goo blog サービス終了のお知らせ 

かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

甘酸っぱい思いの、「野いちご」

2016-07-19 01:49:16 | 映画:外国映画
 最近の日々は、名残りをとどめることなく去っていく。
 1日があっという間に過ぎていくと思ったら、1か月とて瞬く間で、1年とていつしか去っている。
 
 野いちごと聞けば、甘酸っぱい思いが甦る。
 子どもの頃、近所の草むらのなかで野いちごを採っては口に含んでいた。野いちごといってもヘビイチゴの一種だったが、おやつなどなかった貧しい時代の子どもの口には、それとて美味しかった。
 近所の幼馴染みの女の子の手を取って、人目を避けるように野いちごのある草むらの茂みに隠れるのだった。あれは幼い、秘密の禁じられた遊び。

 「野いちご」は、スウェーデンのイングマール・ベルイマン監督の1957年の映画作品である。
 日本では1962年に、その後1971年にアートシアターで公開されている。僕の書棚に1971年版のアートシアターの「野いちご」の小誌が残っている。(写真)
 しかし、彼の作品の「叫びとささやき」は印象にあるが、この映画に関しては殆ど記憶にない。僕の記憶の倉庫の大脳皮質から、いつの間に消え去ったのだろうか。記憶の倉庫がいっぱいになり滑り落ちたのだろうか、あるいは小さくなり摩耗したのだろうか。
 「人生は記憶である」と思っている僕には、さほどに記憶とは、哀しいかな儚いものである。
 最近「野いちご」を観たのだが、一部ちらと見おぼえのあるシーンがあったが、まるで初めて観る映画のようだった。

 *

 物語の主人公は、厳めしい顔をした78歳の老人である。住みつきの家政婦が家事の世話をしてくれているが、家族は家にいず、いわゆる一人暮らしである。
 名誉博士の学位を受けることになった老教授イサク(ヴィクトル・シェストレム)は、その日、式場のあるルンド(スウェーデンの南部の学園都市)へ向かうのに、予定を変えて急に車(自家用車)で行くことにする。その車に、息子の妻マリアンヌ(イングリッド・チューリン)が同乗することになる。彼女は息子とはうまくいっていないように見える。
 途中、車を運転するイサクは細い道を入り、古びた別荘のある所へ行く。かつて、家族で毎年ここへ来ていたとイサクは述懐する。
 車を降りて、草むらのなかにイサクは野いちごを見つける。「野いちごか」。
 すると、野いちごを摘んでいる若い女性が登場する。若き日のイサクの婚約者である従妹のサーラ(ビビ・アンデルセン)だが、横に座っているのはイサクの弟だ。彼は、強引にサーラを誘惑している。イサクはそれを見ている。
 遠い若き日の情景だが、見ているイサクだけは今の老人のままだ。

 車を走らせる途中、イタリアへ行くというヒッチハイカーの明るい奔放な少女サーラ(ビビ・アンデルセンの二役)と2人のボーフレンドを車に乗せる。
 すぐさま今度は、車を故障させた中年の夫婦を車に乗せることになる。喧嘩が絶えないその中年夫婦は、すぐに車から降ろすことになるのだが。
 さらに車を走らせる途中、老いた母が住む実家に立ち寄る。かつてイサクも住んでいた家で、母の憎まれ口は今も健在だ。

 代わってマリアンヌが運転する車のなかで、イサクはうたた寝をする。
 野いちごの生える草むらの奥の林。木々の林の中にそこだけ光を浴びた空間があり、一組の男女が絡まっている。イサクは木の陰からそれを見ている。
 林の中の空間では、中年の女性がカサノヴァのような脂ぎった男に誘惑されている。いや、女性が誘ったかのようにも見える。
 その女性はサーラとは違う別の女性で、すでに死んだイサクの妻なのだ。「アートシアター」小誌の表紙の写真にある、妻の不倫の現場のようだ。(写真参照)
 妻は、夫は寛容だがまるっきり感情のない人だと、怒りとも諦めともいえる口調で話している。
 それらを、じっとイサクは見ている。
 イサクは、目が覚める。
 やがて、現地に着いて、式典が行われる。現地では、息子が迎えてくれる。

 式に出席するためにストックホルム(おそらく)の家を出て、ルンドでの式典が終わる、それまでの2日間の出来事、その間の主人公の夢、甦る古い記憶を描いたものである。
 死をまぢかにした老人が、ふとしたことをきっかけに若き日を甦らせる。それは、現実的だったり、非現実(シュールリアリズム)的だったりした映像で描かれる。そして、彼の生涯が、観るものにパッチワークをつなげるように、おぼろげに感じられるようになる。

 迫りくる死というのが、若いときの僕にはわからなかったのだ。それに、若いときには自分の人生を振り返ることもない。野いちごの甘酸っぱさを思い起こすこともない。
 しかし、歳月は過ぎた。やっとこの映画が実感できるようになった。
 今は、草むらの中に野いちごを見つけたら、胸が痛くなるだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヴェネツィアを舞台とした、「ツーリスト」

2013-04-10 03:10:07 | 映画:外国映画
 旅行者に人気のある街といえばどこだろう。パリ、ローマなどのヨーロッパの都市がすぐに浮かぶが、やはり特別な個性のある街としてはヴェネツィアをあげなくてはいけないだろう。
 ヴェネツィアは、古い中世の街がそのまま残っているというだけではない。道には、どこにも車が走っていない。今どき車が走っていない都市なんて、秘境以外どこにあるだろう。それだけで、「現代」はおろか「近代」という時代を置き去りにしてきたような、他にない街だと言える。
 ヴェネツィアは水の上に建てられた街なので、水路が幾重にも張り巡らされていて、船が車の代わりをしている。バスもタクシーも船なのだ。

 ヴェネツィア本島には、鉄道でわたることができる。列車がヴェネツィア・メストレ駅を過ぎると、茫洋と海が広がる。次のサンタ・ルチア駅がヴェネツィアへ行くのには終着駅となる。
 「サンタ・ルチア…」、何と素敵な駅の名前だ。つい、イタリア(ナポリ)民謡を口ずさみたくなるではないか。
 そのサンタ・ルチア駅の改札口を出ると、もう目の前は絵に描いたようなヴェネツィアの街だ。緩やかな石段の先には、海につながる運河が広がり、ヴァポレットと呼ばれる水上バスである船が待っている。石段には、旅人だろうか何人かが黙って海の方を見ながら座っている。
 街の細い路地を歩くと、すぐに海に繋がる運河に出る。海には、いつも船が浮かんでいる。
 ヴェネツィアは、どこでも絵になる街なのだ。(写真:2001年撮影)

 *

 ヴェネツィアを舞台とした映画は数多い。
 まず浮かんでくるのは、古典ともいえる「旅情」(Summertime、監督:デヴィッド・リーン、1955年、英米)であろう。こちらは、ツーリストのキャサリン・ヘプバーンが観光先のヴェネツィアで儚い恋に陥るというもの。ヴェネツィアの街が十分楽しめる。

 そして、トーマス・マン原作の「ベニスに死す」(Morte a Venezia 、監督:ルキノ・ヴィスコンティ、1971年、伊仏)。ヴェネツィアの高級リゾート地リド島が舞台で、老作曲家であるダーク・ボガードが魅惑された、美少年ビョルン・アンドレセンが評判となった。

 ショーン・コネリー主演「007」シリーズ第2作、「 ロシアより愛をこめて」(監督:テレンス・ヤング、1963年、英)での、ラスト・シーンはヴェネツィアだ。危機を脱したボンドは水の上で、例のごとく優しく美女を抱く。
 そのショーン・コネリーとハリソン・フォードが親子として共演した、「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」(監督:スティーヴン・スピルバーグ、1989年、米)でも、ヴェネツィアが舞台となる。ここでは、カーチェイスさながらボートチェイスが繰り広げられる。

 *

 映画「ツーリスト」(The Tourist、監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク、2010年、米)は、アンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップが共演するラブ・サスペンスである。
 舞台はパリ。主人公である妖艶な一人の女(アンジェリーナ・ジョリー)は、見張られ尾行されている。どうも厄介な事件に絡んでいるようである。
 女は謎の男から指示を受けて、尾行の男を撒(ま)いて、パリ・リヨン駅からヴェネツィア行きの列車に乗る。男からの指示には、自分に似た男を自分と思わせるように、つまり囮(おとり)の男を見つけるようにとある。
 ヴェネツィア行きの列車ユーロスターの中で、女は一人の男(ジョニー・デップ)の前に座る。
 男は、アメリカから観光旅行に来たまじめな数学教師のツーリストで、前に座った妖艶でゴージャスな女に戸惑う。しかし、目の前の美女に誘われ、それに逆らうことができない。
 ヴェネツィアのサンタ・ルチア駅に着いた後も、男は女の誘いのままついていく。
 舞台は水の都ヴェネツィアに移り、そこでも女の周りでは様々な事件が起こり、男も巻き込まれていく。いやそれだけでなく、美女のために自ら渦中に入っていく。

 旅先で迷い込んできた、絶品の女とのラブ・アフェアー。誰も逆らうことなどできない。しかし、危険はつきものだ。美しい薔薇には棘がある。甘い酒には毒がある。それでもかまわない、と思う男はいる。
 幸か不幸かは問うべきではない。幸に決まっているのだ。だが…、だ。

 この映画の質は問うまい。人気のアンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップが共演するだけでいいとすべき映画である。しかも、舞台がパリからヴェネツィアである。
 しかし、なぜかジョニー・デップに恋い焦がれる男の精気が感じられなく、映画のトーンを低くしているのが気になった。それで、ヴェネツィアの良さも生かしきれなかったのが惜しい。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

井原慶子も挑戦する、「栄光のル・マン」

2012-11-30 02:04:41 | 映画:外国映画
 人生には、大きなターニング・ポイントが待ち受けている場合がある。
 人は、いつどんなところで、運命ともいえる転機が待っているかわからない。それを黙って見逃す人もあれば、掴む人もある。

 井原慶子は、法政大学経済学部に通う女子大生だった。モーグルスキーの活動費を捻出するためアルバイトで始めたモデルの延長で、レースクイーンとなる。そのことが、彼女の人生を変えるとは思ってもいなかった。
 ところが、レースクイーンとしてサーキットへ行った際、カーレースに魅了されてしまった。そして、自分もレーサーとして走ってみたいと思う。とはいっても、彼女は運転免許すら持っていなかった。
 若いときは、誰でも夢を抱く。しかし、夢は夢で終わる場合がほとんどだ。夢が大きければ大きいほど、乗り越えなければならない壁は高い。

 先日、「井原慶子-究極の耐久レースへの挑戦」というテレビ・ドキュメンタリーを見た。
 レースクイーンは女性の分野だが、カーレーサーといえば男性の戦場で、女性は稀だ。カーレーサーになりたいと思った彼女は、すぐさま自動車運転免許を取り、一直線にその道に進む。
 そして、1999年、26歳でレース・ドライバーとしてデビューする。遅すぎるデビューを自覚した彼女は、本場イギリスにレーサーとして留学し、単身海外レースに参戦する。
 男性に交じって、しかも海外で、女性一人参戦を続け、戦う舞台を高く登っていく。その間、精神的な苦難に落ち込んだ時期があったと告白している。
 そして今年、24時間耐久レースの「ル・マン」に参戦した。あの映画「栄光のル・マン」の、世界の頂点ともいえるレースである。女性ではただ一人だった。

 *

 「栄光のル・マン」(監督:リー・H・カッティン、1971年米)は、スティーヴ・マックイーン主演の、24時間耐久レースの「ル・マン」を舞台にした映画である。
 スティーヴ・マックイーンは、俳優の傍ら自身もレーサーとして活動しているほどの車好きで、彼自身が全力を投入した映画である。
 僕は、先に「パピヨン」の項で書いたように、ハリウッドの映画にもマックイーンにも興味がなかったので、公開当時は見ていなかった。
 しかし、井原慶子のドキュメンタリーを見たあと、この映画を観ることになった。

 映画「栄光のル・マン」は、実際の1970年の「ル・マン」の24時間耐久レースにカメラを回しながら、映画を組み合わせるという、セミドキュメンタリー・タッチだった。画面から「ル・マン」の実際の熱狂が伝わってくる。
 ル・マンは、パリから西に向かったところにある、フランスの小さな町である。この町を周る楕円形の一般道がコースとなり、24時間ぶっ続けで車を走らせるレースが行われるのである。このレースが行われる2日間は、海外からも含めて多くの人が集まり、町は熱狂に包まれる。
 ル・マンの会場で、レースが始まる前に、このレースの説明が流れる。
 「この最も過酷といえる24時間耐久レースは、G・ファルーとC・デュランが第1次大戦後に創設。いちばん近い町の名がコースの名に。
 コースの全長は、1周13.469キロ、8.418マイルです。公道とサーキットの複合コースで、年間363日は一般通行が可能です。
 約6キロの直線コース、ミュルサンヌ(直線コースの名)では最高速度が時速370キロを超えます。第1回開催は1923年、当時のラップ記録は9分39秒、平均速度は107.32キロでした。昨年(1969年)のラップ記録は3分22秒、平均速度は234.172キロまで達しています」
 コースは、直線コースで速度が出すぎるために、何度か微調整されているが、全体では開設時からのコースと変わらず、現在まで約90年の歴史を刻んでいることになる。
 マシンも改良され、タイムも映画撮影当時より速くなっているだろう。

 映画は全編、ほとんど実際のレースおよびレース場での描写である。係員も観客も総出演である。
 映画では、スティーヴ・マックイーンも、実際レースカーに乗り、走っている。
 マックイーンは、のちに「ル・マン」に本気で参加しようとしたが、周囲の反対でやめざるを得なかったという。
 映画の感想としては、モーターファンにとっては素晴らしい臨場感溢れる映像描写となっていたが、純粋な映画ファンとしてはストーリーとしては物足らなさを感じた。
 しかし、「ル・マン」の醍醐味は味わえるし、スティーヴ・マックイーンも果たせなかったこのレースに、日本女性の井原慶子が挑戦したというのは感慨深い。
 今年(2,012年)、「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の一人に彼女は選ばれた。
 彼女は、「目的(夢)があったら、諦めないことです。諦めなければ、必ず実現します」と語る。
 思わぬことから女性レーサーとして生きる井原慶子の、「英光のル・マン」への挑戦は続く。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人が犯す最も重い罪は?を問う、「パピヨン」

2012-11-24 18:23:52 | 映画:外国映画
 1日が過ぎるのが速い。いや、1年が過ぎるのが速い。
 若いときは様々なことが起こり、様々なことをし、時計の針を追いかけるように生きていたし、1年はそれだけ様々なものが詰まっていた。が、年がたつにつれ、次第にたいしたこともしない間に、時計の針に追い抜かれるように、たいしたこともなく1年が過ぎていく。
 アインシュタインが唱えたように、時間は相対的なものなのだろう。
 ついこの前まで若者だった男が、今では老人だ。
 夢はどこへ行ったのか?
 人生を無駄にしていないか?

 「パピヨン」(監督:フランクリン・J・シャフナー、1973年米-仏)は、スティーヴ・マックィーン主演の映画である。
 スティーヴ・マックィーンは、1960年代から70年代初頭にかけて、アメリカ男優の人気のトップを走っていた男である。僕はもともとヨーロッパ嗜好で、アメリカのハリウッドの映画はあまり興味がなかったので、マックィーンの映画もあまり見ていない。
 ある時、ポール・モーリアの映画音楽特集を聴いていたら、素晴らしい音楽がこの「パピオン」だった。
 印象深い映画は、いい映画音楽とカップリングしているのが多い。アラン・ドロンを一躍スターにした「太陽がいっぱい」や、オードリー・ヘプバーンの魅力を浸透させた「ティファニーで朝食を」(主題歌:「ムーンリバー」)や、クラウディア・カルディナ―レの思わぬ女らしさを見せた「ブーベの恋人」も、そのサウンドトラック、主題歌に負うところが大きいだろう。
 マックィーンの「華麗なる賭け」(1968年米)も、グライダーに乗ったマックィーンが空を舞う画面に流れた、ミッシェル・ルグランの主題歌「風のささやき」が印象深かった。

 *

 胸に蝶の入れ墨をしていることからパピヨンと呼ばれる男(スティーヴ・マックィーン)が、殺人の罪で収監される。
 彼は、金庫破りであるけれど殺人は濡れ衣だと主張するが、終身刑を宣告される。そして、南米の離れ小島の監獄へ送還され、強制労働を課される。
 そこにいた囚人の一人に、偽札作りの天才の男ドガ(ダスティン・ホフマン)がいた。脱獄を企てていたパピヨンは、その男に近づき一緒に脱獄を勧める。パピオンがドガを助けたことから、2人に友情が芽生える
 そして、脱獄を敢行するが、失敗に終わり、さらなる厳しい監獄へ入れられる。

 映画の大半が監獄での、過酷な生活の描写だ。
 監獄での、重労働とわずかな食事の、単調な日々が過ぎていく。多くの罪人が次々と死んでいく中で、パピヨンは生き抜くことを、監獄から脱出して自由になることだけを考え続けている。

 監獄である晩、パピヨンは夢を見る。
 荒涼とした砂漠だ。砂上に並ぶ裁判官に向かって、1人ひざまずく彼は、必死で訴える。
 「おれは無罪だ。ポン引きを殺していない」
 「おまえの罪はポン引きと関係ない」と裁判官が答える。
 「なら、おれの罪は何だ」
 裁判官は答える。「人間が犯しうる最も恐ろしい罪を犯したのだ」と。さらに言った。
 「では、改めて起訴する。人生を無駄にした罪で」
 パピヨンはこの起訴状に、おもわず納得した顔になって、自分自身に向かってつぶやく。
 「有罪だ」

 脱獄も失敗に終わり、さらに長い月日が過ぎる。
 やがて、島内の自由が保障された、囚人が住む断崖の孤島に送られたパピヨンは、すでに白髪まじりで体もかつてのように頑強でも機敏でもなく、衰えている。
 そこで再会した、かつて一緒に脱獄を試みた仲間ドガは、長い囚人生活が身について、危険を冒して夢を実行する気持ちは消えている。ささやかな野菜を作ったり、家畜を飼ったりして、つつましくその日暮らしをしている。すでに、農耕民族になっている。
 しかし、パピヨンは見続ける。自由への夢を。その眼は、依然と狩猟民族だ。
 彼ははるか彼方の大陸への上陸を試みるため、孤島の断崖から大海に飛び込む。いまだ、若者のように。

 パピヨンの物語は、実話をもとにしたというから面白いのだ。
 パピヨンが夢に見た、日々、人生を無駄に過ごしていないか? それが最も重い罪だという問いが胸に響く。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「それでも恋するバルセロナ」(Vicky Cristina Barcelona)

2012-01-20 03:02:44 | 映画:外国映画
 バルセロナといえば、スペイン西部のピレネー山脈のほとりのカタルーニャ地方にあり、アントニオ・ガウディのサグラダ・ファミリア教会が有名だ。
 それに、通りを歩いているとピカソやミロの美術館もあり、何となく芸術の香りがする街である。
 このスペイン・バルセロナから、映画「それでも恋するバルセロナ」は始まる。

 アメリカ人の仲のいいヴィッキー(レベッカ・ホール)とクリスティーナ(スカーレット・ヨハンソン)は、ヴィッキーの親類がいるというスペインのバルセロナにやってくる。
 すぐさま、画廊で開かれたパーティーで、画家である一人の男に誘いを受ける。その男はフアン・アントニオ(ハビエル・バルデム)といい、画壇では私生活上評判のよくない男だった。しかし、どことなく魅力のある男だ。
 ヴィッキーとクリスティーナがワインを飲んでいるテーブルにやって来たアントニオは、さりげなく次のように話しかけてくる。
 「2人をオビエドに招待したい。週末を3人で過ごそう」
 オビエドとは、スペインの北部にある古い街である。そこへ小型飛行機で行こうというのだ。さらに、こう付け足した。
 「そこで、食事とワインとセックスをする」
 初対面なのに、ラテン系らしい大胆な誘い方だ。
 自由奔放そうなクリスティーナは興味津々だが、婚約者もいて、真面目な考え方のヴィッキーはあからさまな誘いに怒って、すぐさま断る。
 すると、アントニーはこう言い返す。
 「なぜ怒る。美人で魅力的だと褒めているのに」
 「君たちに最高の提案をしているだけだ」
 そして、彼の人生哲学を述べる。
 「人生は無意味だから、楽しむべきだ」
 単なる性愛(エロ)映画か、それともめくるめく官能の世界へ連れていってくれる愛の耽溺の映画か、胸が躍る。

 クリスティーナの積極性に引きずられる格好でヴィッキーも一緒に飛行機に乗り、結局3人でオビエドに行くことになる。
 オビエドは、フランスの田舎(カンパーニュ)のように素敵なところだった。ここから、1人の男と2人の女のエロティックな関係が始まることになる。
 まるで、フランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」のようだと思った。この映画は、2人の男と1人の女の物語。
 「突然炎のごとく」の原題は、「ジュールとジム」(Jules et Jim)という2人の名前を使った単純なものだ。
 この「それでも恋するバルセロナ」の原題は、「ヴィッキー、クリスティーナ、バルセロナ」(Vicky Cristina Barcelona)と、2人の名前にバルセロナを付け加えただけのもの。
 さらに、トリュフォーの「恋のエチュード」( Les deux Anglais et le Continent) にも通じるものがある。この映画は、2人のイギリス人の姉妹と1人のフランス人の男の物語。

 明らかに、脚本と監督をした器用なウディ・アレンが、ヨーロッパを意識していることが一見してわかる。アメリカ・スペイン合作映画だが、用意されたすべてがヨーロッパ的なのだ。そもそも、イントロから流れる挿入歌さえも、洒落たシャンソン風だ。
 このヨーロッパ的な恋愛の三角関係に移行していくかと思いきや、別れたはずのアントニオの妻であるマリア(ペネロペ・クルス)が現れて、複雑で奇妙な関係に変形していく。
 マリアとうまくいかない理由をアントニオはこう言う。
 「マリアと会ったとき、どれほど美しかったか。才能があって、ゴージャスで、官能的だった。大勢の男のなかから僕を選んでくれた。完璧な関係だったが、何かが欠けていた。愛にもバランスが必要だ。人体と同じだ」

 さらに、バルセロナに、ヴィッキーの婚約者ダグがやってくる。
 ここまで来ると、アメリカの猥雑さが強くなり、ヨーロッパの繊細さが消えていく。一歩間違うと、芸術的愛の映画が、どたばたラブコメディーになりかねないところだ。

 やがて、つかの間の恋は終わる。
 2人はバルセロナからアメリカに戻り、ひと夏の旅は終わる。
 バルセロナで、1人の男が2人の女に何かを残していった。

 スペインが舞台ということもあってか、スペイン人の俳優、ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスの個性が際立っている。2人の、男の色気と女の色気が匂いたっている。
 この映画の公開が2008年で、撮影されたであろうその前年の2007年の雑誌「 PLAYBOY」では、「もっともセクシーな世界の美女100人」のなかで、3位のアンジェリーナ・ジョリー、2位のシンジー・ローハンを抜いて堂々1位に輝いたスカーレット・ヨハンソンだが、ヨーロッパの地では、存在感が薄くなっているのは否めない。
 「それでも恋するバルセロナ」は、アメリカ人が作ったヨーロッパ映画と言えようか。

 *

 スペインの鉄道は、ほとんどが日本の旧国鉄と同じ国営のレンフェ(RENFE)である。マドリッドのチャマルティン駅十一時発の列車でバルセロナへ向かう。本格的な一人旅が始まった。
 列車の窓から見える景色は、土と石の荒涼たる風景だ。やはり、ヨーロッパは石の文化だ。
 夕方六時頃バルセロナ駅へ着いた。駅を出た途端、一人旅の不安は吹き飛び、私は久しぶりにヨーロッパを旅している自分を発見し、嬉しさが込みあげてきた。
 パリへの一人旅から二〇年がたっていた。久しぶりのヨーロッパの一人旅は、かつての夢見心地の旅ではない。私も年を重ねたし、日本も大きく変わった。一生懸命背伸びをしていたスーツ姿の青年は、今は少し余裕をもったカジュアルなジーンズ・スタイルの中年男に変わっている。
 バルセロナの街は、マドリッドに比べて気取っている。人々も、まるでパリジャンやパリジェンヌのようにすましている。ランブラス通りはさしずめシャンゼリゼとでも言おうか。
 ランブラス通りを歩いた。どこの世界の若者もみんな夢見ている。私も、この水を飲めばもう一度バルセロナに来られると言い伝えのある、カタレナスの泉の水を飲んだ。
 *「かりそめの旅」――ゆきずりの海外ひとり旅――(岡戸一夫著) 第10章「黄昏の輝き、スペイン、ポルトガル」より。
 *この本の問い合わせは、ocadeau01@nifty.com

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする