散りばめられている。何気なく観ている儂らだけれど、気づかないうちにその色んなことが心のひだに引っかかっている事に後から後から気づく、でも映画全体イメージはその温かさというオブラートに包まれて優しいまんまな感じ。
いや、そんなん言うてる儂やけど、映画二回観てるくせに、実は映画のそのいろいろぜーんぜん気付けていない事に、例えば細馬宏通さんが書いたこの
マンバ通信ってところhttps://magazine.manba.co.jp/2016/11/28/hosoma-konosekai01/ の連載読んだら気づかされる。全然ダメじゃん、儂。
%ちなみ細馬さんは近いうちに「こ世界の片隅に」についての本も出すらしい、ヤバイ、買っちゃいそう。。。
しかし、なんだろうね。
内容的に、戦争の重苦しさや深刻さは勿論あるけれど、それだけではない。勿論だからと言って終始のほほんだけで通しているわけでは当然ない。両方が、若しくはそれ以外のいろんなものが混在するという現実的な感じが共感を呼ぶのかもしれない。だって、それが儂ら人間のリアルだもんね。たとえ辛い状況でも笑いのあるような日常は常にある。そういえば、リアリズムにこだわった、と監督がどこかで言っていたな。
歴史を教科書の中で学んでしまう儂らはついつい忘れがちなんだ。まるで人々の日常まで時代の流れでぶった切られているかのようにイメージしてしまいそうだけれど、そこに生きている生身の人間にとっちゃひと続きの時間の流れの些細な変化でしかなかったりするわけだ。
そう、敗戦で全てがリセットされるのかといえば、そんなわけはない。戦争は終わっても人々の日常は終わらない。生き残った人間は生きる事の中で明日への活路を見出していく。希望はちゃんと日常の中にあるんだなー。
登場人物の中ではやっぱり主人公であるすずさんに気持ちが入るけれど、日を追うごとに気になってくるのは径子。
映画の中で一番の哀しみを抱えているのは径子なのだと思う。サバサバしている彼女は感情を溜め込むタイプなのだろう。敗戦の詔を聴いた後の彼女の慟哭は一番見るのが辛いシーンでもある。
一方ですずの敗戦の日の怒りは逆に清々しささえ覚えるほどだ。不思議な事に。
敗戦の詔を聴いた後、怒りにまかせて走り出したすずさんはこう叫び、悲嘆する。
「そんなん覚悟の上じゃないんかね。最後のひとりまで戦うんじゃなかったんかね?今ここへまだ五人おるのに。まだ左手も両足も残っとるのに!」
「暴力で従えとった言うことか。じゃけぇ暴力に屈するいうことかね、それがこの国の正体かね。」
「ああ、海の向こうから来たお米、大豆。そんなもんでできとるんじゃなあ、うちは。」
「飛び去ってゆく。うちらのこれまでが。それでいいと思ってきたものが。だから我慢しようと思ってきたその理由が。この国から正義が飛び去ってゆく」
のほほんと日常に流されていただけに見えたすずさんが戦争の本質を看破してみせる。
いや、そういうすずさんの純粋さ故に、この現実の欺瞞を正直に吐露する事ができたのかもしれない。
性格、と言ってしまえばそれまでなのだけれど、のほほんとしているが故にいざとなれば吐き出せてしまえるすずさんと、さばさばしていると自覚しているが故に色んなものを抱え込んでしまうであろう径子。
敗戦の日の涙で吐き出すことのできたすずさんは逆にさばさばと気持ちを切り替えて戦後を歩み始める。やり場のない辛さを抱える径子は戦後も晴美さんという哀しみを引きずり続ける。
そんなイメージ。物語の最後に現れる広島の少女が径子のふたがれた心を解き放ってくれる事を切に願う。
あと、時間の制約とか考えれば仕方がないとは思うけれど、リンの登場場面が限られていたのは残念。というか 、彼女はこの映画でかなり重要な存在だと思う。小説版とか原作を読んだからわかるけれど、周作さんとリンの関係、紅の意味とか、映画だけではわからないでしょう?なんですずが周作さんに「リンさんを探して」と言ったかとか。
にしても最後のタネ明かし?にはちょっと驚いた。
映画を観た時点ではコミックまだ読んでなかったからね。