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かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

「西洋の敗北」欧米、そして世界はどこへ向かうのか?

2025-06-08 02:18:30 | 本/小説:外国
 *変わりゆく世界のなかの欧米諸国

 戦後(第2次世界大戦後)、生まれたての日本の民主主義の世界で育った私には、アメリカは手の届かない憧れを抱かせる海の向こうの大国だった。
 少年の小さな想像力を超えたその裏側では、アメリカは急成長したソビエト連邦(ソ連)との覇権争いに大きな力を注ぐようになっていた。それは、アメリカと西側ヨーロッパ諸国の民主主義国によるNATO(北大西洋条約機構)、ソ連を中心とした東ヨーロッパ諸国の社会主義国によるワルシャワ条約機構(WP)の軍事同盟となって表れた。
 この同盟は、東と西の間の〝鉄のカーテン“と称された長い「冷戦」を象徴する存在だったが、ワルシャワ条約機構は1989年から始まった東欧革命に伴い1991年解散し、同年ソ連も解体した。
 その後、アメリカは民主主義国家の主動的役割を背負い、アジアや中東の情勢に介入しながら一強大国として存在し続けた。世界の秩序を守るという大義と役割がアメリカにはあり、何となくそれを認める風潮が世界にはあった。
 そうしたなかで、アフリカ諸国の独立と存在価値、中国の自由貿易下における経済成長、インドやアセアン諸国の台頭などもあり、世界はグローバル化し多極化していった。

 今日(2025年)、世界は予測のつかない混迷のなかにあるように見える。
 民主勢力の頭領を自他国とも認めていた大国アメリカは、内部の分断化が顕著になり、強大な権力を抱えた政権による政治行動も大きく揺れている。
 一方の大国だったソビエト連邦(ソ連)は33年前(1991年)に解体したあと、今ではソ連の母体であるロシアは旧ソ連下にあったウクライナに武力で侵攻中である。
 近現代では常に世界の表舞台にあったヨーロッパは、戦後、フランス、西ドイツ、イタリアなどの経済協力から出発して、1993年のマーストリヒト条約の発効によって「EU、欧州連合」(英:European Union、仏:L'Union européenne、独:Europäische Union)という連合体をつくった。
 この連合体は、ユーロ(€)という共通貨幣のもと国境をなくした。2020年にイギリスの離脱があったものの、2024年現在、ヨーロッパ27か国(20か国でユーロ公式導入)が加盟している。
 そして、ここに来てEU諸国も、ウクライナ支援をはじめとする一体化の動きが不透明になってきている。

 *エマニュエル・トッドとは?

 「僕は二十歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどと誰にも言わせまい」
 青春期の心に残るこの言葉で始まる「アデンアラビア」の著者はポール・ニザン。
 母方の祖父がそのP・ニザン、つまりP・ニザンの孫になるのがエマニュエル・トッドである。
 エマニュエル・トッドはパリ郊外で生まれ、ソルボンヌ大学(史学)・パリ政治学院(政治学)を卒業後、英国ケンブリッジ大学で博士学位(歴史学)取得の歴史・人類学者である。

 私は先に書いたように戦後民主主義下の日本で育ち、その土壌に即した考え方で生きてきた。例えば今日的問題や世界情勢について書く場合、なるだけ客観的に書くように努めているが、現在のように世界が複雑多様化していると立ち止まざるを得なくなる。
 客観性とは何か? 民主主義とは? 資本主義とは? 善悪とは? こういうことが、懐疑的かつ曖昧になってくる。そして、自分の考えや立ち位置もあやふやになってくる。

 現在も続いている2022年から続くロシアのウクライナ侵攻であるが、西側諸国による民主主義と権威主義の争いともいわれてきた。しかし、ここにきてどちらともいえないポピュリズムの台頭である。このことは、先に書いた世界のグローバリズム化と密接に関係している。
 立ち止まった混沌とした思考状況下で、エマニュエル・トッドの本は今まで培ってきた私の貧しい思考土壌に新しい杭を打ってくる。
 それは、彼が他の評論家・学者にない視点・観点からの出発した発想であるのと、他の評論家・学者に見ない歯に衣着せぬ直球の発言・発信だからである。
 彼は単に政治学・地政学的観点から発言するのではなく、その裏付けに驚くほど広範に渉猟した統計・資料を提示する。それらは、彼の専門とする家族人類学をもとに各国や地域の家族形態や宗教的土台を探り、人口統計を用いて出生率、死亡率などにまで及ぶ。
 彼の背景にあるのは、まさに毛細血管のように張り巡らしたデータである。

 *「西洋の敗北」にみるアメリカの行方

 エマニュエル・トッド著の「西洋の敗北」(文藝春秋社刊)は、朝日新聞の書籍広告(3月15日)によると22か国で翻訳されていて世界的ベストセラーとなっている。にもかかわらず、英語圏では発売されていない。彼の他の本は英訳されている。
 それだけこの本が、アメリカ、イギリスにとっては読まれたくない、忌まわしい書なのか?
 エマニュエル・トッドは、別のところで以下のように語っている。
 「まず私はフランス人として自国を愛しています。ただし、イギリスも大好きです。これは私の祖先がイギリス由来であったり、家族がイギリスに住んでいたり、私自身がケンブリッジ大学で学んだことも影響しています」
 そして、朝日新聞のインタビュー欄(2月26日) で、「「西洋の敗北」の英訳予定がないことは、英ケンブリッジ大で研究者として鍛えられた者として、最高の栄誉だと受けとめています」と答えている。

 「西洋の敗北」でE・トッドは、「私の意図は、学術的完璧さを記すことではなく、現在進行中の大惨事の理解に貢献することにある」と称している。
 そして本書の後半で、「米国の本質——寡頭制とニヒリズム」と題して、次のように記している。
 「ロシア社会の安定、ウクライナ社会の崩壊、旧ソ連圏の社会主義国の不安感と不信感、ヨーロッパの自立という夢の挫折、イギリス(アメリカの姉妹国ではなくむしろ母国)の国民国家としての衰弱、スカンジナビアの逸脱を順に検討することで、世界の危機の核心に近づいてきた。
 その核心とは、アメリカというブラックホールである。世界が直面している真の問題は、ロシアの覇権への意思——ロシアの権力は非常に限られている――ではなく、世界の中心としてのアメリカの衰退——限りがない――なのだ」

 そして、彼はこう加える。
 「アメリカの思想面における危険な「空虚さ」と、脅迫概念として残存している「金」と「権力」——このことが、自己破壊、軍国主義、慢性的な否定的姿勢、要するにニヒリズムへの傾向をもたらす」

 私(筆者)が心に残っているのは、先に書いた「西洋の没落「トッド人類史入門」」のなかで、佐藤優が述べていた言葉である。
 「第二次世界大戦中にプリンストン大学で教えていたヨゼフ・ルクル・フロマートカというチェコの神学者が自伝のなかで、「ロマン主義を理解できないのがアメリカ人だ」と言っています。一九世紀に「啓蒙主義」に対する「ロマン主義的な反動」を経験したのがヨーロッパ人ですが、アメリカには、そのプロセスがすっぽりと抜け落ちている。だから「これはどんな得になるの?」「これはいくらの金になるの?」といった剥き出しの実用主義になってしまう」。
 ※「西洋の没落「トッド人類史入門」」(2023-10-14)
 https://blog.goo.ne.jp/ocadeau3/e/c96708f0dceb619cc99574f786a513f4

 エマニュエル・トッドのいう西洋の没落、西洋の敗北は、西洋にとどまらず世界の混迷を深めるばかりである。
 この世界は、答えが何もかもあるわけではない。
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