子どもには子どもの世界がある。
そこには、いやな奴がいたり、自然と遊び仲間のグループができたりして、小さな世界での階級ができて、各々のスタンス、立ち位置が確立されていく。だいたいが、ケンカの強い者がボス的存在のガキ大将になるのだが、そこには他の要素も時折介入してきて、微妙な力関係で存在する世界はそれなりに揺れ動き、各自のスタンスは確固たるものではない。
「大人の見る絵本、生れてはみたけれど」(1932年、松竹)は、小津安二郎監督の20代のときの、初期の作品である。出演、斎藤達雄、吉川満子、菅原秀雄、突貫小僧、坂本武ほか。
腕白坊主の兄弟2人(小学校低学年の年齢、菅原秀雄、突貫小僧)一家は、都心から郊外に引っ越してくる。そこには、体の大きいケンカの強いガキ大将の男とそのグループがいた。兄弟は、ガキ大将が目の敵(かたき)にしているせいで、学校を休んだり、仕返しをしたりするが、やがて仲良くなる。
そのグループのなかには、父(斎藤達雄)の会社の上司(坂本武)の息子もいた。一家が郊外へ引っ越してきたのも、父の上司の家の近くということもあった。
そんなことはお構いなく、兄弟はグループの中ではガキ大将的な地位にいた。
ある日、その父の上司の家で映写会をやるというので、子どもたちも喜んで見に行く。もちろんテレビなどなかった時代だから、動く映像を見る映写会は珍しかった。上司の家では、兄弟の父も含めて会社の部下が何人か集まっていて、子どもたちも集まって、8ミリ映写が行われた。
最初は動物園の動物などが映り、みんな喜んで見ていた。そのうち、会社の社員の顔が映し出された。そして、兄弟の父が上司とともに映し出された。そこでは、家では厳格な父が、上司に媚びてペコペコお辞儀をし、おどけ顔を作ったりしているのだった。
映像を見ているうちに、兄弟の顔がみるみる変わっていった。そして、そっと席を立って帰るのだった。
偉いと思っていた父の大きな像が、急に崩れたのだった。
兄弟は、家に帰ってきた父に何故あんな態度をとるのかと怒り、お父さんは偉くないのか、何が偉いのかと声をあげる。そして、2人はハンガーストライキを決意する。
子どもが、大人の世界を垣間見た瞬間を、それをどう自分に納得させるのか、親はそれに対してどう答えるのか、映画は子供の世界から観る者に語りかける。
語りかけると言ったが、この映画はサイレントで声が出ないので、実際は語りはしない。時折、字幕が出る(新版では字幕のところはナレーションも加えてある)が、見終わって、サイレントという印象はなく、騒々しくなぜか生々しく言葉が残っているのである。
子どもが大人の世界を垣間見たとき、子どもの世界に大人の世界が入ってきたとき、子どもは世界の矛盾や真実、つまり現実を知ることになる。そして、その分だけ大人になる。その分だけ子どもであることを捨てるのである。
小津安二郎といえば、「東京物語」をはじめ、家族の在り方を淡々と描いた戦後の作品が有名だが、ここでは子どもの世界が上手く描かれていて、当時の子どもの遊びを知ることができる。
そこには、いやな奴がいたり、自然と遊び仲間のグループができたりして、小さな世界での階級ができて、各々のスタンス、立ち位置が確立されていく。だいたいが、ケンカの強い者がボス的存在のガキ大将になるのだが、そこには他の要素も時折介入してきて、微妙な力関係で存在する世界はそれなりに揺れ動き、各自のスタンスは確固たるものではない。
「大人の見る絵本、生れてはみたけれど」(1932年、松竹)は、小津安二郎監督の20代のときの、初期の作品である。出演、斎藤達雄、吉川満子、菅原秀雄、突貫小僧、坂本武ほか。
腕白坊主の兄弟2人(小学校低学年の年齢、菅原秀雄、突貫小僧)一家は、都心から郊外に引っ越してくる。そこには、体の大きいケンカの強いガキ大将の男とそのグループがいた。兄弟は、ガキ大将が目の敵(かたき)にしているせいで、学校を休んだり、仕返しをしたりするが、やがて仲良くなる。
そのグループのなかには、父(斎藤達雄)の会社の上司(坂本武)の息子もいた。一家が郊外へ引っ越してきたのも、父の上司の家の近くということもあった。
そんなことはお構いなく、兄弟はグループの中ではガキ大将的な地位にいた。
ある日、その父の上司の家で映写会をやるというので、子どもたちも喜んで見に行く。もちろんテレビなどなかった時代だから、動く映像を見る映写会は珍しかった。上司の家では、兄弟の父も含めて会社の部下が何人か集まっていて、子どもたちも集まって、8ミリ映写が行われた。
最初は動物園の動物などが映り、みんな喜んで見ていた。そのうち、会社の社員の顔が映し出された。そして、兄弟の父が上司とともに映し出された。そこでは、家では厳格な父が、上司に媚びてペコペコお辞儀をし、おどけ顔を作ったりしているのだった。
映像を見ているうちに、兄弟の顔がみるみる変わっていった。そして、そっと席を立って帰るのだった。
偉いと思っていた父の大きな像が、急に崩れたのだった。
兄弟は、家に帰ってきた父に何故あんな態度をとるのかと怒り、お父さんは偉くないのか、何が偉いのかと声をあげる。そして、2人はハンガーストライキを決意する。
子どもが、大人の世界を垣間見た瞬間を、それをどう自分に納得させるのか、親はそれに対してどう答えるのか、映画は子供の世界から観る者に語りかける。
語りかけると言ったが、この映画はサイレントで声が出ないので、実際は語りはしない。時折、字幕が出る(新版では字幕のところはナレーションも加えてある)が、見終わって、サイレントという印象はなく、騒々しくなぜか生々しく言葉が残っているのである。
子どもが大人の世界を垣間見たとき、子どもの世界に大人の世界が入ってきたとき、子どもは世界の矛盾や真実、つまり現実を知ることになる。そして、その分だけ大人になる。その分だけ子どもであることを捨てるのである。
小津安二郎といえば、「東京物語」をはじめ、家族の在り方を淡々と描いた戦後の作品が有名だが、ここでは子どもの世界が上手く描かれていて、当時の子どもの遊びを知ることができる。