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かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

◇ 噂の女

2006-12-07 17:02:21 | 映画:日本映画
 溝口健二監督 田中絹代 久我美子 大谷友右衛門 進藤英太郎 1954年作品

 すでに『雨月物語』などで国際的監督になっていた溝口健二の『山椒太夫』に続く作品である。
 京都の郭(遊郭)を舞台に、一人の男を巡る母と娘の葛藤を描いた物語。溝口の最後の作品になる『赤戦地帯』(1956年)に引き継がれていくテーマである。

 郭を女手一つで経営している母(田中絹代)のところに、失恋の痛手を受けた娘(久我美子)が東京から帰ってきたところから物語は始まる。
 父が亡くなったあと、母が一人で切り盛りしている京都の郭。娘は、家が女を商売にしていることに疑問を抱いている。
 家に帰ってきた娘は、そこで郭に診療しに来ている、若い医者を知る。母は、その若い医者が好きで、彼が開院するための資金を工面しようと手を尽くしているのだった。そんな母の気持ちを知っているくせに、医者は娘が好きになり、二人で東京へ行こうという話になる。
 娘と医者の気持ちを知った母は、逆上して倒れてしまう。
 東京に行かず、家に残った娘は、母に代わって郭を切り盛りするところで物語は終わる。

 この映画に根底に流れているものは、社会的な底辺にいる、郭の女性、遊女への溝口の温かい視線である。
 物語を構成しているのは、男と女の三角関係である。しかも、一人の男に対して、母と娘が絡み合うという、危険な関係になっている。
 ここで注目するのは、女の行動である。
若い男が、自分よりも若くて美しい娘に気持ちが傾いた時、それを知った母は手を引くかと思ってしまう。しかしそうではなく、母親が娘に対して「私の男を横取りするのかい」と言って、刃物を持つといった行動をとる。
 母よりも女が現れるのを見るのは、辛いものである。しかし、こんな修羅場はいつの時代でもあるのだ。最近、社会面を賑わした母親による我が子の殺人を見せられるにつれ、女の業の深さを知らされる。

 男は、年とった女の金と若くてきれいな女の体の両方が手に入ればと思ったのだろうが、そうはいかない。両方を狙った男は、その両方を失うか、よしんば手にしたとしたら、それは、それ相応の女しか手にしていないのだ。

 この映画で興味をひいたのは、京都の粋人たちの遊びというか、時間の費やし方だ。
 男と女が、食事するにはまだ時間があるからと言って、行った場所は、劇場である。踊りや狂言を見るのだ。かつては、そんな優雅な時間の使い方をしていたのだ。今では、ちょっと寄席に行こうよとか、映画でも見ようかというカップルも少ないようだ。
 それと、花魁の出で立ちが見られるのも貴重だ。太夫と呼ばれる花魁が、高い木履を履いて、しゃなりしゃなりと街を歩く姿が、京都では日常的に見ることができたのだろう。
 05年10月、名古屋の大須観音での祭りで、花魁行列があり、それを知りあいの女性がやるというので、見に行ったことがある。絢爛豪華であった。今、見ることができるのは、仮装行列でぐらいだ。
 
 しかし、題名の「噂の女」であるが、誰のことを言っているのだろう。見終わっても分からないでいる。
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◇ ALWAYS 三丁目の夕日

2006-12-02 14:03:03 | 映画:日本映画
 山崎貴監督 西岸良平原作 吉岡秀隆 堤真一 小雪 薬師丸ひろ子 堀北真希 三浦友和 2005年作

 昭和30年代の東京の下町を舞台にした、人気マンガの映画化である。
 昭和30年代といえば、日本がまだ貧しさが残っていた時代で、日本が経済成長の途上の時だった。(モノクロ)テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機が三種の神器といわれた時代だ。

 この映画では、様々な昭和30年代が再現されている。
 画面の初めで、竹と紙で組み立てる竹ひごヒコーキが飛ぶ。あれは羽を載せる台が高くなったスカイホースだ。子どもたちにとって駄菓子屋の人気の的は、おもちゃが当たるクジだ。「スカ」ばかりで、当たりはないんだろうと店主をなじる子どもたち。誰もがなぜか夢中になったフラフープ。
 初めてテレビが家にやってきた日は、近所のみんなが見にやって来て、家の主が挨拶などしたものだ。スイッチをつけると、プロレスの力道山が外人プロレスラーを相手に空手チョップを連発している。
 街では路面電車が走り、車など買えない下町の店主や工場主にとって、オート三輪が頼みの主役だ。

 画面の街並みの向こうに、建築中の東京タワーがなかったなら、舞台が東京とは思わなかっただろう。それほど、銀座や新宿などの繁華街は別にしたら、都会も地方も今ほど格差がなかった。
 東京タワーができたのが、昭和33年だ。皇太子(現天皇)のご成婚の前年である。
 この年は、華やかな年だった。
 相撲界では、若乃花(初代)が横綱になり、本格的な栃若時代の幕開けとなった。野球界では、長島(巨人)と杉浦(南海)がデビューして、新しいスターの時代となった。音楽では、山下敬二郎、平尾昌章、ミッキー・カーチスをはじめとしたロカビリー全盛の時で、スクリーンでは、石原裕次郎のあとに小林旭が追ってきた時だ。

 青森から集団就職でやって来た少女(堀北真希)は、着いたところが「鈴木オート」といっても、主の堤真一が一人でやっている、会社とは言えそうもない錆びついた住居兼工場に驚き落胆する。
 この堀北がいい。今風でない、東北訛りのある少女の役がよく似合っている。かつての青春映画を撮らせても、きっと当たっただろう。どことなく陰影を含んだ雰囲気は、今の若手女優の中では貴重だ。
 寅さんの甥っ子の吉岡秀隆は、売れない作家の役で、元もと古いタイプの役が似合っていた。年齢を経て、ますます宇野重吉-寺尾聡系統になってきた。
 吉岡が密かに慕う飲み屋の女役の小雪は、現代的なプロポーションを持っているが古風な容貌だ。それでいて、あまりウエットでないところがいい。
 
 何しろ、泣かせる映画だ。泣くのに、何の躊躇いも衒いもない映画だ。泣いたとて、何だか清々しくなる。哀しいのに、決して沈んだりしない。それというのも、誰もが希望の持てる時代だったからだろうか。
 みんながさほど豊かでないのだけど、みんな前を向いていた。夕日が沈むと、必ず今日よりいい明日が来ると信じていた。いや、信じられる時代だったのだ。

 『佐賀のがばいばあちゃん』といい、この『三丁目の夕日』といい、地方と都会の違いはあれ昭和30年代の日本を描いた映画が、相次いで話題となりヒットした。格差も広がりつつあり、明日が不透明な今日(こんにち)、明日が信じられた時代への懐古と渇望の表れであろうか。
 昭和30年代は、日本が少年期から青春期に入る時代だったと言えよう。そう考えると、今の日本は、どの年代と言えるのだろう。
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◇ 婦系図

2006-09-06 01:55:54 | 映画:日本映画
 三隅研次監督 市川雷蔵 万里昌代 三条魔子 小暮美千代 1962年

 会社を辞めてフリーになってしばらくたった頃、今から7、8年前になるが、故あって住宅雑誌の仕事をすることになった。出版している会社は、編集、営業あわせて10人にも満たない、その雑誌を定期刊行物として出しているだけの小さな会社であった。会社の場所は、地下鉄丸の内線、本郷3丁目から東大赤門に向かった本郷通りの途中のビルの中にあった。
 最初は片手間のつもりであったのだが、しばらくして、その会社に本格的に通うことになった。その頃から、本郷3丁目の駅から通うのをやめて、朝はいつも地下鉄千代田線の湯島から歩くようにした。僕の住む小田急線と千代田線が連結していて便利だったからだ。しかし、駅から歩く時間は本郷3丁目からよりも、倍以上の15分ぐらいかかった。
 湯島から歩くようにしたもっと大きな理由は、何よりもそこに湯島天神があったからだ。僕は、わざわざメイン通りから外れた湯島天神の境内の中を通って、会社に向かった。
 夜、仕事が終わった帰りは、湯島に出たり、東大の横を通って弥生坂を下り、根津に出たりした。
 
 仕事は、どんな好きなジャンルの仕事であれ、ストレスがかかるものである。本腰を入れれば入れるほどかかるものだ。そんな時、僕は脇道にそれるようにしている。一本道だけを歩いていると、しんどくなる。時々、本道から外れた道を歩くといい。

 湯島の駅から湯島天神に向かって路地に入ると、少し時代を巻き戻したような薄暗い街並みになる。木造の店や民家に交じってラブホテルもあって、少し侘びしさを漂わせている。
 その路地の通りからすぐのところに湯島天神の境内に続く石段があり、それは男坂、女坂と別れていて、途中に小さな祠があったりする。僕は、日によって男坂、女坂と違う道を通った。
 朝、この境内を素通りするだけだが、それだけで心が少し清々しくなって、それから仕事場に行くのだった。
 湯島天神は普通の日は、人はそう多くはないのだが、早春の梅の季節と秋の菊の季節には、屋台が出て花を見に来る客で賑わった。それに、受験シーズンには、数々の絵馬が掲げられ、受験生のお祈りする姿がいじらしかった。何しろ、学問の神様を祭る天神様なのである。

 この神社に入ると、「湯島通れば、思い出す……」という歌の文句を思い出した。何度かリバイバルした「湯島の白梅」の歌である。しかし、そのあとの「おつた(お蔦)、ちから(主税)の、心意気」という文句がよく飲み込めなかった。
 「湯島の白梅」は、泉鏡花の『婦系図』を歌ったもので、悲恋物語であることは知っていた。何しろ、一昔前までは、尾崎紅葉の『金色夜叉』とともに、日本の大衆小説のロングセラーであるばかりでなく、舞台や映画でも何度も繰り返し作られた、誰もが知っている大人気作品だ。
 『金色夜叉』は、「今月今夜のこの月を、俺の涙で曇らしてみせる」という貫一の台詞が、『婦系図』は、「切れる、別れるは、芸者のときにいうもの……、わたしには、死ねと言ってください」といった台詞が有名だ。
 両方とも大まかな筋書きだけは知っていたが、原作は読んでおらず、それに何度か作られた映画も一本も見ていない。
 だから、悲恋物語なのに、なぜ歌にある「湯島の白梅」が、「二人の心意気」なのだろうかと疑問に思っていた。

 この映画を見て、やっとその疑問が解けた。
 帝国大学(東京大学)出の学者の卵である早瀬主税(市川雷蔵)と、芸者のお蔦(万里昌代)は、師匠や世間に愛を引き裂かれる。お蔦と別れ、東京を離れ静岡に行った主税は、病気で床に伏しているお蔦のところへ、周りの勧めにもかかわらず、会いに行こうとはしない。その時、主税はこのような台詞を言う。
 「これは、私の意地です。お蔦も、私が会いに来ないことを分かっていると思う。二人の意地なのです」
 お蔦は主税と会うことなく息を引き取る。二人は、会わないことで、世間に対して意地を貫き通したのである。
 
 主税の市川雷蔵は、何をやってもその役になりきる特技というか特徴がある。それに、甘さのほかにクールさも併せ持っている。
 長谷川一夫による作品もあるが、彼では甘すぎるだろう。鶴田浩二は、哀愁がありすぎるんじゃなかろうか。何しろ、この主税は、歴代二枚目の役である。
 
 蔦の万里昌子は素晴らしい。色気もあって、目を見張ってしまった。この人は、勝新太郎の『座頭市』シリーズや多くの作品に出ているが、もっと評価されてもいい女優である。僕もすっかり見落としていた。日本の美人女優の列伝に加えてもよいのに、映画史上から欠落してしまっている。作品に恵まれなかったのだろうか。ともあれ、この『婦系図』は、代表作に違いない。
 
 主税の師匠の娘である、お嬢さん役を演じているのが三条魔子である。
 この人は不思議な人である。橋幸夫の全盛期のヒット曲「江梨子」の映画化にあたり、橋の相手役として三条江梨子と名前を変えた。当時、吉永小百合、松原智恵子などによって、日活で花咲こうとしていた青春映画に対抗して大映が画策したのだろうが、青春女優として花咲くことはなかった。その後は再び三条魔子に戻り、江波杏子などとともに、『女賭博師』シリーズなどに出ていたが、目立った存在ではなかった。
 また、不思議なことに、日活で吉永小百合の相手役であった浜田光夫と、これも当時青春歌謡として流行ったデュエット曲である、「草笛を吹こうよ」を出して、そこそこヒットさせている。
 映画の相手役が橋幸夫で、歌の相手役が浜田光夫である。会社の都合とはいえ、本来なら逆であろう。
 
 今では、湯島を通ると、湯島天神を通って本郷の小さな出版社に通った一時期を思い出す。
 今では、湯島を通っても、お蔦と主税の心意気を思う人は滅多にいないに違いない。湯島天神でも、いずれこの恋物語は忘れ去られるのだろうか。
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◇ 赤線地帯

2006-09-01 16:15:16 | 映画:日本映画
 溝口健二監督 京マチ子 若尾文子 小暮美千代 進藤英太郎 1958年作

 「白線流し」の白線は知っていても、「赤線」を知らない人は増えていることだろう。この言葉はだんだん日本語遺産になっていくに違いない。もちろん、「白線」にしたって、消えていくのは時間の問題だろう。
 日本に売春防止法が施行されたのが、1958(昭和33)年である。それまで、売春を国は認めていた。といっても、今の性風俗の氾濫を見ると、前と内実は変わらない。いや、近年の高校生の「援助交際」などの現象を見ると、線(ボーダー)がなくなり、性は野放しになったといっていい。

 売春防止法の施行以前の公の売春施設を「赤線」と言った。風俗営業法の許可を取っていない私設の売春組織を「青線」と言って区別したが、中身は大きくは変わらなかったという。また、戦後の一時期、米軍白人兵相手、および、もぐり売春を「白線」と言ったこともあった。
 
 赤線とは、この種の性風俗の地域を、地図上、赤線で囲んだことから由来するという。
 東京では吉原や新宿の歌舞伎町が有名であったが、ゴールデン街もその一部であったそうだ。新宿が年々変わっていく中で、ここだけは何だか戦後を意識させる。
 僕は、学生時代から、飲みにいくとなると新宿が多かった。僕は赤線を知らないが、ゴールデン街に来ると、時間を巻き戻したように感じる。昔のバラックの飲み屋街の名残が、色濃く見いだされるのだ。
 初めてここへ来る若い女の子は、新宿の大通りから路地に入って一変する、通りの異様な雰囲気に、「なにこれ、ここどこ?」と、立ちすくむ子もいるぐらいだ。
 時代が変わり、若い女性の店主も出てきて、かつてのゴールデン街らしからぬキャラクターの店も出現してきたが、この界隈に漂う胡散臭さやいかがわしさは健在だ。
 
 赤線は、多く映画の舞台にもなった。また、僕の敬愛する吉行淳之介の小説の舞台にもなった。
 しかし、この赤線を舞台とした表現は、消えていく運命だろう。性は、思いもがけないルートをたどって、多岐多様に浸透氾濫しているからだ。

 この映画は、売春禁止法が施行される前夜の頃の、赤線を舞台にした映画である。監督は、『雨月物語』、『山椒太夫』、『近松物語』などの名作を残した溝口健二である。
 客を取る売春婦に、京マチ子、若尾文子、小暮美千代、三益愛子など、多士済々の顔が並んでいる。彼女たちを通して、赤線で働く女性の様々な因縁、人間像が描かれる。
 僕は、赤線を吉原の遊郭のように、囲われた暗いイメージで捉えていた。いったん、そこへ入ったら二度とは出てこられなくて、女は囚われの身だと。
 植草圭之介の『冬の花 悠子』(中央公論社)には、実際の体験と思われる悲哀が描かれている。読んだあと、しばらく胸の痛みが消えなかった記憶がある。戦前の遊郭を知るには、この本は格好かもしれない。
 僕は、そのあとずっと、本棚に『春の花』『夏の花』『秋の花』(山と渓谷社)の横に、この『冬の花 悠子』を並べていた。
 
 映画で楽しいのは、ストーリーもさながら、その当時の街や風俗を知ることができることである。この時代の1950年代中頃は、日本が経済成長に入った頃である。
 赤線を吉原の遊郭のようなイメージを持っていたが、この映画では少し違っていた。
 この映画の赤線「夢の里」は、賑やかなネオンが輝き、モダンなビルのようで、1階に大きなフロアがあって、2階に女性たちの部屋があるのであった。店の前で、客を誘う様は、今のキャッチガールと変わらない。
 そして、見張りもいなくて、いつ逃げ出してもいい自由さがある。
 売春禁止法は、法案の国会での通過が、何度か成立せずに流れてしまう。このニュースが流れるたびに、店の主の進藤英太郎は、女性たちを並べて、噛み砕くように言う。
 「いいか、おまえたち。この売春禁止法が施行されたらどうなると思う。おまえたちは、これから、子どもに仕送りしなくちゃいけないだろう。ご飯もきちんと食べなきゃいかん。借金があるものは返してかなきゃいかん。俺は、政府ができないことを代わりにやっているんだ。よーく、冷静に考えるんだよ」
 下働きにきていた少女が、その日、建物の影から、初めて客に声をかける。怯えたような顔をして。

 この映画の封切りの直後に、売春防止法は成立した。その年、溝口健二は亡くなった。
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◇ 水の花 Water Flower

2006-06-29 02:31:49 | 映画:日本映画
 木下雄介監督 寺島咲 小野ひまわり 黒沢あすか 田中哲司 試写映画 2006年夏、ユーロスペース(渋谷)公開予定

 少女から大人になるのは、いつなのだろう。
 多くの少女や少年がその境目を感じることもなく、いつの間にか大人になるのに対して、くっきりと自覚的に、そのようなシチュエーションが訪れる少女や少年がいる。
 誰にも知られず、大人になる少女がいる。

 親が離婚したため、父親と暮らす中学生の少女美奈子(寺島咲)。少女の心の中には、母親に捨てられたという暗い思いがずっと根強くある。
 その母親と一緒に暮らしている、幼い小学1年生の優(小野ひまわり)。優には今、父親が不在だ。
 美奈子の母は、ちょうど美奈子が優と同じ年の頃、美奈子を置いて家を出た。母は新しい男と再婚し優を産んだが、再び結婚生活は破綻をきして、今は一人で優を育てていた。
 
 美奈子は、偶然に優を見つける。優は、夜のゲームセンターでひとりぼっちで遊んでいた。そっと、美奈子は優に近づいた。それは、鏡の向こう側にいる、かつての自分の姿だった。
 美奈子にとって、慕いと恨みの複雑な思いを抱かせ続けている母親。その母と一緒に住んでいる女の子が、今美奈子の目の前にいる。自分を捨てて母が選んだのが優だ。その幸せであるべき女の子が、決して幸せでないことが分かった「うちへ帰りたくないの」と呟いたひと言。
 母のいない少女と父のいない幼女の異父姉妹が、夜の街で出会い、誰にも告げずに一緒にその街を出る。着いた先は、東北の海辺の小さな田舎街。そこにある、少女が幼い時に育った祖父母の廃家で二人は過ごす。
 
 海を見たことがないという優を海辺へ連れてきて、戯れる二人。嫉妬と愛おしさが、波のように美奈子の心に打ち寄せる。少女の心も、波のように大きく揺れていたのだ。
 「美奈ちゃんは、本当は優を嫌いなんでしょう」と叫ぶ幼い優。
 美奈子は、答えることができない。と言うのも、優は美奈子のもう一人の自分だからだ。

 美奈子が、優に口紅を塗ってやる。かつて、美奈子が母にしてもらったように。その行為をなぞることによって、少女は母の心を知りたかったのだろうか。
 口紅を塗るという行為は、女性だけに受け継がれるものだ。男には分からない、不思議な行為だ。そうやって、女性は、女であることを意識していくのだろうか。

 海辺でのつかのまの二人の生活は、突然たわいもなく終わる。それは、まるで二人にとっては、夢のような日々だった。
 明日から、二人にはまったく新しい日々が始まる。二人は、あの日々をどう思い出すのだろうか。いつの日か、あの陽炎のような日々を、二人で語ることがあるのだろうか。

 少女から女になるのは、いつなのだろう。
 男にとっては決して分からない、少女の心と身体の移ろい。その瞬きにも似た儚い季節。

 24歳のこの映画の監督、木下雄介は、この不可思議で、もどかしい内面の変化を少し垣間見せてくれた。
 サナギが孵化しようとしているかのような少女、美奈子役の寺島咲。そして、初めて知る世界の不確かさに、あどけなくも対応する幼女役の小野ひまわり。
 ほかの誰でもない、代わりはいない、二人の幻のような存在感。この二人で、いやもっとはっきり言えば、二人の切なくも危うげな、二度とやって来ない短い季節で成り立っていると言っていい映画である。
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