かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

フィリピン・パブの夢の行方、「日本を捨てた男たち」

2012-01-25 03:16:33 | 本/小説:日本
 いつの頃からであろうか。日本にフィリピン・パブなるバーが出現したのは。
 最初は東京で、珍しいフィリピンの若い女の子がホステスとして接客するバーができたというので、面白いなと思っていたのが、休みに佐賀に帰ったら佐賀にもあるので驚いた記憶がある。こんな地方の街にもフィリピンの女の子が働いているということに、多少戸惑いと不思議さを感じたほどだ。
 このフィリピン・パブは、瞬く間に全国の都市に広まっていった。経済大国の日本に、出稼ぎに来ているのはわかる。しかし、同じ東南アジアでもインドネシアでもタイでもマレーシアでもない。フィリピンだというのには、彼らの国民性にあるのだろう。

 僕もフィリピン・パブができた頃、付きあいで何回か行ったことがある。
 彼女たちは、おしなべて陽気で元気がよかった。片言の日本語に、いつ日本に来たの?と訊くと、1カ月前とか2カ月前と言って、その言語能力に驚かされた。片言だが、難しいことを言わなければ、一応会話ができるのだ。辞書片手でもないし、フィリピンで日本語を勉強してきたのでもないと言う。即、実践の結果だ。
 僕らは英語を何年も勉強してきたのだが、こううまくはいっていないので、考えさせられた。
習うより、慣れろだ。

 このフィリピン・パブにはまって、彼女たちを追ってフィリピンに渡る男がいるというのは知っていた。フィリピンへ行けば、日本の10分の1ぐらいの物価だ。
 日本人の金にフィリピンの若い女の子もなびき、日本で稼いだ金を持っていけば、向こうではお大尽で贅沢ができる。酒池肉林といかないまでも、若い女性を堪能し、金がなくなったら日本に戻ってくればいい。そう考えるのも、無理はない。

 ところが、最近、そのフィリピンでホームレスになり困窮生活をしている日本人が目立ってきたというのだ。海外での困窮生活邦人は、タイでもインドネシアでもなくフィリピンが一番多いという。

 「日本を捨てた男たち」(水谷竹秀著、集英社)は、このフィリピンにおける困窮邦人を取材した本である。
 フィリピンに渡った男は、フィリピン・パブでフィリピン女性にはまり、結婚したりして、かの地に住むようになった男たちである。だいたいが中年過ぎで、遊び人だとは限らない。一般的には幸せな家庭があり、実直な元会社員もいる。
 しかし、人生はどこでどうなるかわからない。
 付きあいで行ったフィリピン・パブで、席に着いた女の子の笑顔に惚れたのが運のツキという場合もある。食べさせてもらったキャンディーに、甘い夢を見たというのもある。
 その女性のために、借金を重ねてフィリピンに逃げた男や、退職金を持って彼女の故郷に家を建て、数年で使い果たした男もいる。
 そのすべての男たちが、金がなくなった地点で、女性から去られている。
 彼女たちとは、金の切れ目が縁の切れ目なのである。

 金もなくなり、女からも去られ、住む家もなくなった彼らは、現地のフィリピン人の小さな情けで生きている。
 かろうじて生き延びているだけの男たちに、著者は訊いて周る。
 日本に帰りたいと思うか?
 なぜ、日本に帰らないのか?

 不法滞在や借金などで、日本に帰れない事情もある。
 たとえ日本に帰ってきても、すぐにフィリピンに戻った男を見ると、何と言ったらいいだろう。
 彼らは一様に言う。
 日本には帰りたくない。物価が高いということもあるが、自由がない。日本では、居場所がないと感じる。こちらの方がいい。
 同じホームレスなら、日本よりフィリピンの方がいいと言うのである。
 弱者や敗北者が、生きにくくなっているのが日本の現状なのである。

 *

 たまたま映画「恋するトマト」(原作:小檜山博、監督:南部英夫、2005年)を見た。
 この映画が先にできたのだが、まるで前半は、「日本を捨てた男たち」の映画化と思ったほどである。
 嫁のきてのない農業をやっている茨城の中年の男(大地康雄)が、やっとのことでフィリピン・パブで知り合った若いフィリピン人女性(ルビー・モレノ)と結婚することになる。フィリピンの彼女の両親のもとに、支度金を持っていくが、結婚するというのは詐欺で、男は金をとられ無一文になる。
 男は茫然自失となり、帰国する気も失せ、フィリピンでホームレスまでなり下がる。
 やがて男は、日本人にフィリピン人の女の子を紹介、やがて売春させる女性を集めるという裏の仕事に手を染める。
 そんなとき、実家が農業をやっている美しいフィリピン女性(アリス・ディクソン)と知り合い、彼女の農業を手伝う。
 そして、恋が芽生え、農業への熱意も復活するという、最後は甘いメロドラマ風のハッピーエンドに終わる映画である。

 「恋するトマト」の映画公開から7年。
 日本の農業はますます苦しくなっているのが現状だ。
 日本のフィリピン・パブも、最近はかつての精彩がないようにも見える。
 僕の知人で、フィリピン女性と結婚し、向こうで暮らしている男がいる。数年前、彼が日本に里帰りしたとき偶然会って、向こうでの立派な家と子供を含めた家族の写真を見せられたことがある。
 そのときは、こんな人生もいいものだと少し羨ましく思いもした。
 今、彼は順調にやっているのだろうかと、気になってきた。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「それでも恋するバルセロナ... | トップ | 運命の女に出会ったら、「イ... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Green Place)
2012-02-04 00:28:36
大阪府茨木市は京阪間のベッドタウン。農業を振興している土地柄とは考えにくい。「恋するトマト」について他の作品解説をWeb検索してみた。「筑波山を望む、霞ヶ浦周辺に広がる美しい田園地帯」と記述されている。これ「茨城」だよ。
返信する
Unknown (おきゃどー)
2012-02-04 01:37:04
そう、茨城県の茨城です。
返信する

コメントを投稿

本/小説:日本」カテゴリの最新記事