光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

白雲が流れている。9月5日の火星と土星の画像。

2014-09-06 13:59:05 | 星空・天体・宇宙
  毎日といっていいほど、気象庁のホームページを眺めている。


  もう少し大きくてもいいと思うが、割とこじんまりとした日本の地図がある。

  北に北海道で、本州があり、四国があって、九州があるが、列島の国だけに島々も入れると

  どのくらいの数になるか。

  そんな島もあるのかというところである。


  島の名前で知っているのは、佐渡と、淡路くらいかな。すぐに思い浮かぶのはその二つ。

  名を聞くとあーそこは日本、というのが出るところはあるが、境界辺りというか、特に太平洋側は

  まったくわからないといっていい。



  九州から沖縄へと続く島々も、名を聞くと、わかるがさて正確な位置はというとてんでわからなくなる。

  西表島というのがあるが、すぐに「いりおもて」と読めない。


  で、気象庁のホームページに戻ると、見ているのは住んでいるところだが、やはり本州が多い。

  都が付くのは、東京、府は大阪と京都。あとは県。いや北海道を忘れていた。



  北海道は県でなく、府でも都でもなく、「道」でここで何にも思わない人も多いと思うが、普段私も

  その一人だが、北海道は、北海といわれることなく、ほとんどの場合、道がつく。

  東京都、東京、両方ありである。大阪も京都も、府が付いてもよく、なしでもいい。


  でも北海道は大きいが、北海とはいうときがない。いわれない。ヨーロッパの海に北海と呼ばれる

  海がある。それゆえ間違わないように、北海道ということになったわけでもないだろう。



  どうでもいいようなことをかいた。

  で、日本の都道府県の、境界線も引かれる。漢字で書けない、と思われる県名もあるが、空白でも

  ここは何県かは、いうことが出来る。島はわからないが。


  だがである。北海道にも、もう少し細かい行政区というのはあるが、これをぜんぜん覚えていない。

  言われてみると、そうかも知れない。その程度である。市の名で言われると、あそこだという

  ことになるが。


  稚内がどこか、根室海峡、襟裳岬。わからなくもない。でもその細かい行政区、たしか何か付く。これが

  思い付かない。

  ようやく地図を見て、何々支庁だというのがわかった。



  たぶん中学では、その名前を覚える必要はなかった。漢字も難しそうだし。高校だとどうか。

  まーいい。今、かなり古い地図を見て、何々支庁だというのがわかった。これがニュースなどで

  紹介されることは、滅多にないねー。

  不思議なものである。



  私は生まれは、神奈川県川崎市、となっている。これは戸籍謄本にもそうあるし、母からいい年に

  なってもらった、今も引き出しの中にある「臍の緒」を入れた箱にも、そうある。

  何でそんなところで生まれたかはわからない。

  3、4年いて、大阪に移った。それ以降、東京にいたこともあるが、そうゆうところがどの辺りか

  見に行ったこともない。


  恐らく跡形もなくなっていて、住宅地か何かになっているはずだ。沈んだとか、消えたという

  ことはないと思う。


  どっちだというと、穏やかなところに住んでいたようだが、昔の関東はもちろん寒かった。

  母も滅多にその話はしなかったが、隙間風は入るし、水も共同だし、何しろ不便この上ないところ。

  それは会社の寮で、いっとき、父の妹もそこにいたらしい。


  で、私にとって叔母になるその人とは、もちろんここのいえでもなんどか会うことになるが、

  その叔母は、ほとんど北海道にいて、旦那さんが定年になって、本州は仙台にすむことになる。


  その叔母とは大きな声で、バカ喧嘩もした。何しろ生まれが違うし、考え方も違う。この人は

  私だからでという理由があると思うが、結構ヅケヅケと遠慮なく物申す人で、でも普通にほかの人と

  話す場合は、私もそうだが、おしとやかであったに違いない。



  あんたが生まれたので、私は、川崎にいたのだけど、そこを出て行かないといけなくなったとも

  いったが、なかなか面白いことをいう人でもある。

  父夫婦と女の赤ちゃんがいて、これは私の姉、そこに一所に住んで、東京の学校にいってたらしい。


  人に、奇怪な人生があるが、叔母は富山のこの近くの人と一緒になって、北海道に行くことに。

  これは仕方ないことでもある。礼文島にもいたらしい。そこから、大阪へシャケが送られてきた。

  だんなさんは高校の先生で、生活に苦労はなく、ただ寒かっただろうとは思う。



  まー驚くことではないが、富山の昭和20年の大空襲のときは、もちろん独身で、燃える街を見ていた

  ともいう。これは前に一回書いたことがある。


  お通夜の日みたいなことを書いた。


  白い雲。9月5日、きのうの夜の火星と土星と。



  その一。白い雲である。きのう出ていた。消えてゆきそうな感じだ、街全体が。




  その二。




  その三。思いのほか、がっちりと写らずフワフワである。




  その四。




  その五。




  その六。一面真っ白で、夏。




  その七。きのうの朝、雨が降った後か、降り続けている。




  その八。秋らしくもない、朝のあやふやさ明るさ。



  それで、きのうの夜だが、雲が切れずどうなるかだめかも知れないと思ったが

  かろうじて雲が切れて、火星と土星は隠れなかった。7時過ぎから始めて、だからかなり

  外は明るい。




  その九。左側は雲で、これがなくなるまで、星は見えない。どうにか暗くもなった。
  右下に、竹のすぐ上、左が火星、右側が土星。ほぼ水平。




  その十。こっちのほうがわかりやすいが、何もかもぎりぎり。


  ノンビリやっていたらいい時間いなった。



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