3月27日
小雨が降る中、庭の一隅が明るくなるほどに、コブシの花がいっぱいに咲いている。
例年になく早く咲いたウメの花は、散ったばかりだが、しかし家のヤマザクラはまだ咲いていない。
だからこそ、ひときわこのコブシの花の明るさが目立つのだ。
花の形から言えば、同じ仲間の大きななめらかな花びらを持つ、モクレンの方がはるかに見栄えがするのだが、この握りこぶしを弱々しく開きかけたような、コブシの花の風情もまたいいものだ。
長い冬の後、春先の暖かい光でおずおずと花を開き始めたコブシを見るたびに、私はあの有名な歌にも出てくる『北国の春』を思い出すのだ。
北海道の家の庭に、まだ数十センチはあるだろう雪に囲まれながら、ひとりたたずんでいるあのコブシの木を思う・・・。
この三日ほどは幾らか寒くなったけれども、それでも3月末の平年並み気温なのだ。というのも、今までが季節外れの暖かさだったからだ。
それは、東京から西の各地では、記録的な速さで桜の花が咲いて、満開になっている事からもうかがえる。
私は、二日前に少し離れたところにある大きな町まで買い物に行ったのだが、その途中の光景は、どこもかしこもまさに春爛漫(はるらんまん)といった様子だった。
サクラ、ハナモモ、スモモ、コブシ、モクレンそしてそれらの木々の下草をいろどる菜の花・・・。
二両編成の電車が走っている。その線路の両側は黄色い菜の花でふち取られ、その行く手には、無人駅のホームに植えられている桜並木が見える。
何とも心なつかしい風景である。子供のころ、母の田舎で過ごした時からの、毎年のサクラ色と黄色の記憶の連鎖が、今も続いている。
生きているということは、そうした思い出が続いているということなのだろう。
”よく、生きよ”という声が聞こえてくる。
今あるのは、誰のものでもない自分の人生なのだ。そこに、多少の運命的な神の差配による違いがあったにせよ、すべての人にまた等しく、数々の喜びと苦しみがあったはずだ。
今にして思えば、それらの喜びのひとつひとつが、自然なる神からの贈り物であり、周りの人々の温かいい思いやりによるものだったのだ。また、同じように経験してきた幾つもの苦しみこそが、実はその人を試し鍛(きた)えるために、神々が与えた試練の時であり、周りの人々から課された修練の場でもあったのだ。
世界史における古代の時代から、人々が群れ集まるようになり、いつしか集落や町ができ、さらには小さな国家を作るにつれて、そこで暮らす人々が思い悩むようになったのは、まさにその集団社会の中での一人である自分の生き方だったのだ。
そこでは余分な争いが起きぬように、自ら規律を定めてより正しく生きるためにはどうあるべきかという、道徳的な形ある提案としての倫理学が生まれ、さらに問い詰めて行った先にある、この世界そのものの成り立ちの解明こそが、哲学をはぐくむ元にもなったのだ。
誤解を恐れずに言えば、今の時代の枝葉末節から始まる論理のための哲学よりは、こうしたギリシア・ローマ時代の哲学創生期における考え方の方が、それは確かに科学的ではない事実誤認の点も数多く含まれているが、しかし、当時の混濁の残る世界の中で真摯(しんし)に生きようとしてきた人々の、強い生への息吹と挫折による苦悩などが、今もなお生々しく感じられるのだ。
それは、後の宗教的に発展した中世哲学から自我に目覚めた近代哲学、さらに今日に至る現代哲学などよりは、はるかに人間的な、当時の社会に即した哲学であり、むしろ彼らのその自然哲学における基本的な誤解部分を取り除いた他の部分、つまり道徳的なその考え方や生き方の提唱こそがまさに倫理学的であり、私たち今の時代の人間にも納得できる所なのだろう。
そのギリシア哲学の中でも、倫理学としてわかりやすい二つの学派、快楽を生きる上での善の一つとしてとらえたエピクロス学派と、逆に快楽を抑え律することを善としたストア学派については、前回を含めて今までに何度かここでもふれてきたが、(ソクラテスからプラトーン、アリストテレスについてまで考えを広げるには問題が大きすぎて、それぞれ別の機会に譲るとして)、そのストア学派の流れを受け継いだローマ時代の哲学者であり、なおかつその名だたる帝国の支配者でもあったマルクス・アウレーリウス(121~181)が書き表した、『自省録』ほど興味深いものはない。
つまり、哲学の目的の一つは、多くの人々を正しく導く指針となる考え方を提示することにあり、それが実際の政策として施行されることが望ましいのだから、皇帝マルクス・アウレーリウスこそは、哲学史上それが実現できた唯一の哲学者であり為政(いせい)者であったのだ。
もっとも、それが簡単に実行できるほど現実はたやすくはない。小さな町ひとつくらいならともかく、彼が支配し命令を下したのは、あのヨーロッパからアジアにかけてを領有した他ならぬローマ帝国であったからである。
その帝国の長である彼は、日々おびただしい数の訴えごとやもめごとに耳を傾け、判断を下し、さらに軍の長でもある彼は、長期にわたって辺境蛮族(ばんぞく)との争いに身を挺(てい)さなければならなかったのだ。
その折々にわたって、断片的に書き残されていたものが、彼の死後『自省録』として編集されたのである。
この『自省録』については、前にも何度か書いたことがあるのだが(’12.12.10の項参照)、やはり折に触れては、この本の幾つかのページをめくりたくなる。
それは、決して他の思想家たちの哲学的著作物のように、ひとつの主題をもとに書かれたものではなく、例えて言えば、後の時代のモンテーニュの『エセー』やパスカルの『パンセ』のような、エッセイや随想録(ずいそうろく)的なものだと考えられなくもないが、そこには為政者、指導者としての理想的な在り方が述べられていて、一方では度し難(どしがた)き人々への切実な嘆きの声も聞こえてくるのだ。
その理想主義的な理念と、時折かいま見えるニヒリスティックな虚無的な側面こそ、本来誰しもが持つ光と影の部分を表していて、”余りにも人間的な”ゆえの苦悩をうかがい知ることができるのである。
今日の私たちから見れば、1900年も前の歴史上の畏敬(いけい)すべき存在であるローマ帝国皇帝の、これは偽らざる魂の告白録であり、彼の心の日記なのかもしれない。
だからこそ、今の私たちの胸にも響いてくるのだ。
この本の中で、ここに書き出してみたいものは幾つもあるが、今日はそのうちの二つだけを。
「無限の時という計り知れぬ深淵(しんえん)の、なんと小さな部分が各自に割り当てられていることよ。それは一瞬にして、永遠の中に消え失せてしまう。・・・」
「君が求めるものは何だ。生き続けることか。しかしそれは感じるためか。衝動に動かされるためか。成長するためか。次に停止するためか。言葉を用いるためか。考えるためか。
以上の中で、何が望むに足るものと思われるか。もし何から何まで取るに足りないものであるならば、とどのつまりは理性と神への服従に向かうがよい。・・・」
ミャオがいない寂しさ、母がいなくなった寂しさ、彼女と別れた寂しさを含めた家族と別れたすべてが、今思えば私が一人で心穏やかに暮らすための私への試練であり、かつまた意図しない布石の一つであったのかもしれない。
清濁(せいだく)すべてを併せ飲んでは良しと受け止めて、これからもしっかりと生きていくことだ。
とは言いつつ、些細(ささい)な日常が私の小さな平穏をかき乱す。
暮れに買った新しいデスクトップ・パソコンは(と言ってもWindows7だが)、至って快調に作動していて、5年間使ったWindows Vista のデスクトップ・パソコンは余りにも遅すぎて全く使わなくなり、どこも悪くはないのだが場所を取るばかりで、中古品として処分することにした。
離れた大きな町にある大型家電店に持って行き、買い取ってもらうことにした。結果は、何と100円。
また持って帰る気にもならず、泣く泣く承諾した。教訓一つ、パソコンは最後まで何らかの形で、たとえばバックアップ用にとかで使うこと。
次に、ケイタイを買い替えた。念のため言うが、スマホにではなく、ケイタイからケイタイにである。
私がケイタイを持っているのは、あくまでも旅先や、山の中での緊急連絡用のためであり、日ごろから電源オフにしているから、メールが来ることも電話がかかってくるわずらわしさもない。極めて静かなケイタイのある生活を送っている。
そして今回も、乗り換えキャッシュ・バックでケイタイ本体はタダであり、さらに最低限度の契約だから、月々千数百円位しかかからずに、おサイフにもやさしい生活が送れる。
今までのケイタイは、これも数年前のものだったから、それだけにこの新しいケイタイの様々な性能には感心するものの、一方で追加項目の種類の多さにとまどうばかりで、もちろんやむを得ないもの以外は一切追加契約しなかったのだが。
それにしても、取扱説明書を読んでちゃんと設定し終えるまで、数日はかかるだろうが。
そして、3月24日(日)に放送されたテレビ番組の2本から。
NHK・BS 『厳冬・利尻富士 究極のスキー大滑降』。
30代半ばの山岳ガイド・山岳スキーヤーである彼が、ヒマラヤ並みと言われる厳冬期の北海道の利尻山(1721m)に登り、その頂から急斜面を滑り降り、狭い谷を通り抜けて、わずか数分間の危険なスキー滑降に挑むというドキュメンタリーである。
いやー、すごかった。悪天候が続く厳冬期の利尻に登るだけでも、第1級の氷雪クライミング技術が求められというのに、さらにそこから滑り降りるなんて。
雪山登山が好きで、そしてただのゲレンデ・スキーヤーでしかない年寄りの私には、異次元空間でのしかし理解はできる山に向かう行動であり、興味深く見せてもらった。それにしても、朝日に染まる利尻の美しさ・・・。
NHKスペシャル 『完全解凍 アイスマン・5000年前の男は語る』。
1991年、イタリア・オーストリア国境のエッツ・タールで氷河の中から発見された古代人のミイラ。彼はアイスマンと名付けられて長らく冷凍保管されていたのだが、ようやく最新技術による科学的解剖(かいぼう)が行われて、様々な新たな事実が見えてきたのだ。
彼が持っていた斧(おの)から、すでに高度な青銅器の精錬技術があったことが分かり、さらに彼の胃の中からパンの名残らしきものが出てきて、つまり地球上にやっとメソポタミア文明が起こったばかりのころ、遠く離れた未開の地でも、すでに小麦から作ったパンが焼かれていたということ、そして彼の体のあちこちにあった小さな刺青(いれずみ)が、何と中国の鍼灸(しんきゅう)のツボの位置にぴたりと重なっていたこと。
他にもさまざまな発見があり、それをひとつひとつ現代科学によって解明していくのだが、多分に気持ちの悪いゾンビのような体の大写しをガマンしさえすれば、まるでミステリーを見ているようで面白かった。分かったことは、7000年前の人がそれほどに原始人ではなく、文字を持たなくてもそれ相応の文明があり、人間らしく生きていたのではないのかということ。
彼の体が、こうして後世の私たちの目に触れたことは極めてまれな例である。
ほとんど人は、あのマルクス・アウレーリウスが言うように「一瞬にして、永遠の中に消え失せてしまう。」のだろう。
それだけに、今の一瞬を生きていることがありがたいのだ。
(参考文献: 『ギリシア哲学者列伝』(上、中、下)ラエルティオス著 加来彰俊訳 岩波文庫、『自省録』マルクス・アウレーリウス著 神谷美恵子訳 岩波文庫)