今日は涼しい日でした。
片づけてあるはずの、コードを抜いてあるだけですが、コタツも、電気が入っていました。
父が、足が冷たいとか言いながら知らぬ間に入れていたのですが、我が家ではまだまだコタツは現役です。
そんな涼しい夕方、妻と走りに行きました。
どれだけ暇なんだ、と突っこまれそうですが、仕事の合間に時間を作りながら、”部活”に励んでいるということです。
ということにしておいてください。
いつも走る中山競技場の外側を、高校の陸上部がダッシュに使用していまして、どういう理由か分かりませんがグランドは立ち入り禁止になっていまして、私たちは走るのを遠慮しました。
ので、野球場に移動し、グランドの外側を走ってみました。
途中に階段がある、アップダウンの激しい走路でありますが、なぜか私は楽しく走ることができました。
野球場を眺めながら走っていたのですが、自分がいまから投げるんだ、という妄想と戯れながら走ることができたからです。
自分でも呆れるほどの妄想・走、でありましたが、自分にとって、野球場は心躍る場所であります。
そんな私は、中学の部活を始めるときに、陸上部と野球部を見学しました。
どちらに入るか、決めるためです。
心の内の半分以上は陸上部になっていたのですが、野球が好きであったため、野球部はどうかと見学に行ったのです。
そのとき部員たちはキャッチボールをしていたのですが、遅れて練習に入ってきた部員たちに、先輩とおぼしき部員が、なんで遅れてきたんだー、と怒鳴りました。
後輩たちは、すいませーん、と言いながら練習に入っていきました。
それを見て、なんて怖い部なんだと、思ってしまったのです。
あとから考えると、ごく普通のシーンなのですが、そのときは、そう思えてしまったのです。
それで、野球部に入るのを止めました。
妻は、高校入学後テニス部に入ったのですが、最初に、先輩の名前をすべて覚えなければならない、ということにしらけてしまい、すぐにテニス部を辞めた、とよく話します。
そして演劇部に入り活躍したわけですが、そのテニス部を辞めた理由が、私にすれば、たいしたことでないのに、と思ってしまっているのですけれど、よく考えてみれば、私も同じような理由だったのだと、思い至るのです。
人生では、あのときの選択はどうだったのだろうか、というのが常にありますが、私も、野球部に入っていれば、というのをいまでも思ったりします。
ですけれど、グランドの周りを走りながら、練習だったら、走るのを楽しいとは思えないだろうな、とも思いました。