光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

太陽の沈む、位置

2009-10-13 18:35:29 | 植物・花(秋)
  雨が一時的に上がって、また日の光が差し込むこともある。そうゆう日がこのところ続いて
いて、それでもうまく日の入りを見るということ、はなかなかない。特に、見ないとイライラ
するとかはないが、日の沈むときの、夕景はいつ見ても飽きないもので、これは朝でも同じ。

  窓は、西にあって、しかし視界は狭く、南にもあるが、これとて見やすいという方向でなく、
もともと、そうゆうものが「いえ」、ということ。一々、日の入りを観察するためには出来ていない。
それでも、日が沈むころが来る。だんだんと早くなって、早く暗くなる。そうゆうのがいいよう
に思えるときもあれば、辛気臭い感じもあって、特に雪の降る地域だと、あまりいい感じはしない。
もっとも、その雪も最近は比較的少なく、これで増えたら「お陀仏」という感じが年々強い。
雪ねー、ありがたいもので、宝物でもありそうで、でももう雪はほどほどがよく、降らなくて
もいい。降るのは山だけでいい。これこそ、贈り物。

  太陽の位置も、より南に、西よりは南に、と移動して、日は窓から差し込む。これはありがたい
が、日が当たると困るものもあって、ブラインドが必要で、PCなども置く場所が限られて
日が当たるから、これを防ぐために、窓に段ボール箱の閉じたものを使う。そのため、わざわざ
カーテンを使うのはもったいないような、感じがある。ダンボールは役に立つ。少なくても、
ここでは役に立っている。

  すでに、灯油ヒータを使っていたら、ついにというか、ある電子音は聞こえなかったが、
もう灯油がないというのに、幸い気がついた。音はしてなかったが、消えてはおらず、ちょうど
そのときが、ヒータの様子も見ることの出来るとき。偶然の一致。面倒なことになった。灯油は
水道のように、蛇口をひねると出ない。出ない方がよく、それでそれはまずは後回し。10月も
13日か、残りが少ないな。なんだか今年ももう終わりだ、年頭からそう思っていたが、そのときが
来た、とさらに実感する。大して重くないものを、食料品をぶら下げて、これは重いとか思う。
  それから、何ヶ月ぶりになるか、灯油ヒータの充填用のタンクを引き上げる。壊さない
ように、落とさないように、灯油を漏らさないように。開かない。カートリッジのふた。
なんども力を入れて、布切れをその上にかけてまわしているが、どう唸っても、念を込めても
開かない。そういえば、そうゆうこともあった。さてどうするか。どうひねろうと、開かない
瓶があるとかいうときに、給食のおばさん、おじさんでもいい、は、そうゆう人は、軽く開けること
が出来る。そのマジックを思い出した。タネがある。ビニルの手袋みたいなものを使う。
それがどうゆうわけかあった。

  だから、今こうして、PCの前にいるのだが、やっぱり年がら年中、灯油ヒータのカートリッジ
も、その中に入れて置くのはよくはない、ということ。これはわかった。こうゆうものは
いくらでもありそうだが、もうそれを思うのも止めにする。






  紅葉らしさはないが、さほど葉の傷みが感じられないように、カエデ。




  この大きな葉も、風で揺れに揺れたと思うが、赤い、黄色いもある。




  ここに、キカラスウリの実があるはずだが、瓜探しをする。




  ナンテンの、木に、キカラスウリはぶら下がっている。そのナンテンの実も
  色付きが回復している。



  
  このキカラスウリの実は、まだまだ青い。カラスウリとどう違うか。




  ここのうちの、カラスウリと思われる実。ほどほどの大きさ。キカラスウリ
  と比べてずっと小さい。赤い色付きは、どうか、早過ぎるかも知れない。




  元に、戻って、キカラスウリ。反対側から。色は緑のまま。




  ヒガンバナのその後。早めだと思うが、緑濃い小さな葉っぱが密集する。
  雪が降るとどうなるか。少し心配。

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