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ぱたの関心空間

関心空間と徒然なるままに。

被爆80年企画展示ヒロシマ1945 @ 東京都写真美術館

2025-08-13 21:51:36 | 展覧会とかアートチックなもの


8月は祈りの季節である。
戦争の匂いとお盆が巡ってくる8月。
儂ら日本人は祈りと鎮魂と反省から逃れる事はできない。

今年も8月がやってきた。
あれから80年目の8月が。

さてこの企画展示。
「荻上チキsession」で紹介されていて、開催中なのは知っていた。
そーかー、東京かぁー、と展示会情報は聞き流していたけれど、あら、おら東京さ来たじゃんね。
いや、来るのは決まっていたのだけど、当然ながら別の用事があって、こちらに行く時間なんてないと思っていたのだ。
まぁ、諸般の事情により行ける事になったわけです。はい。

戦争の話をする時にざっくり2つの側面がある。と思われている。
加害の側面と被害の側面だ。
原爆の話は一般的には被害の側面って事になるのだけれど、よくよく掘り下げてみると単純にそれだけではない事もわかる。
たとえば原爆の被爆者は後々差別に苦しめられたわけだけど、その加害者もまた日本人なわけで。。。。
何事もスパッとわりきれるわけではない、それを最初に言い訳として書いておきたいな。
まぁ、何事もそうなのだけれど。

というわけで広島の原爆写真と映像の展覧会。
案内によれば報道機関が連携して展覧会をするのは初めての事らしい。
被爆後の広島の映像があった事も今回初めて知った。



原爆投下後の写真や被爆した人の写真など、当然いくつかは見た事がある。見たことのある写真も何枚もあるけれど見たことのない写真も何枚もあった。
あらためてその惨たらしさが蘇る。写真をみながら何度も大きく深呼吸をしてしまう。
被爆者の写真に添えられる説明。撮影後2時間後に息を引き取るとか、翌日に死亡とか。助かっても若くして癌を発病して亡くなるとか。生と死の垣根についての儂らの常識がここには無い。
(もちろん、長生きされる方もいらっしゃる)



よく言われるのは、投下直後の写真はそう多くないという事。
そりゃあそうだ。そもそも当時カメラなど貴重品だし戦時下の統制もある。ましてあの混乱の最中に写真を撮るなどなかなかできるものでもない。
今回の展示の一つのフォーカスは撮影者にあるのだろう。展示写真の説明には撮影者の後日の回想やコメントもあったりする。混乱の最中に写真を撮る申し訳なさ、被災者にカメラを向けることの罪の意識、患者と目が合ってしまう時の苦悩。でも、彼らのおかげで、原爆の実像を見ることができる。ありがとう。

多面的に語られる一つには報道写真としてのそれとか。
被害の実相を写しながらも、まだ戦意を鼓舞するために被害を少なく装う写真ややらせのような写真を使う報道機関。検閲下ではわからなくも無いが。そして戦後の自由な報道の解禁と一転してGHQのプレスコード統制。また、統制下でネガを守る努力とかそれでも真実を伝えようとする努力とか。
さらに連合国軍の調査への同行で報道のためでは無くアメリカの研究のための写真とか、被爆者の追跡調査のための写真とか。

写真は雄弁だな。

あと、今回知った事。
日本が原爆投下について国際法違反であると正式にアメリカに抗議したのは、スイスを通じて8月10日にした、その一回だけだと。
抗議すりゃ良いってもんでも無い。前向きな国際関係考えればそんな必要はない、とか言うのかな。わからなくはない。
でもねぇ。。。アメリカに逆らえない、今の日本の政治家を見てると、なんだかなぁ、って思っちゃうな。


THE ドラえもん展 OSAKA 2019 @ 大阪文化館・天保山

2019-09-14 12:06:33 | 展覧会とかアートチックなもの


前回のドラえもん展の時はまだサントリーミュージアムだった。
前回って2002年だったんだって。
うひゃー、マジか。そんなに前か!
蜷川実花さん昔も今もかわらーん、かわいいー!

って、見るべき場所はそこじゃない。

ん、まぁいくつかの作家さんはその2002年のものも一緒に並べたりしてね。
でも、違和感ないよねー。

さて、ドラえもん大好きパタくんである。
当然、ドラえもん展、隅から隅まで舐めるように見て回る所存。。。。であったが。

同行した4歳男子は早々に「もう帰ろうよ」「観覧車乗りに行こうよ」と言い始める。おぬしは松鶴家千代若師匠か!?

というわけで、じっくり一つ一つの作品を見たい儂にボカスカとパンチを繰り出して退出を促すちび助を抱っこしながらの鑑賞であったために、会場滞在時間はおよそ30分。映像作品とかさわりだけ見て終わりっスよ。ちー!

ま、そんな感じだったので印象に残っているのはどうしてもインパクトのあるものに。
しずかちゃんの洞窟とか、シャワーを浴びるエアしずかちゃんとか、水に濡れる巨大リアルしずかちゃんとか。
(いやキミ、どんだけしずかちゃん好きやねん)
映像作品で(多分)アニマル惑星の予告編オリジナルで作っちゃったヤツとかしりあがり寿さんのやっつけ感があるドラえもん一話分とか。ちゃんと見たかったな。
特にしりあがり寿さんの作品はオープニングの曲と本編開始のチョロっとだけしか見れなくてもうめちゃめちゃ消化不良。なんだあのやみつき系のオープニングは!?なんだ残念なニュースって!?悔しいから手ぬぐい買うたった。



ちなみに今回おみやげ購入はこれだけ。
ジャイアンTシャツ売ってて、ちび助に買ったげよか?って聞いたらものすごい勢いで「いらない!」って言われたし。まぁ、これ着てボェ〜って歌われても困るわけだが。

早々に会場を出たけれども、4歳男子が先にチェックしていたドラスパ(ドラえもんのたらこパスタ)食べたいというのでミュージアムカフェへ。
儂もドラゲリータを食べてちょっと満足。



その後、4歳男子は念願の天保山大観覧車にも乗って(ずーっと父にしがみついたままでしたが)ご満悦で帰りましたとさ。


「ギガタウン・イン・テラタウン こうの史代の漫符図譜」@京都国際マンガミュージアム

2019-01-27 23:00:29 | 展覧会とかアートチックなもの


こうの史代さんの新刊「ギガタウン漫符図譜」。
鳥獣戯画のキャラクターをモチーフに漫画で用いられるいろんな記号(漫符)を紹介する4コマ漫画。それを元にした企画展。

メイン展示はピックアップされた作品をパネルに起こして、その漫符についての説明や使用例の紹介。それとその漫符だけが描かれた透明なパネルがあるので、リアルな自分が漫符を使えちゃう、ほんでもってそれを撮ってよかったらSNSで公開してねって企画(#ギガテラ展 とか #gigateraten で検索可、でも意外とそういう写真はアップされていないものね)。あとは、その漫符が使われてる漫画を、館内からたくさん探してきて使用事例をみんなで集めちゃおう、ってなもの。

はっきり言いましょう。

1人で行くとちょっと寂しい。(ノ_<)

だってね、これ多分一番楽しいのは漫符の透明パネル使って写真撮るやつだと思うんですけど、当然ながら一人で行ったら写真撮れない(苦笑)。
館内から探してくる、ってのも友人とワイワイしながらやった方が楽しい。


仕方がないので元々用意されていたパネルだけを写したりなんかする。
コレ、うさぎとカエルだけの絵の手前に目線がぶつかったところで火花が散るクリアパネルがあって、本当はその間に人が入って漫画的表現を自分たちでリアルに表現できるのですよ。
んと、理解してもらえるかな(汗;)

まぁ、でも一人で行ってもさ、ぶっちゃけこうの史代さんの原作がめちゃめちゃウィットに富んでいて面白いので、十分に楽しめますけどね。

こうの史代さんは「この世界の片隅に」以前は「夕凪の街桜の国」をさわりだけ読んだ事があるくらいでそれ以外は全然知らなかったんだけど、すごい才能だと思うな。こういう企画で作品をチラチラ見るだけで結局全然読めていないのだけれど、作品のそれぞれが全然違うタイプのものを描くんよね。中身も濃いし細部へのこだわりがすごいし、笑いのセンスもとても良くって素直に面白いし。

というわけで本当は「ギガタウン」を買って帰るつもりでいたのに会場で原画を堪能してすっかり満足してしまった儂。軍資金が乏しかったので今回はギガタウンはちょっとパスして、代わりに買ったのはコチラ。


漫符の手ぬぐい!


あと、こちら。

本当は全部の作品を買って帰りたい!
(けど、金と時間がない。。。(/ _ ; ))


オーケストラ KYOTO! @ ローム・スクエア

2016-11-03 13:32:45 | 展覧会とかアートチックなもの


「東アジア文化都市2017京都」というイベントのプレイベント。

「東アジア文化都市」というイベントは、「東アジア域内の相互理解・連帯感の形成を促進するとともに、東アジアの多様な文化の国際発信力の強化を図ることを目指し(HP)」ているらしいんだけれど、そんな崇高な理念とは関係なしにただ単に面白そうだから参加する儂。

オーケストラ KYOTO!は所謂管弦楽団としてのオーケストラのイメージとはだいぶ違っている。幾つかの簡単な指揮のルールだけが決まっていて、それに合わせて思い思いの音を出して音楽の世界作っちゃうこころみ、とでも言ったら良いのかな。小学生からお年嵩まで、鍋・お玉からギターやトランペットまで、音楽に縁のない素人からプロのバイオリンまで。楽譜もなければプログラムもない行き当たりばったりのアドリブ(というか、思い思い)の連続。

まず、何よりも楽しかった!

いや、まぁ楽しかったんだけれど。
何が楽しいんだろうね。(おいおい)

なんの面白味もない言い方をしちゃえば、ちょっとのルールがあるだけのことで自由に音が出せるのに、なんかすごいものを演奏しているという一体感得られる恍惚。そして、それに参加するのに自分の楽器のスキルやセンスをちっとも気にする必要がないという自由さなんだと思う。

まぁ、そんな事は元々のオーケストラ FUKUSHIMA!で分かっていることなんだけど。

ただ、今回のオーケストラ KYOTO!では、2012年参加したフェスティバルFUKUSHIMA!の時とちょっと違う雰囲気を感じたのだ。なんというかあの場の空気のとてつもない温かさのようなもの。
後から考えてみれば、多分、参加者みんなが、その場の全てを注意深く見守って受け入れて一体になろうとしているような、そんな参加者の温かさだったんじゃないのかな。

もうちょっと具体的に言うと、あの場に参加していた自由奔放な子どもたちと音遊びの会の人たちの存在があったと思う。「マジメなオーケストラ」的なセンスから見ればはみ出してしまうような彼らの音や存在をあたり前のものとしてゆったりと、でも集中して受けとめようとしている空気感の心地よさと言えばいいのか。

いやいや、もっと簡単に言っちまおう。

あの場を支配していたのは「いいじゃんいいじゃん!コレもいいじゃん。OK、OK!ありだよあり」という寛容の雰囲気で纏まれる楽しさだったんじゃないのかな。

たくさんの人が集まれば、いろんな人がいるのは当たり前でその当たり前があるから楽しいのだと。

考えてみれば、これ世の中、社会全般と一緒だよね。
多様である事を認めて許容するから、世の中ってのは楽しいものでしょう?いろいろあって、それぞれに違う価値がある事を感じられるからこそ、自分自身も自信を持って自由に振る舞える事ができるんだ。
一方で異質なものをどんどん排除する世の中なんて、ギスギスして窮屈なもんさね。同じものだけしかないなんて、こんなにつまらない事はないさ。

演奏が終わって空を見上げれば虹。
儂ら人間が、どんなに頑張っていろんなものを作り上げたところで、自然の演出にはかなわないけれどね。


メトロ大學 シリーズ:311以後を生きる『プロジェクトFUKUSHIMA!レポート 〜社会とアートについて〜』@京都クラブメトロ

2012-01-21 17:54:29 | 展覧会とかアートチックなもの
また悪いクセだ。
もう二週間も経ってから感想を書こうとしている。
#細かい事はもうじぇんじぇん覚えていないよ~、メトロの後,、知り合いとの新年会だったしな~

でも書く。書かなくては。

一応、先に備忘録代わりにツイッターで

>福島出身の大友さんの立ち位置での話を聞けたことはとても重要。キーワード「一つ上の民主主義」・「意識されない差別のきつさ」・「『福島は元気』じゃない」・「いくつもの分断」。

なんてつぶやいておいたけれども、ツイッターじゃ結局流れて行っちゃうからなぁ。
ちゃんと書きとめておかないとバカだから結局忘れちゃいそうで怖いのだ。

今回のメトロ大學は去年の8月15日に福島で行われた、世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!の仕掛け人である大友良英さんを迎え、高嶺格さんと小崎哲哉さんの3人による鼎談という事になっている。
因みに、高嶺さんと小崎さんという方は存じ上げませんでした。ごめんなさい。(言わなくていい?)

小雨そぼ降る21日。
ちょと遅れて入ったメトロですが「前の方空いてますよ~」との声に唆され、最前列のいすに座っちゃう。
既にステージ上ではオーケストラFUKUSHIMA! - LIVE @ 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!の映像をみせながら、大友良英さんがちょこちょこと解説を加えているところ。

この8月15日のライブの事は、儂全然知らなかった。当日もツイッターのTLで見かけてで最後の渋さ知らズだけリアルタイムで見たのだ。
その後、だいぶ暫くしてから、YOUTUBEでなんかの映像を探してて、このオーケストラFUKUSHIMAに辿り着いた。その時のショックといったら!
合奏、と言っても全員できちんとした旋律を奏でるというものじゃない。多少はあったのかもしれないけれど、全体としてはリズムと自由な音の重なりの大洪水。それを大友良英さんが指揮(というより合図)で操るのだ。え゛、いったい何人いるの?プロからおそらくアマチュアであろう無名の人たちまで。小学生くらいと思しき子どもから、かなりのお年嵩まで。ギターもいればホーンもいる、けどピアニカ?リコーダーか?なんですか?その弓みたいない奴は?えと・・・風鈴!?(爆)。 そしておびただしいパーカッション群!!! 
渋さ知らズが好きで(渋さメンバーも参加)儂自身もお遊び程度に楽器をしている身でもある、何よりも羨ましかったのだ、その一体化した昂揚感が。

一体、なんなんだ?これだけの人を集めて。福島だぞ、原発の事故で放射能汚染が問題視されている場所やぞ。そこでなんでこんなイベントが?
後で調べたら、放射能対策もしてる、NHKの放射能汚染地図で一躍有名になった木村真三さんを迎えて。なんともなんともでかい風呂敷(縫い合わせたもの)を用意したりしている。それもただ単にライブイベントをするっていうだけじゃなくて、こんな風に地域を巻き込んだ形でのイベントだ。それが通り一遍のイベントじゃない事は参加してる人たちの顔をみれば分かるような気がする。

いや、これはホントにただの音楽フェスじゃぁない。
それだけはYOUTUBEの映像でも十分に分かった。
それはわかったが、その理由については謎のままだった。

結論めいているけど、仕掛け人である大友さんがちゃんと福島の地に足の着いている方であり、臨機応変にきちんとコーディネートできてるからなのだな。
あ、ダメだ。言葉にしたら陳腐だ(^^ゞ

さて、
メトロ大學の進行としては大友さんが3月11日以降、どのように考え行動し、このイベントに結び付け、そしてその後どうしていこうとしているか(どうする予定か)という時系列の話を中心に高嶺さんと小崎さんが質問したり、話を展開したりという感じ。

詳しい事は書かないけど(忘れてるけど)、大事なことは、福島出身である大友さん自身が直接福島に戻り、人と会って話をして、その先にこのイベントがあったという事。そう聞くと、このイベント自体が必然のようにも思えてくる。
大友さんが福島に初期に入り、「話を聞くとみんな疲れ果ててる、ほとんど鬱だ」みたいに言う、そのリアル。儂らがマスコミの報道だけ見聞きしているだけでは、決して伝わってこない現地の人たちの顔がきちんとそこにある。

「福島、全然元気じゃないよ!」
(福島県が進めようとしている、福島は元気だ、と喧伝しようとしているキャンペーンに対しての発言)

耳触りのいいキャッチコピーなんかてんで役に立ちはしない。風評被害を煽るだけだ。
本当のありのままの姿がみられない事には、儂らが福島をイメージして支援する事なんか出来っこない。

例えば岩上安身さんのIWJがやっている百人百話のように、直接福島にいる人に聞かないとわからないリアルを意識するというのは本当に大事な事なのだ。
っつーか、みんな何故か忘れているような気がするけれどそれこそ当たり前の事なのだ。

あと、キーワードに上げた一つ、「一つ上の民主主義」

311の後、明らかに一部では政治に対して主体的な動きが大きくなった。
でもモノ足りない。
なんだかもう一つスコーンと突き抜ける何かが欲しい、そう感じていた。
が、それをどう表現したものか?わからないままもやもやしたものを抱えていた。

それを大友さんがこう表現してくれたと感じたのだ。

なんていったらいいのかな。
今はまだ、みんな表面的な事に対して文句を言ったり意見を言ったりする段階だと思う。でも、それだけでこの国が、社会が変化するとは到底思えないのね。

一つには、物事はいろいろつながりが合って、その表面的な物事になるのであって、儂らはもっともっと個人個人が繋がってそのうえで大きな繋がりの中で問題も考えて行かなくてはいけないという事。
一つには、大きな時間軸で考えないと物事は最終的に解決につながらないという事。もちろん短いスパンも大切なんだけど、中期的、長期的な視点が同等に扱われないと絶対ダメよね。
一つには、その変化を起こすためには事象の裏に隠れている(?)システム(というか、利権とか人脈とか構造とか力関係とか)があって、それを変える為の効率的な部分にみんなの目が行くという事。
一つには、個人のパラダイムが変化する事。利己主義にもいろいろあるんだけど、その利己主義が全体とつながった時に現れるパラダイムがあると思っている。

ちょっと、自分の中でまだ整理しきれていないから、ぱっと思い浮かんだままで書いていて恐縮だけど、大友さんがもっとウマい感じで表現してたんだけどなぁ、なんだっけなぁ(をい!)
#だから、すぐに書けって(心の中で自分に)言っているんだ!あかん、クロニクルFUKUSHIMA 読もう
大友さんの去年のプロジェクトはそういったものが有機的に繋がった好例だというのが話を聞いててもひしひしと伝わってきたし、だからこそ大友さん自身も「一つ上の民主主義」って言葉が出てきたんじゃないのかな。

#「民主主義」って言葉は多分に政治的だけど、儂らが社会の中で何かをなそうとする事それ自体が政治的行為だと言えますよね。堅い言葉でちょっと敷居高く感じるかもしれないけれど、本当はそんなフツーの事だと思うんですね。

大事なのはイメージする事と気付く事かな、と。

「意識されない差別のきつさ」・「いくつもの分断」と書きましたが、善意で言ってるつもりのセリフが逆に差別する(差別されてるという意識に繋がってしまうという)事があったり、本来責任を取らなくてはいけない東電や政府に向けられるべき怒りが、人々を分断してしまうという事例にイヤといういうほどぶち当たりましたよ、この一年間。

これを乗り越える為に確かに必要な事の一つなんじゃないのかな、イメージする事と気付く事(若しくは気付いてない事があるかもしれないという感覚を常に持って意識する事)。

間違いなく言えることは、

・去年の3月11日を踏まえ、儂らは絶対に今までの通りではいられないという事。

・そこから目を背け、まるで今までと何も変わらないかのようにふるまって生活するという選択肢は基本的にあり得ないという事。

・新しい時代に適応する為には、どうやら大きな意識の転換が必要であるという事。

これくらいの事はもう疑いがないと思うのだけど、如何ですか?


メトロ大學 シリーズ:311以後を生きる『プロジェクトFUKUSHIMA!レポート 〜社会とアートについて〜』@京都クラブメトロの画像