かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

有明海のシチメンソウ

2010-12-30 03:02:30 | 気まぐれな日々
 佐賀県は、北の唐津・呼子方面は玄界灘に面している。
 福岡県の県境は、背振山の1055メートルを筆頭に千メートル近い山が連なり、佐賀県中央部は大小の山並みが散立している。その山並みが途絶えた南の方に佐賀平野が広がり、その先は有明海である。
 佐賀県の中央から南は、ゆるやかに有明海に収斂されるような格好になっている。
 その佐賀県の有明海沿岸はおおかた干潟である。
 長年この干潟を干拓しながら、佐賀は耕地を増やしてきた。
 今でも干潟は続き、この干潟にムツゴロウ、シオマネキをはじめ、珍しい生物が生息する。
 珍しい生物は、魚介類だけではなく、植物も生息しているというのを最近知った。この有明海沿岸に、秋の紅葉の季節、赤い絨毯のように広がる植物が生息しているというのだ。
 その名もシチメンソウ。変わった名前の由来は、想像通り七面鳥のように赤く色を変えることからきているそうだ。
 そのシチメンソウを見に出発した。
 佐賀平野を南に、佐賀空港の方面に車で走ると、道がまっすぐなのに気がつく。干拓を耕地にしてそこに道を造ったのだから、直線でいいのだ。
 規模は比較にならないが、北海道を思い出した。
 かつて北海道を車で周ったことがある。知床、網走からオホーツク海を右に見ながら 最北の宗谷岬の方へ向かう道は、どこまでもまっすぐな道が続くのだった。また、帰りの北端の稚内から右に日本海を見ながら留萌の方に南下する道も、まっすぐな道が続いた。
 街の発展・発達とともに道が造られていくと、道は街に沿って曲がったり、交差点が多くなるが、土地を前にしてまず道を計画すると、道は定規で測ったようになる。

 そのシチメンソウの里は、有明海の干拓地に造られた佐賀空港のすぐ隣の東与賀町にあった。
 そこは公園になっていて、海に沿って歩道もありきれいに整備されている。粒が揃った砂利も敷いてある。
 歩道の先には、おぼろげに日に染まった有明海が広がっていた。
 解説によると、シチメンソウは1年草の塩生植物とある。塩生植物とは、干潮時は陸地に、満潮時には海水に浸る環境に生息するという、変わった植物である。
 シチメンソウの葉は、春の淡紅色から夏の淡緑色、さらに秋の淡紅色から、晩秋には深紅の色に変わるという。
 12月の真冬のこの日は、葉は枯れはてて茶色の帯となっていた。
 紅い帯を見るのは、またいつかの機会を待つことにしよう。

 足元の干潟を見ると、黒い土がごそごそ動く。少し跳ねた。よく見ると、小さなムツゴロウだ。その先には、片方のハサミが大きいカニのシオマネキもいるようだ。
 海に沿った歩道を海を見ながら歩いた。海鳥が餌をついばんでいる。
 遠くに黒い人陰が見える。いや、陰ではなく、脚を潟に浸かって動いている人がいるのだ。板の潟スキーを滑らして、漁をしているようだ。ムツゴロウを採っているムツカケだろうか。
 漁を終えて戻ってきた人を待って、その成果を見せてもらった。
 60代の人だった。この人は、「もう専業では成りたちません。農業の合間に、時々こうして漁に出ています」と言った。
 「ムツゴロウですか?」と訊くと、
 「いや、ワラスボです」と、籠を開いて見せてくれた。
 籠の中は、ぬめぬめと軟体動物のようにうごめいている、細長い生き物が何匹もいた。ウナギとドジョウの中間ぐらいの大きさで、色は背の方は薄い青色で、腹は薄い肉色なので、腸(はらわた)のような印象で不気味だ。
 漁師の人が、その生き物の口を開いてくれた。口の中には、とがった不釣合いにも歯が並んでいる。
 佐賀では、時折このワラスボの干物が店舗で売られていることがある。初めてそれを見たときは、色は焦げ茶色で、少し開いた口から歯がむき出しでのぞいているので、小さな怪獣か龍の子どものようで、愛嬌も感じられた。僕も買ったことがあり、ポリポリと齧るとビールの摘まみにはいい。
 しかし、生身のワラスボは気持ちが悪い。ちょっと見には、パンダの生まれたばかりの赤ちゃんの動いている姿か、エイリアン(よく分からないが)のようだ。

 有明海を出たあと、筑後川を渡って柳川へ行った。ウナギを食べるためだ。柳川でのウナギは、いつも元吉屋である。ここの鰻は、セイロ蒸しが特徴だ。
 ワラスボがウナギに変身した。
コメント
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